第10話(中編)「14隻の値段」 1779年3月1日~3月31日
出航してから2週間余りで、グレイミア号は小型のフランス商船を1隻捕らえていた。積荷はワインと塩が中心で、悪い獲物ではないが、エドワードが待っているのは西インド諸島から戻る大型船だった。
「この時期なら、もっと大きな船が帰ってくるはずだ」
望遠鏡を手にしたエドワードへ、カートライトが答えた。
「帰っては来ます。ただし、都合よく我々の前を通るとは限りません」
「だから探しているんだ」
「そこは正しいですな」
数日前から風向きが変わり、海は荒れていた。それでもグレイミア号は大きく速力を落とさず、東へ向かう航路を探り続けた。
3月1日の朝、見張りから複数の帆を発見したとの声が上がった。
「5隻です!」
カートライトが望遠鏡を向け、エドワードも横から確認した。遠くに帆船がまとまって東へ進んでいる。
時間をかけて距離を詰めると、4隻の大型商船と、それを守るフランス私掠船だと分かった。商船はいずれも喫水が深く、大量の荷を積んでいる。
「当たりかもしれないな」
「積荷を見るまでは分かりません」
「では見に行こう」
相手もグレイミア号に気付いた。護衛していた私掠船だけが船団を離れてこちらへ向かい、その間に4隻の商船が東へ逃げ始める。
「護衛船が足止めをするつもりです」
「なら長く付き合う必要はない」
近づいてくるフランス私掠船には20門以上の砲が見えた。グレイミア号だけを相手にするなら無視できない武装だったが、その後方には荷を満載した4隻が逃げている。
「帆と索具を狙ってくれ。できれば私掠船も持って帰りたい」
「砲も船体も売るおつもりですな」
「沈めるよりいい」
フランス船が先に砲撃した。数発の砲弾が海面を叩き、そのうち1発がグレイミア号の舷側へ命中して木材を砕く。
カートライトが砲手へ命じた。
「撃ち返せ! 帆を止めろ!」
9ポンド砲が火を噴き、白煙が風下へ流れた。最初の斉射で帆と索具へ損傷を与え、2度目には前檣を支える索具を切った。大きく崩れた帆が絡み、フランス船の速度が落ちていく。
「これ以上は逃げられません」
「商船は?」
「まだ見えています」
「なら乗り込んで終わらせよう」
カートライトがエドワードを見た。
「あなたも行くのでしょうな」
「そのつもりだ」
「拳銃を持って、私より前へ出ないでください」
「努力する」
「その返事は信用しません」
グレイミア号が敵船へ寄せると鉤付き縄が飛び、波の上で両船の船体がぶつかった。水夫たちが一斉に敵船へ移り、エドワードもその後に続いた。
フランス側は船尾付近で抵抗した。
英国水夫へ剣を振り上げた士官へエドワードが1発目を撃ち、士官は甲板へ倒れた。船室の入口から拳銃を向けた男には2丁目を使い、肩を撃って狙いを外させる。
カートライトも剣を手に前へ出た。
「船主が先へ行くな!」
「今のは向こうが先に出てきたんだ!」
「だから私の後ろにいてください!」
船尾楼では、フランス船長のそばにいた別の男が拳銃を構えた。エドワードは3丁目を撃ち、その手から武器を落とした。
水夫たちはすでに甲板の大半を押さえている。帆も壊れ、船足も失われていた。エドワードが4丁目の拳銃を構えると、フランス船長は周囲を見て剣を甲板へ落とした。
抵抗が止まった。
カートライトは周囲を確認してからエドワードへ言った。
「今度は私も見ました。3発ですな」
「全部当たっただろう?」
「そのようです。王妃陛下へ報告できますな」
「それより商船を追うぞ」
拿捕船へ必要な人員を残し、敵船員の武装解除と応急修理を任せると、グレイミア号はすぐに4隻の追跡へ戻った。
午後には最も遅い商船へ追いついた。護衛船を失ったことを知っている相手は、警告射撃を受けると降伏した。
船倉を確認した水夫が戻ってくる。
「砂糖です。奥まで樽が積んであります。コーヒーと綿花もあります!」
「やはり西インド帰りか」
エドワードが船倉を確かめる必要はなかった。すぐに必要な人員を移し、次へ向かわせる。
2隻目もその日のうちに止めた。積荷は砂糖、コーヒー、藍、綿花だった。3隻目は夜まで逃げたが、翌朝には追いついて降伏させた。
残る1隻だけは速かった。
カートライトは、それまでに拿捕船へ移した人数とグレイミア号に残る水夫を確認した。
「まだ追えます。各船には英国まで運ぶための最低限の人数を残してありますし、天候も持ちそうです。ただし夕方までにしましょう」
「分かった。そこまでで届かなければ諦める」
グレイミア号は最後の商船を追った。
