第9話(後編)「陛下の娘」 1779年1月1日~1月31日
22歳の誕生日を迎えた1月1日、エドワードはグレイミア館で家族と朝食を取っていた。
父リチャードは、息子が自分より上の爵位を持つようになったことを面白がっていた。
「息子の方が爵位が上になるとは思わなかったな」
「父上も伯爵になりますか?」
「どうやってなるんだ」
「国王陛下にお願いするとか」
「なら、お前の功績を半分よこせ」
「金も半分になりますよ」
「それなら男爵のままでいい」
母アンが夫へ呆れた目を向けたところで、18歳になった妹エリザベスが別の話を持ち出した。
「それより、お兄様は本当に結婚するの?」
「誰から聞いたんだ?」
「ロンドンの友達から手紙が来たの。若い伯爵と公爵令嬢の縁談があるらしいって」
「名前は書いてあった?」
「そこまでは」
「なら僕とは限らない」
アンは息子を見た。
「でも、心当たりはあるのね?」
「1度会った方はいます。まだ何も決まっていません」
リチャードが興味を示した。
「美人か?」
「あなたはそこから入るのですか」
アンに言われても、リチャードは気にしなかった。
「大事だろう」
エドワードは隠すほどのことでもないと思い、答えた。
「美しい方です」
「ならよし」
「父上は簡単ですね」
「結婚生活を難しく考えすぎても仕方がない」
「あなたが言うと、あまり説得力がないわね」
アンの一言でリチャードは黙り、エリザベスが楽しそうに兄の顔を見た。
◇ ◇ ◇
1月中旬、王室から呼び出しが届いた。
今度は夕食会ではない。セント・ジェームズ宮殿の一室へ案内されると、ジョージ3世と王妃シャーロットが待っていた。
礼を済ませると、国王は早速船の話を始めた。
「3隻も増やしているそうだな」
「2隻を購入し、もう1隻を新造しております。今回私掠に出すのは、グレイミア号を含めて4隻になる予定です」
「ほかにも船を持っていただろう」
「ハンター号でしたら、今も所有しております。予備兼訓練船としてテムズに置き、新しく雇った水夫や砲手を乗せています」
「売ったわけではないのか」
「使える船を急いで売る理由もありませんので」
ジョージ3世は笑った。
「お前らしい答えだ。それで4隻は全部、自分で乗る気ではあるまいな」
「それは無理です。それぞれに船長を置き、別の海域へ出します。1隻なら同時に1か所しか探せませんが、4隻なら4か所で動けます」
「その4隻が全部沈められたら?」
「大損です。ですから船長を選んでおります」
ジョージ3世はエドワードを見た。
「前より船主らしくなったな」
「自分で海へ出るのをやめるつもりはありません」
「そこが心配なのだ。伯爵になったのだから、少しは命を惜しめ」
「爵位をいただく前から惜しんでおります」
「そうは見えん」
王妃が2人の話を止めた。
「陛下。今日は船を何隻持つか聞くために伯爵をお呼びになったのではないでしょう?」
「分かっている」
ジョージ3世はエドワードへ向き直った。
「アメリアには会ったな」
「はい。先月、お目にかかりました」
「どう思った?」
「どのような意味でしょうか」
「結婚相手としてだ」
今回は聞き違えようがなかった。
「美しく、頭のよい方だと思います。ただ、まだ1度しかまともに話しておりません」
王妃が尋ねた。
「嫌いではありませんか?」
「嫌う理由はありません。もう少しお会いしたいとは思っています」
「それなら、まずは結構です」
王妃の口調が変わった。
「伯爵。ここからの話は、公の場では口になさらないでください」
「承知しております」
ジョージ3世が続けた。
「アメリアについて、世間で何を言われているかは知っているな」
「はい」
「聞いている話を、そのまま言ってみろ」
国王本人を前に口にするには厄介な噂だったが、ここで曖昧にしても意味はない。
「アシュフォード公爵夫人が若いころ陛下と非常に親しかったこと。そしてアメリア嬢は公爵閣下の御令嬢として育てられておりますが、実際には陛下のお子ではないかという噂がございます」
ジョージ3世は否定しなかった。
「そのとおりだ」
エドワードは黙って続きを待った。
「ただし、アメリアはアシュフォード公爵の娘だ。公にも法律上も、それは変わらんし、余も変えるつもりはない」
「承知しております」
「それでも、余にとって大事な娘であることに変わりはない。公に余の娘とはできなくても、あの娘の将来まで何も考えずに済ませるつもりはない」
国王本人から、アメリアが実の娘だと初めて聞いた。
