第3話(後編)「39万2,000ポンド」 1779年7月21日~7月31日
7月下旬。
英国の港へ近づく船列を最初に見つけたのは、沖で漁をしていた者たちだった。
先頭にはグレイミア号がいる。その後ろにファルコン号、スウィフト号、レゾリュート号が続き、さらに6隻の拿捕船が列を作っていた。
全部で10隻である。
港へ近づくにつれ、岸に人が集まり始めた。グレイミア号が敵船を連れて帰ってくること自体は、港で働く者たちにも珍しくなくなっている。
だが今回は数が違った。
しかも6隻の中には、砲門を並べたフランス海軍の軍艦まで混じっている。
「またやったぞ!」
岸から上がった声をきっかけに、歓声が広がった。
船尾から見ていたカートライトが笑った。
「今回は随分目立ちますな」
「10隻で港へ入れば目立つだろう。4隻はもともと僕の船だが、残り6隻を取ったのは事実だ」
「そこは誰にも文句を言われません」
岸へ着くと、ウェッブが待っていた。
渡し板を降りてきたエドワードではなく、まず後ろに続く船列を数えている。
「3隻の商船を狙って出たはずですが、6隻連れて帰ってきましたな」
「途中で軍艦1隻と輸送船2隻を見つけた。こちらが有利だったから全部取った」
「その軍艦は正規海軍の艦だったのですか?」
「ああ。20門ほどだった」
「勝てる相手にしか手を出さないという約束は守ったのですか?」
「守った。こちらは3隻で、軍艦には2隻で当たった。無理な相手ではなかった」
ウェッブはフランス軍艦を眺めた。
「その説明だけを聞けば、以前より慎重になったようにも思えます」
「僕は前から慎重だ」
「その評価については、まだ保留しておきましょう」
拿捕した6隻は、これまでと同じく既定の手続きへ回された。船籍や積荷の確認など必要な処理についてはウェッブが引き受け、エドワードは港で最低限の指示を終えると、その日のうちにロンドンへ戻った。
◇ ◇ ◇
馬車が自宅の前へ止まった。
玄関へ入ると、使用人がウェッブから書類が届いていると告げたが、エドワードは受け取らなかった。
「書類は後でいい。アメリアはどこにいるのか?」
「奥様は居間におられます」
エドワードはそのまま居間へ向かった。
扉を開けると、アメリアが窓際の椅子から立ち上がった。
「無事だったのですね。怪我はありませんか?」
「ない。4隻とも戻ったし、僕にも大きな怪我はない」
「乗組員には被害が出たのですか?」
「負傷者はいる。だが船を失うほどの戦いにはならなかった」
それを聞いて、アメリアの緊張がようやく緩んだ。
「最初に聞いていたのは商船3隻だったはずですが、どうして6隻になったのですか?」
「途中で軍艦1隻と輸送船2隻を見つけた。軍艦も小さく、こちらの方が強かったから取った」
「それなら、無茶をしないという約束は守ったのですね」
「ああ。勝てる相手としか戦っていない」
「それなら安心しました」
エドワードは妻の隣へ座った。
「医師の見立てはどうだったのか?」
「まだ絶対とは言えないそうですが、たぶん間違いないだろうと言われました」
エドワードは妻の腹へ目を向けた。外見から妊娠が分かるような時期ではない。
「そうか。男でも女でも構わない。無事に生まれてくれれば、それでいい」
「今のところは、まず本当に順調なのかを確かめる段階です。名前を考えるのはまだ先ですよ」
「分かっている。家を建てるより時間がかかることくらいは理解している」
「比べるものが少し違うと思います」
2人は笑った。
やがてアメリアが尋ねた。
「ところで、今回の航海ではどのくらいの金額になりそうなのですか?」
「まだ計算していない」
アメリアは少し驚いた顔をした。
「帰ったら最初に私のところへ来るという約束を、本当に守ってくれたのですね」
「僕は約束したからな。書類は玄関に置いたままだ」
「それなら今日はウェッブさんのところへ行っても構いませんよ」
「今日は行かない。金額は明日の朝に確認する」
「随分我慢していますね」
