第4話(前編)「5隻目の軍艦」 1779年8月1日~8月10日
1779年8月1日。
エドワードはテムズ沿いの造船所で、前月に拿捕したフランス海軍の小型軍艦を見上げていた。
砲撃で傷んだ舷側は修理され、切れた索具もほとんど張り直されている。前部マストには新しい部材が入り、甲板では船大工と水夫が最後の作業を進めていた。
約20門の砲を備えた、もとはフランス海軍の軍艦である。修理が終われば、今度はエドワードの船として海へ出る。
隣に立つカートライトも船体を見上げた。
「思ったより早く直りましたな」
「船そのものは悪くなかったからな。僕たちが壊したところを直しただけだ」
「壊した本人が言うと妙な話です」
「沈めなかったから、こうして使える」
「それは間違いありません」
2人は渡し板を通って甲板へ上がった。
砲の据え付け位置は、フランス海軍が使っていた時の配置を大きく変える必要がない。ただし、弾薬や予備索具の置き場、拿捕船へ移る者の装備などは、グレイミア号で使ってきた方法に合わせていた。
船全体を英国式へ造り直すつもりはない。使えるものは残し、実際の運用で不便なところだけ直せばよい。エドワードにとって重要なのは、どこの国で造られた船かではなく、敵へ追いつき、戦い、無事に戻ってこられるかだった。
「乗組員の方は、もう目処が立っているのか?」
「各船から経験者を移し、その分を新しく雇った水夫で補っています。艦長には、グレイミア号で長く副長を務めた者を上げるつもりです」
「お前が推薦するなら任せる」
「随分あっさり決めますな」
「船の人事については、僕よりお前の方が分かっている。任せられるところまで自分で抱える必要はないだろう」
カートライトは満足そうに笑った。
「最初にグレイミア号へ乗ったころには、あなたが武装船を5隻も持つようになるとは思いませんでした」
「僕も思っていなかった。だが、使える軍艦をわざわざ売る理由もない」
「今後は、どの程度まで船を増やすお考えですか?」
「必要があれば増やす。今の段階で上限を決めるつもりはない」
「その答えを聞くと、こちらは乗組員を多めに探しておいた方がよさそうですな」
「そうしてくれ」
グレイミア号、ファルコン号、スウィフト号、レゾリュート号に、旧フランス海軍艦が加わった。これでエドワードが動かせる武装船は5隻になる。
前回の航海では、敵船を6隻も捕らえたことで、戦闘後に拿捕船を動かす人員が不足しかけた。そのため今回は、最初から各船へ通常より多くの水夫を乗せ、敵船へ移る者も決めておくことにした。船大工も増やし、海上で応急修理を行うための木材、帆布、索具も余分に積み込む。
準備を見ていたカートライトが口を開いた。
「ここまで拿捕要員を増やすということは、今回も相当な数を狙っているのですか?」
「相手が何隻いるかは、まだ分からない。ただ、前回は6隻捕らえた。次にそれ以上の船がいても、人手が足りないという理由で諦めたくはない」
「つまり、取れるだけ取るということですな」
「勝てる相手ならな」
「承知しました。こちらもそのつもりで準備しておきます」
◇ ◇ ◇
翌日、エドワードがウェッブの事務所へ入ると、海図の横に何枚もの書類が重ねられていた。
「次の獲物が見つかったのか?」
「ええ。今回はかなり大きな船団です」
ウェッブは海図をエドワードの方へ向けた。
「フランス領西インド諸島から本国へ戻る商船団で、大型商船が少なくとも8隻あります。砂糖、コーヒー、藍、綿花、カカオなどを積んでいる可能性が高く、一部には銀貨があるという情報も入っています」
エドワードはそこで椅子へ座った。
「商船8隻なら十分面白い。問題は護衛だな。どの程度付いているのか?」
「フランス海軍の軍艦が3隻です。最大の船が24門前後、残る2隻が20門前後と見られています。戦列艦も大型フリゲートも確認されておりません」