「あの娘には、相応しい夫をと思っている」
そこまで聞けば、自分がこの部屋へ呼ばれた理由も分かる。
「私を、その候補に?」
「そういうことだ」
王妃が続けた。
「陛下は当初、あなたを子爵になさるおつもりでした。私が伯爵をお勧めしたのは、あなたの功績ならそれに値すると考えたからです。ただ、それだけではありませんでした」
「アメリア嬢との縁談も考えておられた?」
「ええ。公爵令嬢として育ったアメリアを男爵家の跡取りへ嫁がせるのは難しいでしょう。しかし伯爵なら事情が違います」
エドワードはようやく昨秋からの流れを理解した。
「つまり、あの時から私は値踏みされていたのですね」
ジョージ3世は悪びれなかった。
「お前が船や土地を値踏みするのと同じだ」
「陛下にそう言われると反論できません」
「不満か?」
「いいえ。伯爵位そのものは、私の働きに対して頂いたものだと考えてよいのですよね?」
「もちろんだ。縁談だけのために爵位を配るほど余も暇ではない」
「それなら結構です」
エドワードには、もう1つ確認したいことがあった。
「結婚は、すでに決まっているのでしょうか」
「決まっていない。アメリアが嫌なら終わりだ。お前が嫌でも同じだ」
「命令ではないのですね」
「余が命じたら結婚するのか?」
「非常に困ります。断るのも同じくらい困ります」
「なら命じん」
ジョージ3世はそう言った上で、自分はエドワードを気に入っており、アメリアの夫としても悪くないと考えていると告げた。王妃も同意した。
「では、お前はどうしたい?」
国王に尋ねられ、エドワードは答えた。
「嫌ではありません。ただ、もう少し会わせてください。1度話しただけで一生のことを決めるほど、私は思い切りがよくありません」
「敵船へは乗り込むのにな」
「船なら船齢も船体も調べられます。結婚には帳簿がありませんので」
王妃が笑った。
「船より慎重なのですね」
「船は沈めば次を買えます」
ジョージ3世がすぐに言った。
「その台詞だけは本人の前で言うな」
「もちろんです」
「では、また会う機会は作りましょう」
王妃の言葉に、エドワードは礼をした。
国王も最後に念を押した。
「次からは余が毎回席を用意する必要はない。公爵の許しを得て、自分で誘え。それからアメリア本人の考えも聞け」
「分かりました」
エドワードは2人へ礼をして部屋を出た。
◇ ◇ ◇
同じ日の午後、アメリアも王妃シャーロットの部屋へ呼ばれていた。
王妃は最初から本題を告げた。
「エドワード伯爵と結婚する話が出ています」
「やはり、そうだったのですね」
「気付いていましたか?」
「12月の席は少し不自然でしたから」
「嫌でした?」
「いいえ」
「伯爵も、もう少しあなたに会いたいそうです。すぐに結婚を決めるのではなく、その後で考えたいと」
アメリアはその答えを聞いて納得した。
「その方がいいです。私もまだ1度しか、まともに話していません」
「では、また会いますか?」
「はい。ただし、私を捕らえたフランス船みたいに数える人なら断ります」
王妃は思わず笑った。
「それは本人に言ってみなさい」
「怒りませんか?」
「たぶん、言い返してきますよ」
「では言います」
◇ ◇ ◇
1月末、改修を終えた2隻の武装船が初めてテムズへ出た。
どちらもグレイミア号より小さいが、帆を張れば軽い船体を生かして十分な速さを出した。試験航海を終えたカートライトは、2隻とも実戦に使えると判断した。
「速力は?」
「十分です。敵商船を追えるでしょう。ただし相手次第です」
「砲も予定どおり?」
「問題ありません。船長候補も2人まで絞りました。後は伯爵閣下に会っていただきます」
「分かった。日を決めてくれ」
その日もハンター号には、新しく集めた水夫と砲手が乗っていた。主力4隻を別々の海域へ出す以上、拿捕船へ移す人員や病人、負傷者の補充まで考えれば、訓練済みの人間はいくらいても困らない。
かつてエドワード自身を海へ運んだハンター号は、今では次の船へ乗る人間を育てる役目を担っていた。
カートライトはそこで別の話を持ち出した。
「ところで、縁談の方は決まりましたか?」
「なぜお前まで知っている」
「港では船より噂の方が速いですからな」
「まだ決まっていない。もう少し会ってからだ」
「船長を決めるより慎重ですな」
「一生の話だぞ」
「それはごもっともです」
カートライトは翌日の船長候補との面談を手配するため、船長室へ戻っていった。




