第7話(中編)「もう平和ではない」 1778年3月1日~6月16日
3月中旬、ウェッブから再び急ぎの知らせが届いた。
今度はフランス政府がアメリカ側との条約締結を英国へ正式に知らせたという。英国側は強く反発し、両国の関係は急速に悪化していた。
「フランスは同盟を取り消す気があるのか?」
エドワードが尋ねると、ウェッブは首を振った。
「今のところ、そのような話はありません」
「それなら商人たちはどう見ている?」
「戦争を前提に動き始めた者が増えています。船主は修理を急ぎ、予備の帆や縄を買い足しています。船員の給金も上がり始めましたし、海上保険でも条件を見直す動きがあります」
政府間ではまだ砲声が聞こえていなくても、市場ではすでに平時と同じ値段で動く者が減っていた。
「残している物資を半分売ろう」
「全部ではなく?」
「本当に海で撃ち合えば、もう一段上がるかもしれない。そこまでは残す」
「相変わらず上を見ますな」
「1月に利益は取ってある。今度は急がなくていい」
数日かけてヘイル商会は帆布、麻縄、鉄製品などを必要とする船主や商人へ分けて売った。買い手を探す苦労はなく、前年秋に5,000ポンドを投入した時より、はるかに高い値段で取引できた。
◇ ◇ ◇
4月に入っても、グレイミア号は英国商船の護衛を続けた。
イギリス海峡ではフランス船と何度かすれ違ったが、まだ敵国ではない以上、エドワードも手を出さなかった。船腹を深く沈めた大型商船を見れば望遠鏡を向けることはあったものの、追跡も警告射撃も命じなかった。
◇ ◇ ◇
5月になると、グレイミア号では砲撃に加え、追跡と離脱の訓練にも時間を使うようになった。
フランス海軍との戦闘を想定し、カートライトは帆の増減と変針を繰り返させた。追う時に速度を上げるだけでなく、相手が強ければ素早く距離を取るための動きも確認していく。
訓練が終わると、エドワードは甲板から帆柱を見上げた。
「これなら逃げ足も鈍っていないな」
「追う時だけ速い船では困りますからな」
「分かっているよ」
カートライトは次の訓練内容を確認するため、船長室へ戻った。
◇ ◇ ◇
6月上旬、ウェッブは戦争関連物資の最新価格をまとめた帳簿をエドワードへ見せた。
「残りを今売れば、これまでの売却分と合わせて7,600ポンド前後になります。仕入れは約5,000ポンドでしたから、諸費用を差し引いても2,000ポンド以上は利益が残るでしょう」
「全部売ってくれ」
ウェッブは少し意外そうだった。
「もう少し待つかと思いました」
「十分だよ。戦争が始まれば、今度は現金を別のところへ使う」
「グレイミア号ですか」
「それもある。商売でも使える金は残しておきたい」
前年秋には戦争になるかどうかも分からない段階で買った商品が、半年余りで2,000ポンドを超える利益を生んだ。ウェッブにとっては船も人も危険にさらさず得られる利益の方が好ましかったが、エドワードの興味はすでに別のところへ移っていた。
「こちらの方が安全でよいと思うのですがね」
「僕は海へ出る方が好きだ」
「危ない上に手間もかかりますぞ」
「当たった時の金額が違う」
「やはりそこですか」
ウェッブは売却の手配を始めた。
◇ ◇ ◇
6月16日、グレイミア号はテムズに停泊していた。
夕方の川には上げ潮が入り、荷を積んだ艀がゆっくりと岸へ向かっている。エドワードは船尾でカートライトと翌週以降の予定を確認していた。
「船は出せるんだな?」
「いつでも。人員も揃っていますし、火薬、砲弾、食糧も補充できます」
「なら、あとは知らせを待つだけか」
「今までどおり護衛へ出ても構いませんが」
「遠くへ行っている間に始まったら嫌だ」
「本当に待つのが苦手ですな」
「3か月も待った。十分だろう」
カートライトは苦笑しながら、翌日の作業予定が書かれた帳面を閉じた。




