第8話(中編)「向こうから来てもらう」 1778年9月1日~9月20日
9月上旬。
グレイミア号はイギリス海峡西方で、予想した航路から大きく離れないように帆走していた。
普段の私掠航海のように速力を上げて獲物を探し回るのではなく、見張りを増やし、行き交う船を確かめながら待つ。
3日たっても目的の船団は現れず、5日目にも何も起こらなかった。7日目になると、さすがにエドワードも待つことに飽きてきた。
「そろそろ、相手が別の航路を選んだ可能性も考えた方がいいかもしれないな」
船尾から水平線を眺めていると、カートライトが答えた。
「まだ早いでしょう。今回はあなたが先回りして待つと決めたのですから、もう少し付き合っていただきます」
「決めたのは僕だが、待つのが得意だとは言っていない」
「射撃の練習でもできればよかったのですがな」
「船の上で拳銃を撃ったら、お前が真っ先に止めるだろう」
「もちろんです」
「だから退屈しているんだ」
その翌朝、長かった待ち時間が終わった。
見張り台から声が降ってきた。
「西南西、帆! 複数!」
カートライトが望遠鏡を取り、エドワードも横へ並んだ。
「4隻です。先頭に1隻、その後ろに3隻おります」
「数は合っているな」
「まだ決めつけるのは早いです。船名か旗を確かめるまでは別の船団かもしれません」
「ああ。こちらから慌てて寄せる必要もない。向こうの出方を見よう」
グレイミア号は相手へ一直線には向かわなかった。帆を一部減らし、砲門も閉じたまま、遠目には戦闘を目的としていない大型商船に見えるよう航行を続けた。
やがて先頭の1隻が後ろの3隻から離れ、グレイミア号へ寄ってきた。
カートライトが望遠鏡を覗いたまま言った。
「こちらを調べるつもりのようですな」
「それなら都合がいい。こちらから追わずに済む」
距離が縮まるにつれ、先頭の船には多数の砲門があることが分かった。後ろを進む3隻はいずれも商船で、甲板上に見える人数も少ない。
さらに近づくと、先頭の船にフランス旗が確認された。
ほどなく見張りから、後方を進む商船の船名の一部が読み取れたとの報告が来る。逃げ延びた二等航海士から聞いていた名前と一致していた。
「間違いないな」
エドワードが言うと、カートライトもうなずいた。
「ええ。8日待った甲斐がありました」
しかもフランス側は、グレイミア号を武装した私掠船とは見抜いていないらしい。新しい獲物を見つけたと考えたのか、後ろの3隻を待たせ、自分から距離を詰めてくる。
「まだ砲門を開けるな。向こうが引き返しにくくなるまで寄せる」
「そのつもりです」
フランス船でも砲手らしい者たちが動いていたが、すぐに撃ってくる様子はない。私掠船なら、相手を沈めるよりも船と積荷の価値を残して捕らえた方が利益になる。その点では英国側もフランス側も変わらなかった。
やがてフランス船から停船を求める信号が上がった。
エドワードは望遠鏡を下ろした。
「どうやら、こちらを捕らえるつもりらしいな」
「それなら、もう少し商船のふりを続けましょう」
グレイミア号は帆をさらに減らした。
両船の距離が100ヤードを切るころには、フランス側で拿捕隊を送り込むための小艇を準備している様子まで見えた。
カートライトは距離と船の向きを確かめてから、部下へ命じた。
「よし、ここだ。砲門を開けろ! 英国旗を掲げろ!」
閉じていた砲門が一斉に開き、黒い9ポンド砲が姿を現した。続いて英国旗が風を受けて広がる。
フランス船の甲板では、拿捕のため小艇を準備していた者たちが慌てて持ち場を離れ、砲手が砲列へ走り出した。
カートライトはその時間を与えなかった。
「撃て!」
至近距離から片舷の砲が一斉に火を噴いた。
