第4話(後編)「売るのは商船だけ」 1779年8月21日~8月31日
8月下旬。
16隻の船列が英国の港へ近づくと、前回以上の騒ぎになった。
グレイミア号を知る港の者たちは、先月10隻の船団が戻ってきた光景をまだ覚えている。今回はそれより6隻多く、拿捕船11隻のうち3隻はフランス海軍の軍艦だった。
砲門を並べた軍艦まで英国側の監視下で入港してくるのを見て、岸には荷役人夫だけでなく、商人、船員、軍人、見物人まで集まった。
「3隻とも軍艦だ!」
「商船も8隻いるぞ!」
岸から声が上がる。
船尾から人だかりを眺めたカートライトが言った。
「前回以上の騒ぎになりましたな」
「5隻で出て16隻で帰れば、嫌でも目立つだろう」
「この調子で増えれば、そのうち1つの港には収まらなくなりますぞ」
「その時は別の港も使う」
「もう次の話をしておりますな」
「困ってから考えるよりはいい」
グレイミア号が接岸すると、ウェッブが待っていた。
渡し板を降りてきたエドワードより先に、その後ろの船列へ目を向ける。
「3隻の護衛艦と8隻の商船を、全部連れて帰ってきたのですね」
「ああ。1隻も沈めずに済んだ」
「勝てる相手にしか手を出さないという約束も守ったのでしょうな?」
「最初の24門艦には3隻、次の20門艦には2隻で当たった。最後の1隻は、囲んで降伏させた。無理な戦いはしていない」
ウェッブは3隻のフランス軍艦を眺めた。
「それなら前回より安心できます。問題は、この3隻をどうするかですが」
「3隻とも残す」
ウェッブは視線を戻した。
「やはり売らないおつもりですか?」
「ああ。24門艦も20門艦2隻も使える。修理して艦隊へ加える」
「船が8隻になれば、乗組員の給金、補給、火薬、砲弾、修理、停泊費まで、維持費はかなり増えます」
「分かっている。その分は商船8隻から得る利益で賄う」
「商船を守っていた軍艦を奪い、その商船を売った金で奪った軍艦を動かすわけですな」
「よく分かっているじゃないか」
「理解はできます。喜んでいるわけではありません」
エドワードは笑った。
「商船8隻と積荷は売却へ回してくれ。軍艦3隻はカートライトと造船所に渡す。修理に必要な費用は、船ごとに見積もりを出させてから決めよう」
ウェッブは少し意外そうに顔を上げた。
「最初から『必要なだけ使え』と言われるかと思いました」
「お前が嫌がるから、見積もりを取ることにした」
「それは大きな進歩です」
「僕は最初から無駄金を使うのが嫌いだ」
「その言葉と、軍艦を3隻まとめて残す行動が同じ人から出るので、私は困るのです」
◇ ◇ ◇
数日後。
ウェッブの事務所には、商船8隻と積荷についてまとめた計算書が置かれていた。
「現時点の評価では、船体と積荷を合わせ、必要な費用を差し引いた後の分配対象額は約92万ポンドです」
エドワードは計算書へ目を落とした。
「予想していたより大きいな」
「砂糖とコーヒーの量が多く、藍も高値が見込めます。それに銀貨もありました。あなたの取り分を8割とすれば73万6,000ポンドです」
「前回の39万2,000ポンドと合わせれば112万8,000ポンドになる。これでハロウデンと本邸へ使った100万ポンドを上回ったな」
「ええ。12万8,000ポンド上回ります。乗組員側の2割は18万4,000ポンドですから、今回もかなり大きな分配になります」
「そこは契約どおり払ってくれ。戦って取った金だからな」
「もちろんです」
ハロウデン所領の購入と新本邸の建設に投じる金は、合わせて100万ポンドだった。
その現金を補うために7月から再び海へ出たエドワードは、2回の航海で112万8,000ポンドの取り分を得る見込みになった。商会や炭坑、既存の土地から得る利益は別にあり、さらにフランス海軍から奪った軍艦4隻が手元に残る。
ウェッブは計算書を閉じた。
「これで当初の目的は達成しました。しばらく海へ出ず、ハロウデンや本邸の方へ時間を使うお考えはありませんか?」
「すぐに次の航海へ出るつもりはない。新しく取った3隻の修理も必要だし、乗組員の編成にも時間がかかる」
「それなら少し安心しました」
「ただし、修理が終われば8隻ある。今までより大きな相手を狙えるようになる」
ウェッブは椅子の背へ体を預けた。
「安心するには早すぎたようですな」
「100万ポンドを取り戻すという目的は終わった。だからといって、使える艦隊まで遊ばせておく理由はないだろう」
「あなたに軍艦を持たせると、そういう結論になるのですね」
