第7話(後編)「今度はフランス船だ」 1778年6月17日~7月31日
6月17日、フランスのフリゲート、ベル・プールと英国艦アリシューザが海上で交戦した。
知らせがロンドンへ届くと、エドワードはすぐウェッブの事務所へ向かった。机には海軍や商人筋から集めた情報が並んでいる。
「今度こそ始まったな」
「少なくとも海では砲火を交えました」
ウェッブは慎重だった。
「ですから、今すぐ勝手に出てフランス商船を手当たり次第に襲うのはやめてください。海上での扱いについて正式な指示が整い次第、こちらから知らせます」
「まだ待つのか」
「もう少しだけです。その代わり、船の準備はできます」
エドワードはそこで不満を言うのをやめた。
「分かった。準備して待つ」
「その返事を聞けるとは思いませんでしたな」
「半年待ったんだ。最後の数日で海賊になるほど馬鹿じゃない」
事務所を出たエドワードは、そのままグレイミア号へ向かった。
◇ ◇ ◇
翌日から水と食糧、火薬、砲弾、予備の帆や索具などが積み込まれた。細かな数量と配置はカートライトたちに任せ、エドワードは必要な費用を出した。
7月上旬、ウェッブが書類を持ってグレイミア号へ現れた。
渡し板を上がってきた姿を見たエドワードは、相手が口を開く前に尋ねた。
「出られるのか?」
「出られます。フランス船を敵国の船として扱う条件も確認しました。ただし中立国の船や、所有関係の確認できない積荷まで勝手に奪わないでください。これまでと同じです」
「分かっている。カートライト!」
呼ばれた船長が船尾からやってきて、ウェッブから書類を受け取った。
「これなら出られますな」
「西へ行こう。西インド諸島や大西洋からフランスへ戻る商船を狙いたい」
カートライトは海図を広げた。
「フランス沿岸へ深く入りすぎる必要はありません。海軍基地に近づけば、こちらが狩られる側になります」
「そこまでは行かない。大西洋から戻ってくる船を待つ」
「それならよいでしょう」
「できれば船腹の深い奴がいい。砂糖、コーヒー、藍なら文句はない」
「敵を見つける前から積荷まで注文しますか」
「空船を捕まえても嬉しくないからな」
出航するには十分だった。
その日の午後、グレイミア号はテムズを下り始めた。
◇ ◇ ◇
7月中旬、グレイミア号は大西洋で見張りを続けていた。
夏の海は比較的穏やかだったが、風向きは日によって変わる。水夫たちは交代で水平線を見張り、遠方に帆が見えればすぐ報告した。
今回の航海では乗組員の意気込みも強かった。敵船を捕らえれば、必要経費を差し引いた戦利品の2割が自分たちへ回る。西インド諸島から帰る大型商船なら、以前の北アメリカ船より高価な積荷を持っている可能性もあった。
午後、見張り台から声が上がった。
「左舷前方、帆! 3隻です!」
カートライトが望遠鏡を受け取り、しばらく確認した。
「かなり大きな商船です。軍艦らしい船は見えません」
「近づこう。旗を確認する」
グレイミア号が進路を変えると、3隻もこちらへ気付いたらしく、ほどなく進路を変えた。
「逃げ始めたな」
「武装した船が近づけば、相手が誰でも警戒するでしょう。まだ敵とは限りません」
「分かっているよ」
距離は少しずつ縮まった。
相手は大量の積荷を載せているらしく、船腹が深く沈んでいる。特に後ろの2隻は、先頭船より明らかに遅かった。
さらに追跡を続け、ようやく船尾の旗が見える距離まで近づいた。カートライトが望遠鏡を下ろした。
「3隻ともフランス船です」
半年待った相手が、ようやく目の前に現れた。
「後ろの2隻を狙おう。先頭は速すぎる」
「私も同意します。積荷を抱えた2隻の方が追いつきやすい」
グレイミア号がさらに速度を上げると、先頭船は仲間を待たずに距離を広げていった。後ろの2隻も途中で進路を分ける。
「近い方から行きます」
カートライトの判断に、エドワードも従った。
停船を求める信号を送ったが、フランス商船は逃走を続けた。警告射撃にも従わず、やがて船尾の砲門が開く。
「撃ってくるぞ!」
フランス船から放たれた砲弾の1発がグレイミア号の舷側へ当たり、砕けた木片が甲板へ飛び散った。
カートライトが砲手へ命じる。
「十分に引きつけてから撃て! 船腹より帆と索具を狙え!」
グレイミア号は距離を詰め、片舷の9ポンド砲が順に火を噴いた。砲声が重なり、白煙が甲板から風下へ流れていく。何発かが帆を裂き、索具を切ったが、フランス船も撃ち返してきた。
砲弾がグレイミア号の帆を破り、舷側へ当たった弾で飛んだ木片を浴びて水夫2人が負傷した。2人は仲間に支えられて甲板下へ運ばれたが、グレイミア号の船足は落ちていない。
「まだ走れます!」
カートライトの報告を受け、エドワードは前方の商船を見た。
「なら続けよう。帆を止めればいい」
次の斉射で砲弾が相手の帆柱上部へ命中した。木材が砕け、傾いた帆が索具へ絡みつくと、フランス船の速度が目に見えて落ちた。
