第5話(後編2)「陸は任せてください」 1779年9月26日~9月30日
9月26日。
ウェッブの事務所で、エドワードは今回の戦果について最初の計算を聞いていた。
「輸送船10隻と積荷については、海軍へ回す分と通常の売却へ回す分を分けています」
「軍需品はいくらになる見込みだ?」
「まだ確定ではありません。ただ、海軍側も食糧、火薬、帆布、索具、修理資材には強い関心を示しています」
「当然、安く買おうとしているのだろう?」
「もちろんです。こちらも当然、安く売るつもりはありません」
「それなら安心した」
ウェッブは別の紙を出した。
「銀貨はそのまま価値があります。輸送船そのものも売れますし、一般向けに回せる積荷もあります。現時点では、輸送船10隻と売却する積荷だけでも、分配対象額は60万ポンドをかなり超える可能性があります」
「僕の取り分は8割だから、相当な額になるな」
「まだ正確な数字は出しません」
「なぜ今は計算しないのか?」
「確定していないからです。あなたは見込み額を聞くと、すぐ現金と同じように考えますからな」
「今回は使わない」
「その言葉は、金額が確定してから信じることにします」
エドワードはそれ以上追及しなかった。
「軍艦3隻は売却対象から外してあるのか?」
「もちろんです。これで船は全部で11隻ですから、維持費と乗組員もさらに増えます」
「そこはカートライトと相談する。使える船を持った以上、動かせる状態にはしておきたい」
ウェッブは次の帳簿を開いた。
「それから、奥様から提案があります。家の金、所領の金、商会の金、艦隊の金を、今まで以上にはっきり分けて帳簿へ出してほしいとのことです」
「アメリアからか。今度はずいぶん本格的な話だな」
「今も帳簿自体は分けています。ただ、あなたが必要に応じて資金を動かすので、最終的にはヘイル家全体の金として扱う部分があります」
「今のやり方では、何が問題になるのか?」
「奥様は、ハロウデン所領が毎年いくら稼ぎ、いくら使ったのかを艦隊の戦利品で見えなくしたくないそうです。本邸建設費も同じで、海から100万ポンド取ってきたからといって、建築費が予算を超えてよい理由にはならないと」
エドワードにも意図が分かった。
「なるほど。僕より厳しいな」
「私としては大歓迎です」
「味方を見つけた顔をするな」
「すでに見つけました」
エドワードは帳簿を見た。
「そのとおりにしてくれ。ハロウデンはいくら稼いで、いくら使ったのかをハロウデンだけで見たい。艦隊も同じだ」
「本当にその形で進めてよろしいのですね?」
「ああ。仕事が増えた以上、全部を1つの財布として見ていたら、どこで儲かってどこで使いすぎているのか分からなくなる」
「奥様にもそうお伝えします」
ハロウデンには地代や森林からの収入がある一方、道路や橋、農場建物の修繕費がかかる。艦隊には拿捕による大きな収入があるが、船の修理、給金、弾薬、食糧、新たに加えた軍艦の改装にも金が必要だった。本邸建設、商会、炭坑についても、それぞれ収入と支出を分けて見た方が実態を把握しやすい。
「それにしても、僕のいないところで君とアメリアは随分話を進めているな」
「仕事です」
「分かっている」
「それが気に入らないのですか?」
「僕より話が早そうなのが少し気に入らない」
ウェッブは声を上げて笑った。
◇ ◇ ◇
9月28日。
エドワードとアメリアは、そろって王宮へ呼ばれた。今回はエドワードの戦果報告だけではなく、王妃がアメリアにも会いたいと望んでいた。
ジョージ3世は報告書を読み終えると、満足そうにエドワードを見た。
「護衛艦3隻、輸送船10隻か。敵艦隊の主力には近づかなかったな?」
「約束どおりです」
「それでいい。連合艦隊は結局、英国へ上陸できずに退いていく。病気、補給不足、天候、指揮の問題など、理由はいくつもある」
「私が補給船を取ったから退いたと言うつもりはありません」
「分かっている。だが、お前が奪った物資が届かなかったことも、連中にとって良い話ではなかった」
「それで十分です」
「英国海軍が敵主力を見ている間、お前のような船団が補給線を荒らすやり方は使える。必要になれば、また頼むことになるだろう」
「その場合の報酬はどうなるのでしょうか?」
「お前はもう取っているだろう」
「船と積荷が報酬ということですか?」
「それ以上何が要る」
「ありません」
王妃が口を挟んだ。
