第6話(前編2)「地代を払う顔」 1779年10月6日~10月10日
10月6日から、エドワードは農場と村を中心に回り始めた。
全部を見ることはできないため、管理人に状態の良い農場、修繕が必要な農場、地代の支払いが安定している農場、滞りが出たことのある農場をそれぞれ選ばせた。
「良いところばかり見せても意味がない」
朝食後、エドワードが言った。
「そのつもりはございません」
「なら、最初は問題のある農場から行こう」
「普通は良いところからご案内するものですが」
「買う前ならそれでもいい。もう僕の土地だ」
最初に向かった農場では、母屋の屋根の一部が傷んでいた。納屋にも古びたところがあるが、畑はよく手入れされている。麦の収穫はすでに終わり、農場の男たちは道具の手入れや次の作業へ移っていた。
農場主は40代の男だった。
伯爵本人が来ると聞き、仕事着から上着だけは着替えたらしい。しかし靴には土が付き、手にも長年農作業をしてきた跡が残っていた。
エドワードは母屋を指した。
「屋根は、いつごろから傷んでいるのか?」
「去年からでございます」
「管理人には報告してあるのか?」
「申しております」
管理人が説明した。
「修繕予定に入れております。今年は倉庫と橋を優先したため、こちらは冬前に直す予定でございます」
「雨漏りはするのか?」
「強く降れば少し入ります。ただ、寝室ではございません」
「寝室ではないから、冬前まで待てるということか?」
「はい」
エドワードは管理人へ顔を向けた。
「その順番でいい」
農場主の表情から、わずかに緊張が抜けた。新しい領主が突然現れ、屋根が傷んでいることを理由に管理人や自分を責めるのではないかと警戒していたらしい。
エドワードは畑を歩きながら、その農場の地代を管理人へ確認した後、農場主本人にも尋ねた。
「今年の地代は払えるのか?」
「はい。今年は問題ございません」
「昨年は少し遅れたそうだな。何があったのか?」
農場主は前年の天候と収穫について説明した。
エドワードは管理人へ顔を向けた。
「記録も同じ内容なのか?」
「はい。一致しております」
「それならいい」
支払いのことを続けて聞かれたためか、農場主は少し迷ってから伯爵の顔を見た。
「地代を下げていただけるのでしょうか」
「まだその話はしていない。今年払えるなら、今年の分は払ってくれ」
「はい」
「昨年の未納分はどうなっている?」
「すでに納めております」
「それなら終わった話だ」
エドワードは周囲の畑へ目を向けた。
「地代を取らないなら、この土地を買った意味がない。ただし、雨が降るたび道が泥になって荷を運べない状態にしておいて、もっと稼げとも言いたくない。農場が良くなって収穫が増えれば、君にも金が残り、僕にも地代が入る。それでいい」
「ありがとうございます」
「まだ何もやっていないぞ」
農場主は少し迷ってから言った。
「新しい領主様が、どのような方なのか分かりませんでしたので」
「海でフランス船を取っている男だとは聞いていなかったのか?」
「それは皆知っております」
農場主は困ったように笑った。
「では、どんな男だと思っていたのか?」
男は答えに詰まり、管理人が横を向いた。
エドワードは笑った。
「言わなくていい。ろくな想像ではなさそうだ。船に大砲を積んで敵船を追っている22歳の伯爵なら、僕でも他人なら少し警戒する」
農場主もようやく笑った。
◇ ◇ ◇
別の村では、エドワードは鍛冶屋へ立ち寄った。
戸口から熱が流れ出し、中では石炭の匂いと焼けた鉄の匂いが混ざっている。金床へ槌が落ちるたびに、硬い音が建物の外まで響いた。
鍛冶屋は農具だけでなく、荷車の鉄輪や馬具の金具も直していた。
「今の時期は忙しいのか?」
「収穫前後は特に忙しくなります」
「仕事代は、依頼した者から直接受け取っているのか?」
「はい」
「所領から頼む仕事もあるのか?」
管理人が答えた。
「橋や門の金具などを頼んでおります。今年の修繕でも仕事を出しました」
エドワードは鍛冶場を見回した。
「それなら、今後も価格が合う仕事はこの辺りへ回してくれ。何でもロンドンから持ってくる必要はない」
「近くで調達できれば運賃も抑えられます」
「そういうことだ」
鍛冶屋の顔が明るくなった。
「仕事を出すからといって礼を言う必要はないぞ。値段が高ければ別の鍛冶屋へ頼む」
男は笑った。
「承知しております」
その後も、粉屋、水車、宿屋、教区の中心となる村を回った。
村によって道幅も家の並びも違った。比較的大きな村では店が集まり、馬車の往来も多い。小さな村では家々の間に畑が入り、鶏や豚の声が道路まで聞こえた。
アメリアが同行できる日は馬車を使い、屋敷や村の中心を回った。
伯爵夫妻の馬車が止まると、子供たちが道端へ集まった。とりわけアメリアが降りた時には、女性たちが遠慮しながらも何度も彼女を見ていた。
新しい伯爵夫人が若く、子供を身ごもっていることは、すでに所領内に広まっているらしい。
ある村で馬車を止めると、アメリアが笑った。
「ずいぶん見られていますね」
「僕より君の方が人気があるな」
「あなたは海で大砲を撃っている人でしょう」
「子供たちは気にしていないようだぞ」
「母親たちは違うと思います」
「村へ大砲を持ち込んだわけでもないのに、評判だけ先に歩いているらしいな」
「伯爵なのですから仕方ありません」
「土地を買っただけで、そこまで話題になるものなのか?」
「52,000エーカーを72万ポンドで買った人は、土地を買っただけとは言わないと思います」
「そういうものなのか?」
「そういうものです」
◇ ◇ ◇
10月10日の夕方。
エドワードは古い本邸の書斎で、管理人と帳簿を見ていた。
以前にも所領の数字は見ている。購入前には収入と支出を調べ、土地そのものも視察した。
ただし、いま目の前にある農場名は、以前より具体的な場所として頭に入ってくる。
ある農場名を見ると、屋根の傷んだ母屋が思い浮かぶ。別の農場名を見れば、畑の脇に立っていた大きな樫の木が浮かんだ。村名を見れば、鍛冶場の熱や水車の音まで思い出せる。
「これは昨日会った男の農場だな」
「左様でございます」
「昨年は地代の支払いが遅れたのか?」
「はい。ただし今年は問題ない見込みです」
エドワードは帳簿を閉じた。
「土地を買う前には、どうしても数字を先に見ていたな」
管理人は黙って聞いていた。
広さ、地代収入、修繕費、売値。どれも土地を買うには必要な数字である。しかし今は、その数字の向こうに農場や村の様子まで浮かぶ。
以前、父リチャードが「土地の価値も、人が耕すから生まれる」と言っていたことを思い出した。
当時は分かったつもりで聞いていたが、自分の所領を歩いた後では受け取り方が違った。道や橋の状態も、そこで働く者の暮らしも、最後には帳簿の数字へつながっている。
エドワードは椅子の背へ体を預けた。
「管理人。明日は少し仕事を減らそう」
管理人が意外そうな顔をした。
「お体の具合でも悪いのでしょうか?」
「そうではない」
「では、どうされたのですか?」
「この辺りでは、収穫が終わった後に何か祝いをするのか?」