轟音とともにグレイミア号の船体が震え、火薬の煙が海面を覆った。9ポンド砲弾がフランス船の舷側へ食い込み、砲門の周囲を砕く。何門かの砲が使えなくなり、飛び散った木片を避けて敵兵が甲板へ伏せた。
今回の目的は、帆や索具だけを壊して逃げ足を奪うことではない。接舷する前に敵の砲列と甲板を叩き、反撃する力を減らすことだった。
カートライトは煙の中で操舵を命じ、グレイミア号をフランス船と並ばせていく。
フランス側も砲撃を返した。数発がグレイミア号の舷側に当たり、木材が砕ける。1発は手すりを吹き飛ばし、近くにいた水夫が甲板へ倒れた。
それでもカートライトは距離を取らなかった。
「接舷するぞ! 鉤縄を用意しろ!」
水夫たちが船縁へ集まり、フランス側でも小銃や拳銃を持った男たちが迎撃のため前へ出てきた。
エドワードは腰に用意していた拳銃へ手を伸ばした。今回は装填済みの拳銃を4挺用意してある。接舷戦の最中に、1発撃つたび再装填する時間は取れないからだ。
カートライトが振り返って叫んだ。
「まだ前へ出ないでください!」
「約束は覚えている。お前より先には行かない!」
その時、フランス船の船縁で1人の男が小型の旋回砲をグレイミア号へ向けようとした。その銃口の先には、鉤縄を投げるため集まった水夫たちがいる。
エドワードは拳銃を構えた。
両船は波を受けて上下し、狙う相手も動いている。それでも相手の動きに合わせて照準を取り、引き金を引いた。
銃声が響き、旋回砲を扱っていた男が肩を押さえて倒れた。
近くの水夫が思わず叫んだ。
「当たった!」
「見ていないで縄を投げろ!」
エドワードに怒鳴られ、水夫たちはすぐ作業へ戻った。
鉤縄が次々と敵船の船縁へ掛かり、力を合わせて引かれる。両船の距離が急速に縮まった。
フランス兵の1人が斧を振り上げ、掛かった縄を切ろうとした。
エドワードは2挺目の拳銃を抜いて撃った。
弾を受けた男は斧を落とし、腕を押さえて後ろへ下がった。
カートライトが横目でその様子を見た。
「本当に外しませんな!」
「感心している暇があるなら、先に行け!」
「言われなくても行きます!」
2隻の舷側が激しくぶつかった。
渡し板が掛けられ、最初の一団が敵船へ飛び込む。カートライトも剣を抜いて続いた。
エドワードは約束どおり、その後ろからフランス私掠船へ乗り移った。
◇ ◇ ◇
フランス私掠船の甲板は、直前の砲撃で大きく乱れていた。
それでも相手は戦闘に慣れた私掠船員である。剣や斧、拳銃を手に反撃し、先に乗り込んだ英国水夫たちと甲板中央で激しくぶつかった。
エドワードはすぐには剣を抜かなかった。まだ装填済みの拳銃が2挺残っている。
前方でフランス士官が拳銃を上げた。
銃口がカートライトへ向く。
「カートライト!」
エドワードは叫ぶと同時に撃った。
弾を受けた士官が後ろへ崩れ、カートライトが振り向いた。
「助かりました!」
「礼は後でいい。前を見ろ!」
今度は別の男が剣を振り上げ、エドワードへ迫った。距離はすでに数歩しかない。
残っていた拳銃を抜いて撃つと、男が体勢を崩し、その横から英国水夫が飛び込んで甲板へ押し倒した。
これで持参した4挺をすべて撃ち終えた。
エドワードは剣を抜いたが、自分から敵の密集している場所へ飛び込むことはしなかった。剣術ではカートライトや熟練した水夫たちの方が上だと分かっている。仲間と並び、孤立しない位置を保ちながら前へ進んだ。
やがて人数の差が表れ始めた。
フランス私掠船は英国商船3隻へ拿捕要員を分けている。一方のグレイミア号は、接舷戦を想定して十分な人数を残していた。
フランス側は次第に船尾楼へ追い込まれていった。