それでも相手は最後に数発撃ち返したが、グレイミア号が側面へ回り込むと抵抗を諦めた。白い布が上がり、砲撃が止まる。
甲板に歓声が広がった。
「拿捕隊を出せ! 書類と積荷を確認したら、次を追う!」
エドワードが声を上げると、カートライトはすぐに念を押した。
「まず、この1隻を確実に押さえますぞ」
「分かっている。だから急いでくれ」
武装した水夫たちが小艇でフランス船へ移り、敵船員の武装解除と船内の確認を始めた。
しばらくして戻った報告では、船籍に問題はなく、船倉には大量の砂糖とコーヒーが積まれていた。
「深く沈んでいた理由が分かったな」
「値段を決めるのは英国へ戻ってからです」
「それでも空船じゃなかった」
もう1隻の帆はまだ見えている。
「追えるか?」
「追えます。ただし、今度も戦えば日暮れまでかかるかもしれません」
「それなら急ごう」
◇ ◇ ◇
最初の拿捕船へ必要な人員を移し、応急修理を任せると、グレイミア号は再び帆を増やした。
逃げる2隻目との距離は開いていたが、相手も積荷を抱えた大型商船である。約2時間の追跡で、船尾の形や甲板上の人影まで見えるところへ近づいた。
停船信号を送っても、すぐには帆を下ろさない。
カートライトは警告射撃を行わせた。砲弾が船首前方へ落ちると、フランス船の甲板では砲手らしい者たちが動き始めた。
「撃ってくるか?」
「そう見えます」
グレイミア号でも砲手が持ち場についた。
ところが砲声は上がらなかった。
先ほど仲間の船が撃ち合った末に帆を壊され、降伏したところを見ていたのだろう。やがてフランス船は帆を落とし、白い布を掲げた。
「今度は壊さずに取れたな」
「相手の船長も船と積荷を砲撃で失いたくなかったのでしょう」
「僕もその方が助かる」
2隻目にも拿捕隊を送り、書類と船倉を確認した。こちらにも砂糖、コーヒー、藍が大量に積まれていた。
安全が確かめられた後、エドワードは船倉まで降りた。
中には樽と袋が奥まで積み上がり、砂糖の甘い匂い、コーヒー豆の香り、湿った船材の匂いが混じっていた。
「これは期待できそうだな」
「まだ値段は出ませんぞ」
後ろから来たカートライトが答えた。
「分かっている。ただ、見たところ安い荷じゃない」
「そこは否定しません」
エドワードは船倉を見回した。
「半年待った甲斐はあった」
「無事に英国へ着いてから言ってください」
「それもそうだな」
◇ ◇ ◇
翌朝、グレイミア号と2隻の拿捕船は帰国の準備を整えていた。
昨日逃げた3隻目は、すでに水平線から消えている。グレイミア号にも砲撃による損傷があり、2隻の拿捕船へ人員を移したため、本船の人数も減っていた。
「3隻目を追わなくてよかったでしょう」
カートライトが言うと、エドワードは海の向こうを見た。
「惜しいことは惜しい。ただ、今ある2隻を無事に持ち帰る方が先だ」
「それなら安心しました」
「次に3隻取る方法は帰ってから考える」
「安心するのが早すぎましたな」
エドワードは返事をせず、後方の拿捕船を見た。
「帰ろう。値段を知りたい」
◇ ◇ ◇
7月下旬、グレイミア号は2隻のフランス商船を伴って英国へ帰還した。
1隻には砲撃の跡が残り、帆と索具に応急修理が施されていたが、もう1隻はほとんど無傷だった。砂糖、コーヒー、藍を大量に積んでいるという話も港へすぐ広がった。
船と積荷は所定の手続きへ回され、エドワードはその後をウェッブへ任せた。すでに何度も経験した処理を自分で追う必要はない。
数日後、ウェッブの事務所で結果を聞いた。
「船2隻と積荷の売却額は、合わせて5万5,000ポンドを超えました。必要な費用を差し引いた分配対象額は約5万ポンドです」
エドワードは帳簿へ目を落とした。
「僕の8割は?」
「4万ポンド。乗組員側が1万ポンドです。負傷者と拿捕船へ移った者の加算も、これまでどおり2割の中で処理します」
「すぐ払ってくれ」
「もちろんです」
今回の4万ポンドを加えると、私掠航海でエドワード自身が得た取り分は合計9万2,800ポンドになった。
「あと7,200ポンドか」
ウェッブは何の数字かすぐに気付いた。
「10万ポンドまで、ですな」
「ああ」
「4万ポンドを得た日に、足りない7,200ポンドの方を考えますか」
「4万はもう取ったからな」
「昔から変わりませんな」
「欲しい数字は随分大きくなったよ」
エドワードは帳簿をウェッブへ返した。
◇ ◇ ◇
乗組員側の1万ポンドも、これまで決めてきた持ち分に従って支払われた。戦闘で負傷した者と拿捕船を英国まで運んだ者への加算も済ませ、グレイミア号では傷んだ帆と舷側の修理が始まった。
エドワードは甲板から損傷箇所を見ながら、カートライトに尋ねた。
「何日で直る?」
「船大工に仕事をさせてください。直りもしないうちから次の獲物を探さないことです」
「分かった。直ったら出る」
「結局、そこは変わりませんな」




