第10話(後編)「伯爵夫人」 1779年4月1日~4月30日
4月初旬、エドワードはアシュフォード公爵邸を訪れた。
今回は王室が席を用意したわけではない。自分から公爵へ面会を求め、アメリアとの結婚を申し込むために来ている。
応接室では、アシュフォード公爵と公爵夫人が待っていた。
「海から随分派手に帰ってきたそうだな」
公爵が最初に口にしたのは、やはり船の話だった。
「船が多かったので目立ったようです」
「敵船を十数隻捕らえておいて、その言い方か」
「16隻です。商船14隻と私掠船2隻」
「そういう訂正はいらん」
公爵夫人が笑ったが、エドワードはすぐに本題へ移った。
「今日は船の話で来たのではありません。アメリア嬢との結婚をお許しいただきたい」
公爵の表情が変わった。
「陛下に命じられたのか?」
「いいえ」
「王妃陛下でもない?」
「私自身の意思です」
公爵は隣の妻を見た後、もう一度エドワードへ向き直った。
「なぜアメリアだ?」
「一緒にいて退屈しません。それに美しい」
「本人にも言ってやれ」
「言います」
「それだけではないだろう?」
「もちろんです」
エドワードは言葉を選んだ。
「僕の爵位や金だけを見るのではなく、僕が何をしているのか知ろうとしてくれます。船へ乗れば砲や水夫の仕事まで見ようとするし、海へ出ることを心配しても、僕の仕事そのものを馬鹿にはしない。話していて、こちらも隠す必要がないと思えます」
「結婚しても海へ出るのか?」
「出ます」
「アメリアが嫌がっても?」
「危険だから嫌だと言われています。それでも、行かないとは約束していません」
公爵は苦笑した。
「そこは正直なのだな」
「結婚してから約束を破るよりはいいでしょう」
今度は公爵夫人が尋ねた。
「アメリアを幸せにできますか?」
エドワードはすぐには答えなかった。
「僕が勝手に幸せにすると言い切ることはできません。何を幸せだと思うかは、アメリア嬢自身が決めることです」
公爵夫人は黙って続きを待った。
「ただ、金のことで暮らしを狭めさせるつもりはありません。住む場所も、彼女自身が使う金も用意します。僕に言いたいことを言えない妻にもしたくない」
「他の女性については?」
公爵が妻へ顔を向けたが、公爵夫人は気にしなかった。
エドワードは少し困ったものの、答えを避けなかった。
「結婚する以上、アメリア嬢を公然と侮辱するような真似はしません」
公爵夫人はその言葉をしばらく聞いていたが、それ以上は問い詰めなかった。
公爵が言った。
「最後はアメリア本人に聞け。私は、私の娘として嫁がせる」
「承知しております」
「王の娘を預かっていたから返すのではない。アシュフォード公爵家の娘を、お前へ嫁がせる」
「はい」
「なら本人へ行け」
エドワードは立ち上がった。
「大切にします」
◇ ◇ ◇
アメリアは庭にいた。
4月に入り、木々には新しい葉が出始め、花壇にも春の花が咲いている。エドワードが近づくと、彼女はすぐに気付いた。
「父は何と?」
「最後は本人に聞け、と」
「それまでに随分聞かれたでしょう」
「かなり」
「何を?」
「それは秘密です」
アメリアは面白そうに言った。
「私にも売らないの?」
「売りません」
「では諦めます」
2人は庭の道を歩いた。
王妃の夕食会で初めて話して以来、何度か食事をし、公園へ出かけ、グレイミア号にも乗った。アメリアは戦果だけでなく、負傷者や戦闘そのものについても聞いてきた。海へ出るたびに心配することも、エドワードにはもう分かっている。
しばらく歩いたところで、エドワードは足を止めた。
「アメリア」
「はい」
「僕と結婚してください」
アメリアは少し意外そうに見た。
「随分普通ですね」
「もっと変わった言い方がよかったですか?」
「あなたなら、条件から話し始めるかと思いました」
「では持参金から?」
「やめてください」
「それなら普通に聞きます」
アメリアは笑った後、真顔に戻った。
「結婚しても海へ行くのでしょう?」
「行きます」
「私は嫌です」
「分かっています」
「止めても?」
「たぶん行きます」
アメリアは困ったようにエドワードを見た。
「では、必ず帰ってきて」
「必ずとは言えません。海で何が起きるかまでは約束できない」
「そういうところは正直なのですね」
「嘘をついて結婚しても仕方がないでしょう」
アメリアはしばらく黙っていたが、やがて言った。
「では私も正直に言います。結婚します」
エドワードはすぐに聞き返した。
「本当に?」
「ここで冗談を言うと思いますか?」
「思いません」
「では決まりですね」
「ありがとう」
「まず父と母へ言ってください」
「もう半分知っています」
「では王妃陛下?」
「国王陛下にも」
アメリアは笑った。
「順番を間違えないでくださいね」
「そこはウェッブに聞かず、自分で考えます」
◇ ◇ ◇