「こちらは5隻ある。砲数と乗員を比べれば、戦力では上回れるのか?」
「5隻すべてを使えば、総数ではこちらが上です。ただし、相手は正規海軍です。普通の私掠船なら、護衛艦が3隻も付いた船団には近づかないでしょう」
「普通の私掠船は5隻も持っていないからな」
ウェッブは予想していたらしく、ため息をついた。
「商船だけを狙うのではなく、護衛艦まで取るつもりなのですね」
「ああ。使える軍艦なら3隻とも残したい」
「先月の1隻を戦力へ加えたばかりでしょう。さらに3隻増やせば、全部で8隻になります」
「計算は合っている」
「船が増えれば、乗組員の給金も補給費も修理費も増えます。軍艦を残せば、その分は現金にもなりません」
「商船が8隻ある。今回の現金はそちらから取ればいい」
「それで60万8,000ポンドに届かなかった場合は、どうするおつもりですか?」
「無理に1度で取り戻す必要はない。条件の悪い相手に手を出して船を失う方が損だ。足りなければ次の機会を待つ」
その返事には、ウェッブも少し意外そうな顔をした。
「そこまで考えているのでしたら、私から無理に止める理由はありません。ただし、軍艦3隻を残すなら、維持費は商船から得た利益の中できちんと見てください」
「もちろんだ。だからこそ、積荷の価値が高い8隻を全部取りたい」
「結局、商船8隻を全部狙うおつもりですか?」
「護衛艦3隻と商船8隻だ。こちらの5隻を全部出す」
ウェッブは海図へ目を落とした。
「せめて、海上で情報と違う相手が出てきた時には引いてください。戦列艦まで混じっていた場合に、数だけ見て突っ込まれては困ります」
「そこは前回と同じだ。勝てない相手とは戦わない」
「その言葉だけは覚えておきます」
◇ ◇ ◇
その日の夜、エドワードが自宅へ戻ると、アメリアは居間で待っていた。
夫の顔を見るなり、アメリアは事情を察したらしい。
「また海へ出ることになったのですね」
「どうしてそう思ったのか?」
「朝より機嫌がいいからです。今度はどのような船を見つけたのですか?」
エドワードは妻の向かいへ座った。
「フランスの大型商船が8隻だ。護衛に軍艦が3隻付いている」
アメリアは少し眉を上げた。
「前回より明らかに大きな相手ですね。5隻で戦うつもりなのですか?」
「ああ。ただし、3隻の軍艦と正面から一斉に撃ち合うつもりはない。商船を散らして護衛艦を分け、1隻ずつ数の差を作って叩く。カートライトにも海上で相手を確認してもらう」
「あなた1人で戦い方まで決めてしまうのではなく、船長にも確認するのですね」
「船のことはあいつの方が詳しい。僕は取る船を決める方に向いている」
アメリアは腹へ手を添えた。
医師からは、妊娠していると考えてよいだろうと言われている。まだ体形に大きな変化はなかったが、朝の気分の悪さは続いていた。
エドワードはその手を見た。
「僕がいない間に体調が悪くなったら、すぐ医師を呼んでくれ」
「そのために医師も使用人もいます。あなたが海の上から戻ってくる方が難しいでしょう」
「分かっている。それでも気にはなる」
「でしたら、無事に帰ってきてください。軍艦を3隻とも欲しくなったからといって、無理な戦いをしてはいけません」
「そこまで考えていることが顔に出ていたか?」
「かなり分かりやすいですよ」
「最近、みんな僕の顔を読みすぎだな」
「隠すのが下手なのだと思います」
エドワードは苦笑した。
「できれば商船8隻も軍艦3隻も全部取ってくる。ただし、取れる条件でなければ諦める」
「その言葉を忘れないでください。船を増やすより、あなたが帰ってくる方が大事です」
「ああ。そこは分かっている」
8月4日、ヘイル船団5隻はテムズを下った。
グレイミア号を先頭に、ファルコン号、スウィフト号、レゾリュート号、そして前月までフランス海軍旗を掲げていた5隻目の軍艦が続く。
狙うのは、フランス海軍の護衛艦3隻と、その背後を進む大型商船8隻だった。