「今回はアメリアも随分働いたそうですね」
「大したことはしておりません」
アメリアが答えると、エドワードが横から口を挟んだ。
「十分しています。ハロウデンの道路と橋を直し、本邸の図面を見直し、僕の戦利品の売り先まで考えました」
「売り先は提案しただけです」
王妃は楽しそうに2人を見た。
「それだけでも十分ではありませんか」
ジョージ3世も興味を持った。
「戦利品について、何を提案したのだ?」
「拿捕した船には、連合艦隊へ送る予定だった食糧や火薬、帆布、索具がありました。英国海軍でも使えるのでしたら、普通の商人へ回すより海軍へ先に売った方が早いと思っただけです」
「安く渡したわけではあるまいな?」
「もちろんです。必要な品物ですから、適正な値段で買っていただきます」
ジョージ3世は笑った。
「エドワードの妻だな」
「私もそう思います」
王妃まで笑った。
エドワードは少し不満そうな顔をした。
「僕が何か悪いことをしているように聞こえます」
「褒めているのだ」
「本当に褒めておられるのですか?」
「少なくとも余はそのつもりだ」
王妃はアメリアへ顔を向けた。
「ハロウデンの本邸や所領も、あなたが見ているのですか?」
「はい。エドワードが海へ出ると、帰るまで待っていては仕事が止まってしまいますから」
「どのように進めているのですか?」
「私で決められることは決めています。分からないことは管理人やウェッブに聞き、金額の大きな話や方針を変える時にはエドワードへ相談します」
ジョージ3世がエドワードを見た。
「それでは、お前がいなくても伯爵家は動くようになったわけだ」
「陛下までそのようなことを言わないでください」
「海へ行けるのだから、むしろありがたいだろう」
エドワードは少し考えてから答えた。
「それは本当にそうです」
◇ ◇ ◇
王宮からの帰り、馬車の中でアメリアは向かいに座る夫へ尋ねた。
「陛下に、あなたがいなくても伯爵家は動くと言われたことを気にしているのですか?」
「気にしていない。僕がいなくても家が動くなら、その方がいい」
「本当にそう思っているのですか?」
「ああ」
アメリアは窓の外へ目を向けた。
「私はあなたの代わりになりたいわけではありません。海のことは何も分かりませんし、あなたの仕事を全部引き受けることもできません」
「分かっている。僕だって土地や屋敷のことを全部知っているわけではない」
「だから、それぞれ分かる人に任せればいいのです。私も、自分で判断できることは進めます。大きなことだけ、あなたと相談します」
「そう簡単に言うが、最後に責任を持つのは僕だぞ」
「もちろんです。でも、あなたが海へ行くなら、陸で私にできることは私がやります」
エドワードはしばらく妻を見た。
「分かった。陸のことは君に任せる」
「ええ」
「ただし、勝手に100万ポンド使うのはやめてくれよ」
アメリアは夫を見た。
「それをあなたに言われたくありません」
エドワードは笑った。
「確かにそうだな」
◇ ◇ ◇
9月30日。
エドワードは自宅で、ハロウデンから届いた新しい図面をアメリアと一緒に見ていた。
本邸の建築はまだ始まったばかりで、完成までは長い。今の進み方なら、子供が生まれる方がはるかに早い。
海では新たに拿捕した3隻の軍艦が修理と改装へ入り、ヘイル船団は11隻体制へ移ろうとしていた。ウェッブは輸送船と軍需物資の売却を進め、カートライトは新しい軍艦へ乗せる人員を選んでいる。
エドワードは図面の一角を指した。
「ここが子供部屋だったな。子供が2人になっても、この広さで足りるのか?」
「まだ1人目も生まれていませんよ」
「それは分かっている。3人になった場合も考えておきたい」
「本当に気が早いですね」
アメリアは図面の隣の部屋を指した。
「必要になったら、こちらも子供部屋として使えます」
「それなら安心だ」
「艦隊を11隻も持っている人が、生まれてもいない子供の部屋を心配しているのですね」
「船は増やせるが、家は建ててから壁を動かすのが面倒だろう」
「子供が増えてから考えても間に合います」
「それもそうだな」
9月が終わるころには、ハロウデンの道路や橋の修繕が進み、本邸の図面にもアメリアの意見が反映されていた。
机の上には、これから建つハロウデン・ハウスの図面が広がっている。
エドワードはその図面をアメリアと並んで眺めながら、まだ姿も見えない子供がそこで暮らす日のことを考えていた。




