第10話(前編)「4隻で狩る」 1779年2月1日~2月28日
「自由に動かせる現金は、約51万2,000ポンドです」
1779年2月1日、ウェッブは机に広げた帳簿を確認しながら、エドワードへそう告げた。
新たに揃えた3隻の購入費や改修費、新造船の残金、乗組員への前払い、火薬、砲弾、食糧など、近く支払う金はすべて別に確保してある。51万2,000ポンドは、それらを除いてエドワードがすぐに動かせる現金だった。
「それだけ?」
ウェッブが手を止めた。
「51万2,000ポンドですよ」
「聞こえている。だが使えば減る」
「金というものは、普通そういうものです」
エドワードは気にせず、領地の帳簿を引き寄せた。
「スタッフォードシャーの地代は、今年どのくらいになる?」
「4,000ポンドを超える見込みです。約1万1,400エーカーありますから、改良が進めばもう少し増えるでしょう」
「炭坑の収入は別だな?」
「もちろんです。これまで地代が目立たなかったのは、排水、道路、農地、建物、森林などへかなり戻してきたからです。大きな工事は一段落しましたから、今年からは残る金も増えます」
毎年4,000ポンド以上が入る土地を持っていれば、生活だけなら十分に豊かだった。だがエドワードが欲しいのは、遊んで暮らすための収入ではない。
「次に土地を買う時は、もっと大きい物にしたいな」
「51万ポンドあると聞いた直後に、もう次の使い道ですか」
「今すぐ買うとは言っていない。年間数千ポンドの所領を1つずつ増やしていたら時間がかかる。まとまった土地が売りに出たら知らせてくれ」
「承知しました。ですが、まずは船でしょう?」
「ああ。4隻揃った以上、働かせないとな」
430トンのファルコン号と390トンのスウィフト号は改修をほぼ終えていた。新造したレゾリュート号も予定より早く完成し、グレイミア号を合わせれば武装船は4隻になる。
「船長の方は?」
「そこから先はカートライト船長へ聞いてください。私は帳簿なら見られますが、船を沈めない方法までは分かりません」
「では港へ行こう」
「私もですか?」
「4隻分の金の話をするんだ。来てもらう」
「それなら喜んで」
◇ ◇ ◇
午後には、4隻の船がテムズに並んでいた。
最も大きいのは、約650トンの船体に28門の9ポンド砲を備えたグレイミア号である。その周囲にファルコン号、スウィフト号、完成したばかりのレゾリュート号が停泊していた。
ファルコン号の船長には40歳のトマス・リード、スウィフト号には37歳のウィリアム・ホーキンズ、レゾリュート号には39歳のヘンリー・ウォルシュを選んでいる。いずれもカートライトが航海歴や操船を確認し、ウェッブが金銭や過去の揉め事を調べた上で、エドワード自身が会って決めた男たちだった。
エドワードと4人の船長、ウェッブがグレイミア号の船長室へ集まると、エドワードは海図を広げた。
「4隻は別々に動かす。同じ敵船を4隻で追っても、取れる船は1隻だけだからな」
リードが海図を見た。
「かなり離すおつもりですか?」
「互いに助けを求めても間に合わないくらいに。その代わり、現場の判断は船長に任せる。僕の返事を待たなければ敵を追うことも逃げることもできない人間なら、3人を選んだ意味がない」
グレイミア号は西から来る船を狙い、ファルコン号はさらに南寄りでビスケー湾から海峡へ入る航路を見る。速力のあるスウィフト号は海峡西側を広く動き、レゾリュート号には北寄りの航路と、フランス私掠船への警戒を任せることにした。
「ウォルシュ船長。英国商船が襲われていたら助けてくれ。救助料が認められれば、それも船の稼ぎに入れる」
「救助料が出なければ?」
「それでも助ける」
ウェッブが口を挟んだ。
「珍しく利益を先に考えませんな」
「英国商船が減ればヘイル商会も困る。それに、自分の国の船を見捨てて敵商船だけ追うほど金に困っていない」
「それなら納得しました」
戦利品の分配は従来どおりとした。必要経費を差し引いた分配対象額の8割を船主、2割をその船の乗組員へ回す。船長や士官の持ち分も2割の中から出し、他の船がどれほど稼いでも、自分たちが何も捕らえなければ分け前は増えない。
「その方が分かりやすいでしょう」
リードが言うと、エドワードはうなずいた。
「自分の船で稼いでくれ。ただし、欲張って僕の船まで沈めるな」
カートライトが海図から顔を上げた。
「相手が戦列艦なら?」
「逃げろ。それはもう何度も言っただろう」
「新しい船長たちにも聞かせておきたかったのです」
エドワードは3人を見回した。
「勝てる相手なら止めて、できるだけ壊さず持ち帰る。帆や索具を狙うのは構わないが、船倉へ海水が入るほど穴を開けるな。沈んだ船には値段が付かない」
