第9話(中編)「王妃の客」 1778年12月1日~12月31日
12月上旬、エドワードは王妃の招待を受け、王室の小規模な夕食会へ出席した。
大きな舞踏会とは違い、招かれているのは王室に近い貴族夫妻とその家族が中心だった。室内では多数の蝋燭が灯され、暖炉の石炭が赤く燃えている。外は冬の冷気に包まれていたが、料理が運ばれる部屋の中は上着を着たままでは暑いほどだった。
エドワードが困っていたのは、何のために呼ばれたのか分からないことだった。商談なら値段と条件を聞けばよいし、海なら風と敵を見ればよい。今日はそのどちらでもない。
王妃シャーロットがエドワードを見つけて声をかけた。
「伯爵になってからも、お忙しいそうですね」
「船を増やしております」
「もうですか。爵位をいただいて最初にすることが船の購入なのですね」
「椅子や馬車を増やしても敵船は捕まりませんので」
王妃は楽しそうに聞いていた。
「陛下があなたを面白がる理由が分かります」
「国王陛下には、もう少し落ち着けと思われているかもしれません」
「それはありませんよ」
王妃は客の一団へ目を向けた。
「それより、ご紹介したい方がいます」
年長の婦人と話していた若い女性が呼ばれた。18歳ほどに見え、淡い青のドレスに真珠を合わせ、栗色の髪を結い上げている。目立つほど宝石を重ねているわけではないが、周囲の客は公爵令嬢に対する礼儀以上に、どこか慎重な態度で彼女に接していた。
「アメリア」
王妃に呼ばれた女性が近づいてくる。
「こちらはエドワード・ヘイル伯爵。そしてこちらは、アシュフォード公爵令嬢アメリア・フェアファクスです」
エドワードが礼をすると、アメリアも応じた。
「お目にかかれて光栄です」
「こちらこそ。お会いしてみたかったのです」
「私に?」
「有名ですから」
「伯爵になったからでしょうか」
「いいえ。拳銃を5発撃って、5発当てた伯爵様だからです」
エドワードは王妃を見た。
「王妃陛下。あの話はまだ残っているのですか」
「私は何も申しておりませんよ」
「以前、5発命中したことにしておくと仰いました」
アメリアが興味を示した。
「では、本当は何発だったのです?」
「少なくとも、5発とも外したところは誰も見ていません」
「それなら5発ですね」
「皆、その結論にしたがるのです」
王妃は2人を紹介すると、別の客に呼ばれてその場を離れた。
アメリアは拳銃だけでなく、グレイミア号についてもかなり知っていた。
「28門の砲を持っていて、とても速いのでしょう?」
「随分詳しいですね」
「650トンほどだとも聞きました」
「誰からです?」
「それは秘密です」
「秘密には値段が付きますよ」
「では売りません」
「賢明です」
アメリアはエドワードを見た。
「伯爵は何でも値段で考えるのですか?」
「何でもではありません」
「人も?」
「人には値段を付けない方がいいと思っています」
その返事は意外だったらしい。
「船にはすぐ付けるのに?」
「船は売り物ですから」
「私だって結婚すれば、持参金の額を話されます」
「それは結婚条件の1つでしょう。あなた自身の値段ではない」
アメリアはしばらくエドワードの顔を見ていた。
「本当に商人のようなことを言うのですね」
「よく言われます」
「伯爵なのに?」
「伯爵になったのは先月です。まだ商売をやめる理由もありません」
「では爵位は何に使うのです?」
「必要な場所で使います。銀行から金を借りる時とか」
アメリアは堪えきれずに声を上げた。近くの客が振り返ったため、口元を押さえる。
「普通は名誉とか、社交界での立場とか答えるのではありませんか?」
「それも使えます」
「やっぱり『使う』なのですね」
「持っているだけではもったいないでしょう」
「王妃陛下から聞いていたとおりです」
エドワードはその言葉を聞き逃さなかった。
「王妃陛下から、僕の話を?」
「少しだけです。伯爵になっても変わらないだろうと」
「ほかには?」
「秘密です」
「またですか」
「今度も売りません」
◇ ◇ ◇
食事が始まっても、エドワードとアメリアの席は近かった。ここまで来ると、偶然とは考えにくい。
アメリアはアシュフォード公爵夫妻の娘として育てられている。しかしロンドンでは、母である公爵夫人が若いころジョージ3世と非常に親しかったことから、アメリアの実父は国王ではないかという噂が長く続いていた。
公に確認された話ではなく、本人へ尋ねるような内容でもない。エドワードも噂として知っているだけだった。