「その代わり、朝一番で行く」
「やはりそこは変わりませんね」
◇ ◇ ◇
翌朝、エドワードは朝食を終えるとウェッブの事務所へ向かった。
机の上には、前日までに届いた報告をもとにまとめられた計算書が置かれている。
「今回の見込み額を教えてくれ」
ウェッブは計算書をエドワードへ向けた。
「その前に1つだけ。昨日は本当に奥様のところへ先に帰ったそうですね」
「家の使用人から聞いたのか?」
「ええ。少し意外でした」
「約束したから守った。それより計算を聞かせてくれ」
「では申し上げます。最初に捕らえた大型商船3隻は、積荷が情報より良かった。船体と積荷を合わせ、必要な費用を差し引いた後の分配対象額は、現時点の見込みで約26万ポンドです」
「僕の取り分が8割なら、20万8,000ポンドになるな」
「そのとおりです。さらに軍用輸送船2隻と積荷、拿捕したフランス軍艦を合わせると、分配対象額は約23万ポンドと見ています。軍需品のほかに銀貨もかなりありました」
エドワードは椅子へ腰を下ろした。
「こちらの8割は18万4,000ポンドだから、合わせて39万2,000ポンドか」
「おおむねその額になる見込みです。残る9万8,000ポンドは契約どおり乗組員側へ分配します。戦闘で負傷した者についても、これまでの契約に従って処理します」
「そこに異論はない。約束した分はきちんと払ってくれ」
エドワードは計算書へもう一度目を通した。
ハロウデン所領と新本邸に投じる金は合わせて100万ポンドである。そのうち39万2,000ポンドに相当する金額を、今回の航海だけで新たに得られる見込みになった。商会や炭坑、土地からの収入は別に入ってくる。
「100万ポンドまで残り60万8,000ポンドだな」
ウェッブはエドワードの顔を見た。
「39万2,000ポンドを得ても、そこで満足して休むという考えにはならないのですか?」
「金額には満足している。ただし、これで終わりにするつもりはない。船は傷んでいるし、負傷者もいるから、すぐには出ない。カートライトに船と乗組員を休ませる期間を決めてもらう」
「船と人の状態については、彼に任せるのがよいでしょう」
「その間に次の情報を集めてほしい。今回のように、こちらが有利で高い価値のある相手が見つかった時だけ出る」
ウェッブは苦笑した。
「私の方には休みがありませんな」
「お前は砲弾を浴びていないだろう」
「その代わり、あなたが持ち帰った6隻分の書類を浴びています」
「紙で沈む船はない」
「量によっては人が埋もれます」
エドワードは笑った。
「それなら埋もれない程度に人を増やせ。必要な費用は出す」
「珍しくまともな解決策ですな」
「僕はいつもまともだ」
「そこについては、カートライトにも意見を聞いてみたいものです」
ウェッブは計算書を閉じた。
「次の獲物について、何か条件はありますか?」
「まず価値が高いこと。それから、こちらが勝てる相手であることだ。60万8,000ポンドを1度で取れれば理想だが、無理に金額へ合わせる必要はない」
「そこは少し安心しました。敵船に値札を付けて60万8,000ポンドぴったり探せと言われるかと思いましたので」
「それでは商売にならない。条件の良い船を見つけてくれればいい」
「承知しました」
エドワードは立ち上がった。
船と乗組員はしばらく休ませる。その間に損傷を直し、ウェッブには次の航海に使える情報を集めてもらう。
ハロウデンでは新しい本邸の建設が始まり、アメリアの懐妊もほぼ確かになった。家族と土地に使う金が増えた一方、最初の航海だけで39万2,000ポンドを新たに得られる見込みも立った。
一度の成功で十分だとは、エドワードは考えていなかった。
「次に条件のいい船が見つかったら知らせてくれ。船と人の準備が整っていれば、また僕が取りに行く」
ウェッブはため息交じりに帳簿を開いた。
「分かりました。今度は6隻分の書類を片付けながら探しておきます」
エドワードは笑いながら事務所を出た。