そこには敵船長らしい男がいた。血の付いた剣を手に、周囲の部下へ命令を飛ばしている。
エドワードが近づくと、男は英語で叫んだ。
「お前が船主か!」
「そうだ!」
「商人が自分で敵船へ乗り込んでくるとはな!」
「自分の金で船を出しているんだ。戦う時だけ人任せにする気はない!」
敵船長は口元を歪めた。
「面白い男だ!」
そう言うなり腰の拳銃へ手を伸ばした。
エドワードの手元には、もう装填済みの拳銃がない。敵船長もそれを見ていたらしい。
その時、横にいた英国水夫が自分の拳銃を差し出した。
「旦那、これを使ってください!」
エドワードが受け取るのと、敵船長が拳銃を抜くのはほとんど同時だった。
先に火を噴いたのは、エドワードの方だった。
弾は敵船長の右肩に命中し、握っていた拳銃が甲板へ落ちた。
「もう終わりだ。これ以上部下を死なせる必要はない。降伏しろ!」
敵船長は肩を押さえながら周囲を見た。
甲板中央では英国側が押している。砲列もかなり壊され、戦いを続ければ部下の損害が増えるだけだった。
やがて敵船長は剣を甲板へ落とした。
「降伏する!」
その声を聞いたフランス兵たちも、次々と武器を置いた。
グレイミア号の水夫たちから歓声が上がった。
カートライトがエドワードのところへ戻ってきた。
「これで5発ですな」
「何がだ?」
「あなたが撃った拳銃です。私が見た限り、5発とも当たっています」
「戦っている最中に数えていたのか?」
「毎回こちらの近くで敵が倒れるので、嫌でも分かります」
「敵の方がもっと気になっただろうな」
そこまで話した時、後方の英国商船の1隻で騒ぎが起こった。
フランス旗が降ろされ、代わって英国旗が上がっている。
別の商船でも甲板上の人間が走り回っていた。
見張りから声が飛んだ。
「英国人乗組員が、フランスの拿捕隊へ襲いかかっています!」
母船であるフランス私掠船が敗れたのを見て、武器を奪われていた英国人乗組員たちも動き出したのだ。
各商船を監視しているフランス人は20人ほどしかいない。元の英国人乗組員は、それを上回る人数で残されていた。
すでに1隻では英国側が船を取り戻し、残る2隻でも乱闘が始まっている。
カートライトは状況を見て、すぐに指示を出した。
「残る2隻へ応援を出します。こちらの私掠船は押さえておいてください」
「ああ。必要な人数は連れていけ。この船から逃げ出す者がいないよう、僕はここに残る」
「承知しました」
カートライトは手の空いた水夫たちを集め、残る英国商船の救援へ向かった。
◇ ◇ ◇
それから1時間ほどで戦闘は完全に終わった。
フランス私掠船はグレイミア号が占領し、英国商船3隻もすべて奪還された。1隻は英国人乗組員だけで拿捕隊を制圧し、残る2隻にはグレイミア号から人を送り込んだ。
幸い、4隻とも自力で航行できる状態だった。
捕らえたフランス私掠船の甲板から、エドワードは奪還した英国商船3隻を眺めた。
救援を終えたカートライトが戻ってきた。
「3隻とも取り戻しました。多少の損傷はありますが、英国までは走れます」
「それなら十分だ。英国船3隻については救助料が入り、このフランス船は戦利品になる。危険を冒しただけの見返りはありそうだな」
「戦闘が終わってすぐ金勘定ですか」
「命を懸けて働いたんだ。いくらになったか気にして何が悪い」
「そこは相変わらずですな」
「ウェッブも忙しくなるだろう」
「金が入る仕事なら、文句を言いながらやってくれるでしょう」
夕方、グレイミア号を先頭に船団は英国へ向かった。
その後ろには、捕らえたフランス私掠船と、フランスから奪い返した英国商船3隻が続いている。
8日間待った甲斐はあった。
夕日に照らされた5隻の帆が、同じ方向へ並んで進んでいた。