「僕が奪った船だ。使えるうちは使う」
◇ ◇ ◇
その午後、エドワードは3隻のフランス軍艦を修理している造船所へ向かった。
船大工たちは帆柱、索具、舷側、砲架を順番に調べている。
24門艦は前部の索具を大きく傷めていたものの、船体そのものは健全だった。20門艦の1隻にも砲撃痕があるが、大修理が必要な状態ではない。最後に降伏した1隻は、ほとんど傷を受けずに残っていた。
カートライトが報告書を見ながら説明した。
「3隻とも使えます。損傷の少ない1隻は比較的早く仕上がりますが、残る2隻にはもう少し時間が必要です」
「砲もそのまま使えるのか?」
「使えるものは残します。ただ、艦ごとに弾薬の種類がばらばらでは補給が面倒になります。今後のことを考えれば、ある程度は統一した方がよいでしょう」
「そこはお前に任せる。実際に使う側で決めてくれ」
「乗組員の方も時間が要ります。3隻分を一度に新兵だけで埋めるわけにはいきません」
「前回の航海で5隻目を動かした時と同じように、今いる船から経験者を分け、新しく雇う者と組ませればいい。急いで人数だけ揃える必要はない」
カートライトは少し笑った。
「『急ぐ必要はない』という言葉を、あなたから聞く日が来るとは思いませんでした」
「急いで船を沈めるより、少し待って強くした方がいい。僕は前からそのくらい慎重だぞ」
「その評価については、ウェッブと相談して決めます」
「どうせ2人とも信じないんだろう」
「よくお分かりで」
エドワードは修理を待つ3隻を見上げた。
数週間前まで、すべてフランス海軍に所属していた船である。修理と改装を終えれば、今度はエドワードの艦隊としてフランス船を追うことになる。
グレイミア号を含めれば、全部で8隻だった。
◇ ◇ ◇
8月末。
エドワードは国王ジョージ3世への報告のため王宮を訪れた。王妃も同席している。
国王は報告書へ目を通した後、エドワードを見た。
「今回は軍艦3隻と商船8隻を拿捕したとある。5隻で出航して、11隻を取ったのか?」
「はい、陛下。帰港した時には16隻になっておりました」
王妃が笑った。
「最近は、出ていく時より帰ってくる時の方が船が増えるのですね」
「ありがたいことです」
ジョージ3世は報告書へ目を戻した。
「護衛艦3隻をすべて沈めずに降伏させたそうだな。売却するつもりなのか?」
「いいえ。3隻とも修理して、私の艦隊へ加えるつもりです」
「すでに先月の1隻があるはずだ。それも合わせれば、フランス海軍から奪った軍艦だけで4隻になるのだな」
「そのとおりです」
「維持費も相当なものになるだろう。8隻もの船を自費で動かせるのか?」
「今回捕らえた商船8隻から、私の取り分だけで73万6,000ポンドほど入る見込みです。それを使えば十分維持できます」
王妃が国王へ顔を向けた。
「フランスの商船から得たお金で、フランスから奪った軍艦を動かすそうですよ」
ジョージ3世は声を上げて笑った。
「よいではないか。自分の金で船を整え、人を雇い、それでフランスの軍艦と商船を減らしてくれるのだ。余が止める理由はない」
「では、このまま艦隊を維持してもよろしいのですね」
「ああ。ただし英国の法と余の命令には従え。自前の艦隊を持ったからといって、好き勝手に戦争を始められては困る」
「もちろんです」
国王は少し考えてから続けた。
「それと、今度は戦列艦まで欲しいと言い出すのではあるまいな?」
「今のところ、その予定はありません」
王妃が笑った。
「陛下、『今のところ』と言っていますよ」
「聞かなかったことにした方がよさそうだな」
エドワードも笑い、頭を下げた。
国王から軍備を減らせとは言われなかった。自費で維持し、英国のために使う限り、8隻の艦隊を持つことについても認められた。
王宮を出たエドワードは、そのまま造船所へ向かった。
ハロウデンでは新しい本邸の建設が進み、自宅ではアメリアが最初の子を身ごもっている。海では2回の航海によって112万8,000ポンドの取り分を得る見込みとなり、造船所ではフランス海軍から奪った3隻の修理が続いていた。
7月初めに海へ戻った時の目的だった100万ポンドの補充は、2か月で達成した。さらに4隻の軍艦を新たな戦力として手に入れ、修理が終わればエドワードが動かせる船は全部で8隻になる。
馬車の窓からテムズに並ぶ帆柱を眺めながら、エドワードはその8隻を次にどう使うか考え始めていた。これまでより大きな船団を相手にできるだけの戦力が、すでに手元に揃いつつあった。