「話には聞いております」
リードの言葉に、ホーキンズとウォルシュもうなずいた。
「なら十分だ。後は海で決めてくれ」
◇ ◇ ◇
出航を4日後に控えた2月6日、エドワードはアメリアをグレイミア号へ招いた。
アシュフォード公爵の許可を得て、付き添いの婦人と使用人も同行している。厚手の外套を着たアメリアは、冷たい風の中を渡し板で甲板へ上がると、まず舷側に並ぶ砲へ目を向けた。
「これが28門の大砲ですね」
「そうです」
「9ポンド砲というのは、砲弾が9ポンドという意味?」
「そのとおり。砲そのものは、そんなに軽くありません」
「さすがに大砲が9ポンドだとは思っていませんよ」
エドワードは水夫に頼み、砲弾を1発持ってこさせた。
「持ってみますか?」
アメリアは両手で受け取った。予想していたより重かったらしく、腕へ力を入れ直す。
「これを何十発も使うのですね」
「戦えば。ですが28門全部を同じ方向へ一度に撃つわけではありません」
「敵船に乗せられなくてよかったわ」
「まだ敵ではありませんから」
砲弾を水夫へ返した後、2人は船内を回った。帆柱や索具、船長室、砲列、乗組員の居住区を見ていく間も、水夫たちは自分の仕事を続けている。
「皆さん、あなたが通っても仕事を止めないのですね」
「止められる方が困ります。海では僕が伯爵でも、切れた索具は勝手に直りませんから」
近くで水夫へ指示を出していたカートライトも話を聞いていた。
「船を動かすことについては、私の言うことも聞いていただきます」
アメリアはエドワードを見た。
「船ではカートライト船長の方が偉いの?」
「操船については。僕が爵位を見せても風向きは変わりません」
「それは安心しました」
「なぜ?」
「誰にも止められない人では困ります」
エドワードは答えず、近くに並ぶ3隻を示した。
「ファルコン号、スウィフト号、レゾリュート号です。これで4隻になりました」
「十分ではないの?」
「4隻の結果を見てから考えます」
「もう増やす話をしているのですね」
「増やさないとも言っていません」
アメリアは半ば呆れながらも、もう驚いてはいなかった。
しばらく甲板を歩いた後、彼女が切り出した。
「王妃陛下にも申し上げたのですが、あなたに1つ条件があります」
「聞きましょう」
「私を捕らえたフランス船のように数える人なら、結婚はお断りします」
エドワードは思わず彼女の顔を見た。
「それは困りますね」
「なぜ?」
「フランス船なら、船体と積荷を調べて値段を考えます。あなたには値段を付けるつもりがない」
「持参金は?」
「それは結婚の条件でしょう。あなた自身の値段ではないと、前にも言いました」
アメリアは満足そうだった。
「覚えていたのですね」
「もちろん」
「金の話だから?」
「それを言うと怒られそうなので黙っておきます」
「遅いですよ」
甲板の向こうでは、カートライトが出航準備を確認している。風を受けた帆が頭上で音を立てた。
「数日後には海へ出るのでしょう?」
「はい。4隻とも」
「あなたはグレイミア号?」
「僕はこの船です」
アメリアは少し迷ってから尋ねた。
「ほかの船長に任せて、あなたは陸に残ることもできるのですよね」
「できます」
「それでも行くの?」
「海へ出るのが好きなんです。戦うことだけではなく、自分で船を走らせて獲物を見つけるのが」
「私は好きではありません」
「海が?」
「あなたが撃たれるかもしれないことが」
エドワードには冗談で返す気になれなかった。
「危ない時は逃げます。勝てる相手を選ぶことも、前より覚えました」
「それなら、ちゃんと帰ってきてください」
「帰ってきます」
アメリアはその返事を聞いてから、もう一度4隻の船を眺めた。
◇ ◇ ◇
2月10日、4隻はそろってテムズを下った。
川幅が広がり、岸の倉庫や造船所が遠ざかっていく。翌日には海上で別れ、それぞれ決めた海域へ向かう予定だった。
グレイミア号の船尾から3隻を眺めていたエドワードに、カートライトが言った。
「とうとう4隻ですな」
「まずは働きを見よう。4隻に増やした分だけ利益が増えるとは限らない」
「現金51万2,000ポンドでも足りないとおっしゃった方にしては、慎重です」
エドワードは横を向いた。
「なぜ知っている?」
「ウェッブ殿から聞きました」
「帰ったら文句を言う」
「そのためにも、まず帰ってきてください」
「最近、同じことをよく言われるな」
翌朝、4隻は別れた。グレイミア号は西へ、ファルコン号は南西へ、スウィフト号は海峡西側へ、レゾリュート号は北寄りの航路へ進んでいった。




