第3話(中編)「護衛艦まで取れ」 1779年7月11日~7月20日
7月11日。
拿捕したフランス商船では、積荷だけでなく船長室に残されていた書類の確認も進んでいた。その中から、フランス本国を出て西インド諸島へ向かう別の船団について記したものが見つかった。
軍用輸送船は2隻。護衛としてフランス海軍の小型軍艦が1隻付き、数日のうちにビスケー湾を南西へ通過する可能性がある。
エドワードはグレイミア号へ戻り、カートライトと海図を広げた。
「この記録は信用できるのか?」
「この紙だけなら追いません。拿捕した3隻のうち2隻の船長も同じ船団について知っていました。出港地やおおよその時期も一致しています」
「輸送船には何を積んでいる?」
「火薬、銃、衣服、金属類などの軍需品です。現地駐屯部隊へ送る金が積まれる場合もあるそうですが、今回は分かりません」
「金は当てにしなくていい。軍需品だけでも価値はあるし、西インド諸島へ届く前に止めれば戦功にもなる」
エドワードは護衛艦について確認した。
「軍艦にはどの程度の砲がある?」
「20門前後という話です。ただし、こちらは拿捕船3隻を抱えています。このまま戦えば動きが鈍くなりますし、取り返される危険もあります」
エドワードはしばらく海図を見た。
「レゾリュート号に拿捕船3隻を任せて英国へ向かわせる。僕たちはグレイミア、ファルコン、スウィフトの3隻で南へ行く」
「相手が本当に20門程度の小型軍艦1隻なら、戦力はこちらが上です」
「情報と違っていたら戦わずに離れる。そこは変えない」
「それなら私も賛成です」
その日の午後、レゾリュート号は拿捕した商船3隻を率いて北へ向かった。英国近海まで先行し、後から戻るエドワードたちと合流する予定である。
残る3隻は南へ進んだ。
今回の相手には正規海軍の護衛艦が付いている。それでも情報どおりの戦力なら、輸送船2隻と軍艦1隻をまとめて狙える。軍需品を奪えば利益になり、護衛艦を破れば王室へ示せる戦功にもなるため、エドワードは見逃すつもりがなかった。
◇ ◇ ◇
7月14日の午後、見張りが3隻の帆を発見した。
中央を進む1隻の後ろに2隻が続いている。距離を詰めるにつれ、先頭の船には砲門が並んでいることが分かった。
カートライトは望遠鏡を使い、船体と帆装を念入りに確かめた。
「相手の規模をどの程度と見ているのか?」
「大型艦ではありません。20門程度でしょう。後ろの2隻は輸送船に見えます」
「こちらに気付いているか?」
「すでに気付いております」
フランス軍艦は進路を変え、2隻の輸送船を背後へ回して英国船との間に入ろうとした。
「逃げずに輸送船を守るつもりらしいな」
「正規海軍ですからな」
「それなら、なおさら護衛艦を先に止める必要がある」
カートライトはもう一度相手を見た。
「こちらで勝てる相手だと思いますか?」
「砲数でも人数でもこちらが上です。ただし、相手は正規海軍です。商船のようにはいきません」
エドワードは頷いた。
「それでも条件はこちらがいい。戦う」
信号が上がった。
ファルコン号はグレイミア号の左へ広がり、スウィフト号は右側から前へ出る。フランス軍艦が2隻の輸送船を守ろうとすれば、英国側3隻の動きを同時に見なければならない。
「スウィフト号を輸送船へ回せ。ファルコン号は僕たちと一緒に軍艦を止める」
「軍艦にはグレイミア号とファルコン号の2隻で当たるのですね?」
「ああ。それで十分だ」
スウィフト号が大きく進路を変え、2隻の輸送船へ向かった。それを見たフランス軍艦も向きを変えようとする。
エドワードは相手の動きを見た。
「輸送船へ近づかれるのを嫌がっている。狙いは合っているな」
最初の砲声はフランス側から響いた。
白煙の向こうから砲弾が飛び、1発は海面へ落ちて大きな水柱を上げた。別の砲弾はグレイミア号の船腹へ当たり、外板を砕いて木片を甲板へ散らした。
「こちらの損傷はどうだ?」
カートライトは部下から報告を受けた。
「今のところ航行には問題ありません」
「撃ち返せ」
グレイミア号とファルコン号の砲門から火が噴いた。