食事の途中、アメリアは再び船の話を始めた。
「私は外洋へ出る船に、ほとんど乗ったことがありません。グレイミア号へ乗せてもらえますか?」
「港にいる時なら構いません。公爵閣下の許しはいただいてください」
「父は許すと思います」
「王妃陛下にも知らせた方がよさそうですね」
「なぜ王妃陛下まで?」
「今日の席を見ていると、あなたのことをかなり気にされているようですから」
アメリアの手が一瞬止まった。
エドワードは気付いたものの、問い詰めることはしなかった。
「船が修理中でなければ、いつでも」
「約束ですよ」
「外洋へ連れ出すとは言っていませんよ」
「条件が多いですね」
「安全に関わりますから」
「敵船へ自分で乗り込む人が言うのですか?」
「あれは必要だったんです」
「怖くないの?」
エドワードはすぐには答えなかった。
「怖くない人間は、たぶん長生きしません。撃たれれば僕だって死にます」
「それでも行ったのでしょう?」
「部下だけ行かせて、自分は安全な場所に残るのが嫌だった。それに拳銃も持っていました」
「そこで5発ですね」
「結局そこへ戻るのか」
食事が終わるころには、最初に感じていた居心地の悪さはかなり消えていた。
帰ろうとしたところで、ジョージ3世が姿を見せた。
「楽しんだか?」
「はい、陛下」
「船の話ばかりしていなかっただろうな」
「少しはしました」
「やはりか」
王妃が横から言った。
「アメリアも楽しんでおりましたから、よろしいでしょう」
国王と王妃の様子を見て、エドワードもさすがに何か意図があると感じたが、その場では何も尋ねなかった。
◇ ◇ ◇
翌日、ウェッブの事務所へ行くと、エドワードはアシュフォード公爵令嬢について尋ねた。
「昨日、王妃陛下から紹介された。例の噂はお前も知っているな?」
「国王陛下のお子ではないか、という話でしたら」
「あれは本当なのか?」
「私に分かるはずがありません」
「調べられるか?」
ウェッブは即座に首を振った。
「おやめください。王の私生児かもしれない公爵令嬢について、本当に国王が父親なのかと調べて回って、無事に済むと思いますか?」
「それもそうだな。ではやめる」
「珍しく話が早いですな」
「知ったところで僕にどうにかできる話じゃない。それより、王妃陛下がわざわざ紹介して、食事の席まで近くした。最後には国王陛下まで来た。あれは何だったと思う?」
ウェッブはエドワードをしばらく見た。
「見合いでは?」
エドワードはすぐに返事ができなかった。
「僕とアメリア嬢の?」
「ほかに誰がいるのです」
「相手は公爵令嬢だぞ」
「そしてあなたは伯爵です。先月までとは立場が違います」
王妃が自分を伯爵にするよう国王へ勧めたことまで思い出すと、偶然とは言い切れなくなった。
「僕は嵌められたのか?」
「随分と条件のよい罠に見えますが」
「まだ縁談だと決まったわけじゃない」
「仮にそうなら、嫌なのですか?」
エドワードは前日のアメリアを思い浮かべた。美しく、話していて退屈せず、船の話にも興味を示していた。もう一度会うことに抵抗はない。
「嫌ではない。ただ、本当にそういう席だったのか知りたい」
「そのうち分かります。船の値段と違って、明日までに答えを出す必要もありません」
「船なら自分で調べられるんだがな」
「人は帳簿どおりにはいきません」
◇ ◇ ◇
12月31日、グレイミア号では年内最後の点検が行われていた。購入した2隻の改修も進み、年明けには試験航海へ出せる見込みである。
少し離れた場所ではハンター号も停泊していた。新しく雇った水夫の一部が索具の扱いを習い、砲手たちは6ポンド砲の装填を繰り返している。
前線から退いたわけではない。必要なら海へ出せる状態を保ちながら、新しい乗組員を育てる船として使われていた。
作業を見ていたエドワードに、カートライトが声をかけた。
「ロンドンで伯爵閣下の縁談が噂になっているそうですな」
「港まで来たのか、その話」
「本当ですか?」
「僕が聞きたいくらいだ。相手には会ったが、縁談だとはまだ誰からも聞いていない」
「相手はどなたで?」
「そこまでは言わない」
「では、かなり本当らしいですな」
エドワードはカートライトを見た。
「何でそうなる?」
「言えない相手なのでしょう」
「お前まで面倒だな」
「私掠船4隻を別々に動かすより難しそうですな」
「船なら壊れた場所が見える」
「女性は?」
「僕に聞くな」
カートライトは次の点検箇所へ向かっていった。