午後遅く、ようやく砲の届く距離まで近づいた。警告射撃にも従わなかったため、帆と索具を狙って数発撃つ。大きな帆に穴が開き、索具が切れると、相手はそれ以上逃げられなくなった。
白旗が上がった。
「これで4隻全部です」
カートライトが望遠鏡を下ろした。
「護衛の私掠船を入れて5隻。先に取った小型船もあるから、今回だけで6隻か」
「グレイミア号だけで、ですな」
「ほかの3隻にも負けてほしくないな」
「4隻に増やした意味があったかどうかは、帰ってから分かります」
◇ ◇ ◇
3月上旬、グレイミア号は6隻の拿捕船を伴って英国へ戻った。
先頭のグレイミア号に続き、フランス私掠船、大型商船4隻、先に捕らえた小型商船が長い列を作って港へ入る。岸では船列に気付いた人々が足を止め、やがて歓声が上がった。
渡し板を降りたエドワードを、ウェッブが待っていた。
「6隻ですか?」
「そうだ。私掠船1隻と商船5隻だ」
「積荷は?」
「砂糖、コーヒー、藍、綿花が中心だ。最初の小型船にはワインと塩もある」
ウェッブは船列を見渡した。
「これだけあれば、しばらく私の机は空きそうにありませんな」
「金額が出れば報われる」
「あなたは海へ逃げられますが、私は書類から逃げられません」
その時、港の入口で新しい船団の入港を知らせる合図が上がった。
カートライトが先頭船を見つけた。
「ファルコン号です」
その後ろには3隻の拿捕船が続いていた。
エドワードはリードの船が近づいてくるのを見た。
「ちゃんと働いたな」
「そのようです。ウェッブ殿の机がもう1つ必要になりますな」
◇ ◇ ◇
3月中旬にはスウィフト号が4隻の敵商船を連れて戻った。小型船が多かったが、1隻には高価な染料とコーヒーが大量に積まれている。
数日後にはレゾリュート号も帰港した。ウォルシュはフランス私掠船1隻と商船2隻を捕らえ、さらにフランス船に追われていた英国商船1隻を救っていた。
エドワードがウェッブの事務所を訪れると、拿捕船関係の書類が別の机にまで積まれていた。
「全部で何隻になった?」
「グレイミア号が6隻、ファルコン号が3隻、スウィフト号が4隻、レゾリュート号が3隻です。拿捕した船は合計16隻。そのうち商船が14隻、私掠船が2隻です」
「商船だけで14隻か」
「ええ。4隻に増やした効果としては、十分でしょう」
「後は値段だな」
同じ手続きを改めて追う必要はなかった。16隻の船と積荷は所定の処理へ回され、売却と分配額の確定を待った。
3月31日、ウェッブから呼ばれたエドワードは事務所へ入るなり尋ねた。
「出たか?」
「出ました。今回は挨拶より先に数字を申し上げましょう」
ウェッブが計算書を広げた。
「まずグレイミア号。フランス私掠船1隻、商船5隻と積荷を合わせ、必要な費用を差し引いた分配対象額が22万4,000ポンドです」
「ずいぶん高いな」
「砂糖とコーヒーを満載した大型船が効いております。ファルコン号は15万4,000ポンド、スウィフト号が12万2,000ポンド、レゾリュート号が14万ポンド。こちらには英国商船の救助料も含まれています」
エドワードは計算書を指で追った。
「合計64万ポンド。僕の8割は51万2,000ポンドだな」
「そのとおりです。残る12万8,000ポンドは、それぞれの船の乗組員へ約束どおり分配します」
エドワードは数字を見直した。
「出航前に自由に動かせる現金も51万2,000ポンドだったな」
「偶然ですが、同じ額です。もっとも今回は4隻合わせた結果ですが」
「4隻とも僕の船だ」
「そこは否定しておりません」
商会や炭坑、領地からの入出金も続いているため、手元の現金は単純に2倍というわけではない。それでも月末までの支払いを見込んでも、100万ポンドを下回らないところまで増えていた。
「現金だけで100万ポンドを超えたのか」
「はい。土地、炭坑、商会、船は別です」
エドワードはしばらく計算書を見ていた。
「これなら大きな土地を買えるな」
「早速そちらですか」
「私掠は戦争が終われば縮む。現金を全部寝かせておく気もない。年に1万や2万ポンド入るような所領が売りに出たら、今度こそ話を持ってきてくれ」
ウェッブはさすがに確認した。
「その規模なら、売値もかなりのものになりますぞ」
「払える範囲なら見る」
「51万ポンドで足りないとおっしゃった理由が、ようやく分かってきました」
「まだ全部使うとは言っていない」
エドワードは計算書をウェッブへ返した。
「その前に、もう1つ決めることがある」
「アメリア嬢ですか」
「ああ。結婚を申し込む」
ウェッブは帳簿を閉じた。
「それは私に値段を調べろとは言わないでくださいよ」
「言わない。本人に聞く」