砲手は船体下部ではなく、帆柱と索具を狙った。フランス軍艦も激しく撃ち返し、こちらの砲門や甲板を狙ってくる。
新たな砲弾がグレイミア号の舷側を打ち抜き、砕けた木片で水夫2人が倒れた。負傷者を甲板下へ運ぶ者たちが動く間も、砲撃は続いた。
「砲撃を止めるな!」
カートライトの声が甲板へ響いた。
次の斉射で、フランス軍艦の前部マストを支える索具が切れた。大きな帆が崩れて甲板の一部を覆い、船足が落ちる。
「今だ。ファルコン号を反対側へ回せ」
フランス軍艦は左右から砲を向けられたが、それでも降伏しなかった。
「まだ抵抗するつもりですな」
「これ以上砲で壊すより、乗り込んだ方が早い」
「やはり接舷するのですか?」
「ああ。ただし前みたいに何でもかんでも僕を後ろへ押し込もうとするな」
「伯爵閣下が撃たれれば困ると言っているだけです」
「伯爵になったからといって、拳銃が下手になったわけではない」
グレイミア号は傷ついたフランス軍艦へ接近した。
敵甲板から小銃弾が飛び、こちらからも銃撃を返す。距離が縮まると、エドワードは腰に差した2丁の拳銃を確かめた。
最初の鉤縄が敵船へ掛かり、続いて何本もの縄が投げ込まれる。2隻の船体が引き寄せられた。
フランス側の水兵が鉤縄を切ろうとして斧を振り上げたところを、エドワードが撃った。男の手から斧が落ちる。
続いて別の士官が甲板中央から拳銃を向けた。エドワードは2丁目を撃ち、相手は肩を押さえて後ろへ倒れた。
「本当に上手いですな!」
近くにいた水夫が叫んだ。
「今さら気付いたのか!」
エドワードは空になった拳銃を後ろへ渡し、装填済みの別の拳銃を受け取った。
英国側の乗組員が敵船へ乗り移り、フランス兵も剣と銃で抵抗した。狭い甲板では砲撃戦よりも人と人との距離が近く、火薬の煙、汗、血、潮の匂いが混じり、怒鳴り声と銃声が重なった。
エドワードは先頭へ飛び込まず、味方へ銃を向ける者を見つけては狙いを定めた。反対側からはファルコン号の乗組員も乗り込んできた。
人数でも火力でも、フランス側に勝ち目はなくなっていた。
やがてフランス艦長が剣を下ろし、部下へ降伏を命じた。
エドワードも拳銃を下ろした。
「護衛艦は取ったな」
「ええ。ただし、こちらにも負傷者が出ています」
「味方も敵も、負傷者はすぐに手当てしてくれ」
「承知しました」
エドワードは海上へ目を向けた。
遠くではスウィフト号が1隻の輸送船へ追いつきかけている。もう1隻は別方向へ逃げようとしていた。
「ファルコン号を最後の輸送船へ向かわせよう」
カートライトが振り返った。
「今から追わせるのですか?」
「護衛艦はもう降伏した。グレイミア号はここに残して損傷と負傷者を確認する。ファルコン号ならまだ追える」
カートライトはリードと状況を確認し、ファルコン号を最後の輸送船へ向かわせた。
夕方までに勝負はついた。
スウィフト号が追った輸送船は数発の砲撃を受けて降伏し、ファルコン号が追ったもう1隻も日が沈む前に帆を下ろした。
翌朝、エドワードは拿捕した輸送船の船倉を確認した。
火薬や銃、軍服用の布、金属製品、船舶修理に使う資材が大量に積まれている。さらに、現地部隊への支払いに使う銀貨まで見つかった。
「金は積んでいないという話だったが、銀貨はあったな」
エドワードが箱を見ながら言うと、カートライトが答えた。
「金貨ではなく銀貨です。ウェッブなら、その違いをきちんと指摘するでしょうな」
「ロンドンへ帰ったら聞いてみる」
「それまで勝手に使わないでください」
「船の上でこれだけの銀貨を何に使うんだ」
「あなたなら何か考えそうですから」
エドワードは笑った。
その後は負傷者の手当てと船の応急修理を優先した。グレイミア号も砲撃を受け、外板や索具の一部を直す必要がある。拿捕したフランス軍艦も同様だった。
7月20日、エドワードは3隻の自船と、新たに拿捕した軍艦1隻、軍用輸送船2隻を率いて北上した。
先に帰路へ就いていたレゾリュート号とも合流し、最初に捕らえた大型商船3隻を加えると、ヘイル家の船4隻と拿捕船6隻が揃った。
海へ出てから、まだ3週間もたっていなかった。




