第5話(後編1)「売り先は王室」 1779年9月21日~9月25日
エドワードが海にいる間も、アメリアはハロウデンから届く報告書を読み続けていた。
9月21日の朝、机の上には本邸の図面、所領内の修繕報告、農場ごとの収穫見込みが並んでいた。
道路や橋の修繕は、収穫物を運ぶために重要な道から始まっている。屋根が傷んでいた倉庫も修理へ入り、本邸については建築家から修正版の図面が届いていた。
厨房と食堂の間には、使用人が客用廊下へ出ずに料理を運べる通路が追加されている。アメリアはさらに、王族用の客室、家族の居住区、子供部屋、使用人の部屋、洗濯をする場所、食器や銀器を保管する場所、客の衣装を手入れする部屋、石炭を運び込む経路まで確認していた。
大きな屋敷ほど、客から見えないところに多くの設備と人手が必要になる。舞踏室だけ豪華に造っても、厨房から料理を運べず、衣類を処理できず、暖炉へ石炭を運び込めなければ使いにくい。
昼前、ウェッブが訪れた。
「伯爵閣下から先に連絡が届きました」
アメリアはすぐに顔を上げた。
「エドワードは無事なのですか?」
「はい。お怪我もないとのことです。今回は護衛艦3隻と輸送船10隻を拿捕しました。8隻で出航しましたので、帰りは21隻になります」
アメリアは目を見開いた。
「13隻も拿捕したのですか?」
「ええ。私も最近は船の数くらいでは驚かなくなってきました」
「私はまだ驚きます」
ウェッブは持ってきた書類を広げた。
「積荷の概要も届いております。食糧が多く、そのほかに火薬、砲弾、帆布、索具、医薬品、修理資材があります。軍の支払いに使う銀貨も積まれているようです」
アメリアは一覧へ目を通した。
「この物資は、すべて競売へ回すのですか?」
「通常なら売却します」
「海軍が必要としている物資まで競売へ回す必要があるのでしょうか。食糧や火薬、帆布、索具を英国海軍でも使えるなら、先に直接売る話をしておいた方が早いと思います」
ウェッブは少し考えた。
「食糧は品質を、火薬は規格を確認する必要がありますが、使える物は海軍へ回せます」
「それなら、買う意思があるかどうかだけでも確かめておいてください。売却そのものはエドワードが帰ってから決めればよいでしょう」
「伯爵閣下へ確認する前に、そこまで進めてもよろしいのですか?」
「値段も売却も決めません。話を聞いておくだけです。それに、あなたも同じことを考えていたのでしょう?」
「ええ。軍需品については海軍へ売ることを考えておりました」
「でしたら、先に話を通しておいてください」
ウェッブは頷いた。
「価格についても、奥様なら安く渡せとはおっしゃらないでしょうな」
「必要な品物なのですから、適正な値段で買っていただきます。英国側はすぐ使え、こちらも大勢の商人へ少しずつ売る手間が省ける。それなら双方に利点があります」
「よくお分かりですな」
「屋敷の管理と似ています。必要な人へ必要な物を直接渡した方が、余計な人と時間を使わずに済みます」
「分かりました。伯爵閣下が戻る前に、海軍側へ話を通しておきます」
アメリアは、海軍を売却先の候補にするところまで進めると、価格の交渉はウェッブへ任せた。
◇ ◇ ◇
9月23日。
21隻の船団が英国へ戻った。
前月、16隻で帰ってきた光景を見た港の人々でさえ、今度は驚いた。
エドワードが連れて帰ったのは、自分の船8隻に、拿捕した軍艦3隻、輸送船10隻を加えた大船団である。輸送船には食糧だけでなく、火薬、砲弾、帆布、索具、修理資材まで積まれているため、海軍関係者も早くから港へ来ていた。
グレイミア号が接岸すると、ウェッブが待っていた。
「今回は全部で何隻あるか分かったのか?」
「21隻です。さすがに一目では数えられなくなってきました」
「それでも数えられたなら十分だ」
「あなたのせいで慣れました」
エドワードは拿捕船へ目を向けた。
「軍需品の売却先はどうなっているのか?」
「奥様から提案を受け、海軍側へ先に意向を確かめてあります。食糧や火薬、帆布、索具など、使える物は直接買い取りたいそうです」
「アメリアがそこまで進めたのか?」
「売却を決めたわけではありません。買い手を先に見つけておいただけです」
「僕も海軍へ売るつもりだった」
「そうでしょうな。お二人とも同じところへ行き着きました」
「本人には似た者夫婦だとは言うなよ。喜ぶから」
ウェッブは笑った。
「奥様はハロウデンの仕事もかなり進めておられます。所領も本邸も止まっておりません」
本来なら、このまま積荷の確認へ向かってもおかしくない。だが前回、アメリアと約束していたことがある。
「今日は家へ帰る。積荷は明日見る」
「承知しました。こちらは進めておきます」
◇ ◇ ◇
エドワードが家へ着くと、アメリアは玄関まで出てきた。
「お帰りなさい」
「ただいま」
エドワードはまず妻の顔を見た。血色は悪くなく、立っている様子にも無理はない。
「体調に変わりはないか?」
「順調です。医師も問題ないと言っています」
「子供の方も順調なのだな」
「今のところは」
アメリアは夫を見た。
「21隻で帰ってきたそうですね」
「もう聞いたのか?」
「ロンドン中が聞いていると思います」
「少し目立ったな」
「少しではありません」
2人は居間へ入った。
「66隻の敵主力には近づかなかったのでしょうね」
「戦っていない。護衛艦3隻とは戦ったが、全部取った」
「無茶な戦いをしなかったのなら安心です」
「僕が13隻も取ったと聞いて、それほど驚かないのか?」
「驚いています。ただ、あなたならやりかねないとも思っています」
エドワードは笑った。
「軍需品を海軍へ売る話も聞いた。先に話を進めてくれて助かった」
「売り先を考えただけです。値段はウェッブに任せた方がいいでしょう。私は軍需品の相場までは知りませんから」
「その判断でいい」
「ハロウデンの方はどうなっているのか?」
「止まっていません」
「僕がいない間に何を進めたのか?」
アメリアは、道路と橋の修繕、倉庫の屋根、本邸の使用人用通路、厨房、洗濯室、客室、子供部屋まで、この半月ほどに進めた内容を説明した。
話を聞いていたエドワードは、途中から笑い始めた。
「何がおかしいのですか?」
「僕が海へ行っていた間、君の方が忙しかったのではないかと思ってな」
「海で13隻取るよりは暇です」
「比べ方がおかしい」
「あなたの妻ですから」
エドワードは立ち上がり、妻の腹へそっと手を当てた。
「どうしたのですか?」
「ここにも1人いるんだな」
「まだ外からは何も分かりませんよ」
「僕が海へ行けば、君と子供を残すことになる。それでも、以前ほど心配しなくていい気がしてきた」
「なぜそう思ったのですか?」
「僕がいなくても、君は自分で仕事を進められる。それどころか、陸の仕事は僕より向いているかもしれない」
「今ごろ気付いたのですか?」
「そこまで言うな」
アメリアは笑った。
エドワードは、妻が進めた図面や修繕の話をもう一度聞きながら、久しぶりの夜を自宅で過ごした。




