第8話(前編)「奪われた3隻」 1778年8月1日~8月31日
1778年8月1日。
グレイミア号はテムズ河畔の造船所で修理を受けていた。
7月の航海ではフランス商船2隻を捕らえ、エドワードは4万ポンドの取り分を得たが、グレイミア号も無傷ではなかった。舷側には砲弾を受けた跡が残り、帆と索具にも交換が必要な箇所がある。幸い船体そのものに大きな損傷はなく、カートライトの見立てでは8月中旬には再び外洋へ出られる予定だった。
エドワードは修理中の船へ毎日顔を出さなかった。船体を直すのは船大工であり、その作業を監督するのはカートライトの仕事だ。自分より詳しい者に任せた以上、横から余計な指図をしても仕事を遅らせるだけだった。
その代わり、時間が空けばロンドン郊外の射撃場へ足を運んだ。
この日も20歩ほど離れた円形標的へ拳銃を向けている。
父リチャードは競馬やカードで家計を苦しめた男だったが、若いころから乗馬と射撃には優れていた。エドワードも少年時代から猟銃や拳銃を教え込まれている。剣を持って戦えば、実戦経験の豊富なカートライトや水夫たちには及ばないが、拳銃なら話は違った。
引き金を引くと乾いた発砲音が響き、白煙の向こうで標的の中央近くに穴が開いた。係の男から装填済みの別の拳銃を受け取ってもう一度撃つと、2発目の弾痕は最初の穴から指2本ほどしか離れていなかった。
後ろで見ていたカートライトが口を開いた。
「相変わらず、拳銃の腕は見事ですな」
「拳銃の腕は、という言い方が気になるな」
「剣なら私の方が強いでしょう」
「そこは否定しない。勝てない相手に勝てると言っても仕方がないからな。ただし、拳銃なら負けるつもりはない」
「私も撃たれたくありません」
「なら戦う時は、僕の銃口の前へ出ないことだ」
「船主より前で戦うのが船長の仕事だと思っておりましたが」
「敵の前に出るなと言っているんじゃない。僕と敵の間に入るなという意味だ」
「それなら心得ておきます」
2人が話しているところへ、射撃場の入口からウェッブの使いが駆け込んできた。急ぎの知らせがあるという。
エドワードは射撃を切り上げ、そのままウェッブの事務所へ向かった。
◇ ◇ ◇
事務所にはウェッブのほか、見知らぬ男が2人待っていた。服装や身なりから見て、どちらも裕福な商人らしい。
ウェッブが紹介した。
「西インド諸島との交易に関わっている船主の方々です」
エドワードは2人へ挨拶して椅子へ座った。
「それで、船に何かあったのか?」
船主たちが顔を見合わせると、ウェッブが苦笑した。
「よく分かりましたな」
「この時期に船主が2人揃って僕を訪ねてきたんだ。商談より、船に何か起きたと考える方が早いだろう」
船主の1人が事情を説明した。
「我々の船が3隻、フランスの私掠船に捕らえられました。西インド諸島から戻る途中、大西洋からイギリス海峡へ入る手前です」
エドワードは尋ねた。
「積荷は何だ?」
「船員より先に積荷をお尋ねになるのですか」
「船員が生きているなら助ける。死んでいるなら、残念だが僕には生き返らせられない。それに船を探しに行くなら、何を積んでいるかも知っておきたい」
船主はそれ以上異を唱えず答えた。
「砂糖、コーヒー、ラム酒、染料、それに少量ですが綿花です」
「船体まで含めれば、3隻でどのくらいになる?」
「現在の相場なら、3万ポンドを大きく超えると思います」
「十分だな。今、船団がどこにいるのかは分かるのか?」
「1隻から小艇で逃げた二等航海士がおります。英国船に救われ、昨日ロンドンへ着きました」
「その男も来ているのか?」
「はい。隣室で待っております」
呼ばれて入ってきたのは30歳前後の男だった。日に焼けた顔には、長い航海と逃亡の疲れが残っている。
エドワードは椅子を勧めた。
「自分で見たことだけを話してくれ。分からないことは、分からないで構わない」
「承知しました。フランス船は大きな私掠船です。砲は20門以上ありました。我々の3隻は船団から遅れたところを襲われました」
男の説明では、フランス側は拿捕した英国商船3隻へ、それぞれ20人以上を移していた。元の英国人乗組員も船には残されているが、武器を取り上げられているため抵抗できない。私掠船そのものはかなり速いものの、今は3隻の商船を連れているため、本来の速力を出すことは難しいという。
