第4話(中編)「3隻とも降ろせ」 1779年8月11日~8月20日
8月11日の朝、見張りが南西の水平線に多数の帆を発見した。
最初は5隻ほどしか見えなかったが、距離を詰めるにつれて7隻となり、さらにその後ろにも帆が現れた。
カートライトは望遠鏡を覗き続けた。
「全部で何隻見えるのか?」
「11隻です。前方に軍艦らしい船が3隻、その後ろに商船が8隻。事前の情報と一致します」
エドワードも望遠鏡を向けた。
フランス船団は3隻の護衛艦を中心にまとまっている。先頭には最も大きな軍艦があり、その左右を少し小さな2隻が固め、その背後を大型商船8隻が進んでいた。
「護衛艦の規模も、聞いていたものと同じか?」
「おそらく。先頭が24門前後、左右の2隻が20門程度でしょう」
「このまま正面から5隻全部でぶつかれば、こちらの損害も大きくなるな」
「ええ。勝てない相手ではありませんが、得策とは思いません」
エドワードは風向きと相手の進路を確かめた。
「それなら、先に商船団を崩す。護衛艦3隻をまとめて相手にする必要はない」
「商船を散らして、軍艦を引き離すお考えですか?」
「ああ。スウィフト号を右、レゾリュート号を左から回り込ませる。商船が散れば、護衛艦は全部を守れない。左右の軍艦が動いたところで、残った1隻へこちらの3隻を集中する」
カートライトはすぐに信号の準備を命じた。
「商船へは最初から砲撃させますか?」
「必要ない。近づくだけでいい。逃げ道を変えさせて船団を崩せれば十分だ」
信号旗が上がった。
スウィフト号とレゾリュート号が左右へ大きく広がる。
フランス側もすぐ反応した。商船団の後方にいた船が進路を変えて中央へ寄ろうとし、左右の護衛艦も外へ開く英国船を警戒して動き始めた。
エドワードは望遠鏡から目を離さなかった。
「右の護衛艦がスウィフト号へ動いた。左も続くはずだ」
少し遅れて、もう1隻のフランス軍艦もレゾリュート号の側へ進路を変えた。
中央には24門艦だけが残った。
「今だ。グレイミア号、ファルコン号、5隻目の3隻で先頭艦を叩く」
3隻が帆を広げ、一斉に中央のフランス艦へ向かった。
フランス艦長も意図に気付き、左右へ離れた味方を呼び戻す信号を上げた。しかし、その時にはスウィフト号とレゾリュート号が8隻の商船へ近づいている。
護衛艦が戻れば商船が危険になる。戻らなければ中央の1隻が3隻に囲まれる。
フランス側は左右の2隻を商船の護衛に残した。
「自分の船より商船を守る方を選んだな」
エドワードが言うと、カートライトも頷いた。
「護衛艦としては正しい判断でしょう。その分、こちらは先頭艦へ集中できます」
グレイミア号が砲撃距離へ入った。
最初に撃ったのはフランス艦だった。
砲声が海上へ響き、砲弾がグレイミア号の周囲へ落ちる。1発が船首近くの舷側を打ち、外板の木片を飛ばした。
「こちらも撃ち返します。狙いは前回と同じでよろしいですか?」
「帆柱と索具を狙え。あの船は沈めずに残したい」
グレイミア号が斉射し、続いてファルコン号と旧フランス艦も砲撃へ入った。
1隻へ3隻の火力が集中する。
フランス艦も激しく撃ち返したが、英国側は別々の方向から接近していた。グレイミア号へ舷側を向ければファルコン号が迫り、そちらへ向きを変えれば旧フランス艦が射線へ入る。
次の斉射でフランス艦の前部マストを支える索具が崩れた。帆が裂け、船足が目に見えて落ちる。
グレイミア号の甲板にも負傷者が出たが、エドワードは接舷を急がなかった。
「今回は3隻の護衛艦を相手にする。最初の1隻で乗り込みをやって、こちらの人数を減らす必要はない。左右と前を塞いで降伏を求めよう」
「応じなければ、次は船腹も狙うと伝えます」
「ああ」
グレイミア号とファルコン号が左右へ位置を取り、旧フランス艦が前方を塞いだ。
3方向から砲を向けられ、帆を傷めて速力まで失ったフランス艦は、やがて砲撃を止めた。
掲げられていた旗が下りる。
「まず1隻です」
カートライトが言った。
「拿捕要員だけ移して、すぐ次へ行く。商船団が崩れているうちに残りも止めたい」
8隻の商船は、すでにまとまりを失っていた。スウィフト号が右側から圧力をかけ、レゾリュート号が左側へ回り込んだため、商船同士が互いの進路を邪魔しながら逃げ始めている。