その日の夕方、2人はセント・ジェームズ宮殿でジョージ3世と王妃シャーロットへ報告した。
国王はエドワードを見るなり尋ねた。
「今度は、もう少し会わせてくれとは言わんのか?」
「十分会いました。アメリア嬢も承諾してくれました」
ジョージ3世は満足そうだった。
「そうか」
王妃はアメリアへ顔を向けた。
「本当にこの人でよいのですか?」
「はい。伯爵にまでしていただいた方ですから」
「それは関係ありませんよ」
「冗談です」
エドワードは国王と王妃へ改めて礼をした。
「ありがとうございました。伯爵位のことも、このご縁のことも」
ジョージ3世は少しだけ間を置いた。
「礼は受け取っておこう。ただし、結婚した後もアメリアを余の娘だと公言するな」
「もちろんです」
「公にはアシュフォード公爵の娘だ。それでよい」
「はい」
アメリアも黙ってうなずいた。
国王はそこで話題を変えた。
「ところで、十数隻捕らえたそうだな」
「商船14隻、私掠船2隻です」
「結婚の報告より詳しいな」
「申し訳ありません」
「いくらになった?」
「分配対象額で64万ポンドです。私の取り分が51万2,000ポンドでした」
さすがのジョージ3世も驚いた。
「51万2,000?」
「はい」
国王は王妃を見た。
「余は娘の夫選びを間違えなかったらしい」
「私はお金で選んだのではありません」
アメリアがすぐに返すと、国王もうなずいた。
「分かっている」
エドワードは口を挟んだ。
「金があること自体は悪くないと思いますが」
「お前は黙っていろ」
◇ ◇ ◇
4月下旬、エドワードとアメリアの婚礼が行われた。
公には、若くして伯爵位を与えられたエドワード・ヘイルと、アシュフォード公爵令嬢アメリア・フェアファクスの結婚である。
ジョージ3世と王妃シャーロットも列席し、アシュフォード公爵夫妻、父リチャードと母アン、姉キャサリンと夫ヘンリー、妹エリザベスも式を見守った。アメリアの出生について知る者は多かったが、その場で口にする者はいない。
アメリアはアシュフォード公爵家の娘として嫁ぎ、エドワード・ヘイル伯爵夫人となった。
婚礼後の席で、父リチャードが酒杯を手に息子へ言った。
「21歳で伯爵になって、22歳で公爵令嬢まで妻にするとはな」
「父上も驚きました?」
「当然だ。17歳の時には、1万5,000ポンドの借金を聞いて青くなっていた息子だからな」
「今でも1万5,000ポンドを無駄にはしたくありませんよ」
「では今、現金はいくらある?」
「100万ポンドを超えました」
リチャードの酒杯が止まった。
「現金だけで?」
「はい」
「聞かなかったことにした方がよさそうだな」
「なぜです?」
「私が使いたくなる」
近くにいたアンが即座に言った。
「絶対に貸してはいけませんよ」
「母上、まだ父上は借りると言っていません」
「言う前に止めているのです」
キャサリンとエリザベスが笑い、リチャードは何も言い返せなかった。
少し離れたところでは、アメリアが王妃と話していた。
エドワードは父との話を切り上げると、妻のところへ向かった。
◇ ◇ ◇
4月30日、婚礼から数日後のテムズでは、4隻の武装船が次の航海へ向けて準備を進めていた。
グレイミア号では船大工が修理箇所を確かめ、ファルコン号、スウィフト号、レゾリュート号でも水夫たちが樽や帆布を積み込んでいる。
アメリアは船列を見ながら尋ねた。
「もう海へ行くの?」
「僕はすぐには行きません。しばらくロンドンにいます」
「本当に?」
「ほかの3隻は先に出すかもしれませんが」
「あなたが乗らなくても?」
「それぞれ船長がいますから」
アメリアは4隻を見渡した。
「前は自分で行かないと気が済まなかったでしょう」
「今でも行きたいですよ。ただ、僕が1隻を追っている間にも、ほかの船は働ける。そのために増やしたんです」
「では、陸にいる間は何をするの?」
「商会も炭坑もある。それから土地を探します」
「また土地?」
「今度は大きいのを」
アメリアは呆れたようだった。
「1万エーカー以上持っているのに、まだ足りないの?」
「地代は年間4,000ポンドほどです。今の現金を持ったままにしておくより、もっと大きな固定収入へ変えたい」
「結婚したら少しは落ち着くと思っていました」
「今日は海へ出ていませんよ」
「それを落ち着いたとは言いません」
「では、これから努力します」
「その言葉もあまり信用できません」
エドワードは港に並ぶ4隻を見た後、アメリアへ向き直った。
「帰ろうか」
「ええ」
2人は並んで馬車へ向かった。
「ところで、どのくらいの土地を買うつもりなの?」
「まだ決めていません」
「本当に?」
「値段と土地を見てからです」
「少し安心しました」
「ただし、小さいのはいりません」
アメリアは足を止めた。
「やっぱり安心するのはやめます」
エドワードは妻とともに馬車へ乗り込んだ。