話を聞いていたカートライトが確認した。
「3隻へ20人ずつとしても、少なくとも60人以上を本船から離したことになりますな。元の乗組員が何人かまでは分かりませんが、普段より手薄なのは間違いないでしょう」
「前の航海では、僕たちが捕まえた船を連れて帰るために速力を落とした。今度はフランス側が同じ立場というわけか」
「ただし、相手は20門以上を備えた私掠船です。商船を相手にするのとは違いますぞ」
「分かっている。だからこそ、今の状態なら狙う価値がある。速力は落ち、人も3隻へ分けている。普段より弱い時に戦えばいい」
そこでウェッブが別の資料を机へ出した。
「もう1つ、今回はこちらにも利益があります。英国船を敵から奪い返しても、その船や積荷をあなたの戦利品にはできません。しかし元の所有者へ返す代わりに、取り戻した側には救助料が認められます」
エドワードは船主2人へ目を向けた。
「3隻とも取り戻せば、3隻分について救助料が認められる可能性がある、ということだな?」
「捕らえられていた期間や状態で金額は変わりますが、その理解で結構です」
「それなら、こちらにとっても悪くない話だ」
エドワードは船主たちへ尋ねた。
「あなた方の希望は、3隻とも取り戻すことで間違いないか?」
「もちろんです。可能なら積荷も、乗組員もお願いします」
「承知した。見つけられれば取り戻す」
ウェッブが尋ねた。
「海へ出てから探し回るおつもりですか?」
「いや。その必要はないと思う」
エドワードは逃げてきた二等航海士へ、最後に船団を見た方角と進路を尋ねた。
男から聞いた内容をもとに、カートライトが海図を広げた。風向きと潮の流れを確かめ、フランス側の港へ向かう場合に使いそうな航路をいくつか比較していく。
「確実とは言えませんが、通りそうな海域はかなり絞れます」
「それで十分だ。3隻も獲物を手に入れて、自分の人間まで乗せた以上、海の途中で捨てるとは考えにくい。フランスへ持ち帰るつもりなら、こちらから大西洋中を追い回さなくても、帰り道へ出てくる」
ウェッブが海図を見た。
「追うのではなく、先回りするわけですな」
「その方が楽だ。相手は3隻を連れているから、こちらより速くも走れない」
カートライトはなお慎重だった。
「相手が予想した航路を使えば、ですが」
「来なければ諦める。情報を使う以上、外れることもある。それまで何週間も海を走り回るつもりはない」
カートライトはその答えに納得した。
「そこまで決めておられるなら、私から異論はありません」
「僕だって、見えない獲物をいつまでも追いかけるほど暇じゃない」
「その言葉は覚えておきます」
◇ ◇ ◇
8月中旬、グレイミア号の修理が終わった。
帆と索具は交換され、舷側に残っていた砲撃の傷も塞がれている。カートライトは試験航海を行い、速力にも操船にも問題がないことを確かめた。
出航前日、船長室では海図を広げて最後の打ち合わせが行われた。
カートライトが予想航路を指した。
「目的の私掠船が現れた場合、最初から接舷戦を狙いますか?」
「状況を見て決める。長い追跡戦にする気はないし、砲撃戦も必要以上に続けたくない。相手は英国商船3隻へ人を分けているから、本船の人数は普段より少ないはずだ。砲で十分に叩いて接舷できるなら、そのまま乗り込む」
「その場合、あなたも来るおつもりですか?」
「行く」
「できればグレイミア号へ残っていただきたいのですが」
エドワードは首を横に振った。
「僕が金を出して船を造り、乗組員には命を懸けて戦えと言っておいて、自分だけ安全な場所にいるのは性に合わない」
「あなたが死ねば、商会もご家族も困りますぞ」
「無茶をするつもりはない。剣でお前たちより前へ出る気もないし、僕には僕の得意な武器がある」
エドワードが机に置いた拳銃へ手を伸ばすと、カートライトは事情を察した。
「では、1つだけ約束してください。接舷しても、私より先に敵船へ乗り込まないことです」
「分かった。剣を持って先頭に立つのはお前に任せる。ただし、敵が拳銃を向けた時は僕が撃つ」
「それなら結構です」
翌朝、グレイミア号はテムズを離れた。
今回は大西洋を走り回って獲物を探す航海ではなかった。敵がどこへ帰ろうとしているかを考え、その航路を先回りして待つ。
エドワードが陸上の商売で何度も使ってきた方法を、今度は海で使うことになった。