残った2隻の護衛艦も、それぞれ別の方向へ動いていた。
「次は右の20門艦を取る。ファルコン号は左へ回し、レゾリュート号と一緒にもう1隻を引き付けておけ。右にはグレイミア号と5隻目で当たる」
「2隻あれば十分でしょう」
グレイミア号と旧フランス艦が右へ向きを変えた。
前月までフランス海軍に所属していた船が、今度は英国側からフランス軍艦へ砲を向ける。
「向こうから見れば、あまり気分のよい光景ではないでしょうな」
カートライトが言った。
「次はあの船もこちら側へ並べればいい」
「結局、最初から3隻とも残す気なのですな」
「使える船を海へ沈める方がもったいない」
右側のフランス艦は、商船を守るためスウィフト号へ向かおうとしていた。その進路へグレイミア号と旧フランス艦が割り込み、距離を詰める。
数回の斉射を交わした後、メインマストの索具を大きく傷めたフランス艦は旗を下ろした。
「これで2隻目です」
「残り1隻だ。すぐ行く」
最後のフランス軍艦は、ファルコン号とレゾリュート号に進路を塞がれていた。
そこへグレイミア号と旧フランス艦が加わる。遠くではスウィフト号が商船1隻を停船させ、拿捕要員を移した後に別の船を追っていた。
フランス側から見れば、味方の軍艦2隻はすでに降伏し、英国側は5隻とも戦える状態にある。守っていた商船団も散り始めている。
「最後の1隻には、まず降伏を求めよう。4隻を相手に戦い続けても勝ち目はない」
「私が艦長でも、ここは降ろします」
降伏を求める信号が送られた。
フランス艦はすぐには答えなかったが、英国側の4隻が距離を詰めて砲門を向けると、やがて旗を下ろした。
「3隻とも降りました」
「撃ち合わずに済んだ分、最後の船はほとんど無傷だな」
「また船の状態を先に気にしますか」
「負傷者を増やさず、船まで無事に取れた。それなら一番いいだろう」
「それなら異論はありません」
フランス海軍の護衛艦3隻は、すべてエドワードの手に落ちた。
残るのは、大西洋を渡ってきた大型商船8隻である。護衛艦がすべて降伏した今、積荷を満載した商船だけでヘイル船団から逃げ切るのは難しい。
「5隻とも商船の追跡へ回せ。逃げる方向を見て、それぞれ近い船を追う」
グレイミア号は最も大きな商船へ向かい、ファルコン号とレゾリュート号も別の船を追った。スウィフト号は拿捕要員を移すたびに次の船へ向かい、旧フランス艦も追跡へ加わる。
護衛艦3隻がすべて降伏したことを見た商船の多くは、長く抵抗しなかった。
それでも逃走を続ける船はあり、追跡は翌朝まで続いた。最後の1隻が帆を下ろした時点で、フランス海軍の軍艦3隻と大型商船8隻、合計11隻すべてが拿捕されていた。
沈んだ船は1隻もない。
カートライトはグレイミア号の甲板から周囲を見回した。
「本当に11隻すべてを取ってしまいましたな」
「そのために人も資材も増やしてきた。問題は、ここから全部を英国へ連れ帰ることだ」
「分かっておられるなら助かります。5隻で出て、今は16隻ですからな」
「だからお前を頼りにしている」
「都合のよい時だけではなく、普段からそう言ってください」
「普段から頼っているぞ」
戦闘が終わると、今度は16隻を安全に英国まで運ぶための作業が始まった。
拿捕した3隻の軍艦には十分な人数を移し、武器と火薬を管理する。商船には必要な英国人を乗せ、フランス人船員の一部にも監視下で航行を続けさせた。船大工は各船を回り、帆、索具、舷側の損傷を調べ、航海に支障が出る箇所へ応急修理を施していく。
積荷も確認された。
商船の船倉には砂糖を詰めた樽が並び、その奥にはコーヒー、藍、綿花、カカオなどが積まれていた。別の船からは銀貨を収めた箱も見つかった。
エドワードは箱の中身を確かめた。
「これだけあれば、ウェッブも計算のしがいがあるだろう」
「帰港した瞬間から、今度は帳簿の戦争が始まりますな」
「そちらはウェッブに任せる」
「海でも陸でも、任せる相手だけは上手に選びますな」
「全部自分でやっていたら、8隻も船を動かせないからな」
8月20日、応急修理を終えた船団は英国へ向けて進み始めた。
5隻で出航したヘイル船団は、フランス海軍の軍艦3隻と大型商船8隻を加え、16隻になっていた。




