第6話(後編)「サラトガ」 1777年12月1日~12月31日
12月初旬、ウェッブの使いが急ぎの知らせを持ってきた。
エドワードが事務所へ着くと、机の上には新聞と数通の手紙が広げられていた。ウェッブは挨拶を待たず、そのうち1枚を差し出した。
「バーゴイン将軍の軍が降伏しました。サラトガです」
エドワードは新聞を受け取った。
「敗れただけではなく、降伏したのか?」
「軍勢ごとです。数千人規模と見てよいでしょう」
記事を読むにつれて、事態の大きさが分かった。北方から進軍していた英国軍の一部が戦場から退いたという話ではなく、大きな部隊が包囲されて武器を置いている。
「これはまずいな」
「ロンドンでも大きな騒ぎです。政府を責める者もいれば、それでも戦争には勝てると言う者もおります」
エドワードは新聞から顔を上げた。
「フランスでは、この知らせをどう受け取ると思う?」
「やはりそこを考えますか」
「英国軍が負けたことは変えられない。それなら、この敗北の後に誰が動くかを考えた方がいい」
ウェッブもすぐに意味を理解した。
「これまでは、植民地側へ肩入れしても最後には英国軍に潰されると考える者がフランスにもいたでしょう。しかし英国軍の大部隊を降伏させたとなれば、見方は変わるかもしれません」
「アメリカ側が本当に戦えると証明したことになる。英国を弱らせたいフランスにとっては、前より賭けやすくなった」
「正式参戦まで行くとお考えですか?」
「分からない。だが、可能性は上がったと思う」
エドワードは秋に買った物資を思い出した。予想が当たるかどうかはまだ決まっていない。しかし、フランスの判断を変え得る材料が1つ増えたことは確かだった。
「売値をもう一度調べてくれ。帆布と縄、それから鉄製品だ」
「売るのですか?」
「数字を見てから決める」
ウェッブは新聞を脇へ寄せ、商会の帳簿を取り出した。
◇ ◇ ◇
数日後、エドワードはグレイミア号を訪れた。
カートライトもサラトガの降伏はすでに知っていた。港では船員も荷役人夫もその話をしており、新聞を読まなくても耳に入るほどだった。
「フランスが参戦した場合、海はどのくらい変わる?」
エドワードが尋ねると、カートライトは船尾からテムズを眺めながら答えた。
「反乱植民地側だけを相手にするのとは比較になりません。フランスには大型軍艦があります。海軍同士の戦いが増えれば、商船の航路も護衛の方法も変わるでしょう」
「グレイミア号で戦列艦と撃ち合う気はない」
「その言葉は忘れないでください」
「逃げるための速力は残した。僕が欲しいのは軍艦じゃなくて商船だ」
「それなら今の船でよいでしょう。整備も終わっています。砲も火薬も帆も、出航に必要なものは揃っています」
「足りないのは敵国だけか」
「それはこちらで用意できません」
エドワードは舷側に並ぶ砲を見た。
「フランスが敵にならなければ、今までどおり護衛をする。それでいい」
「そうしていただければ安心です」
「敵になったら話は別だけどな」
「その時に考えましょう」
カートライトは砲手たちの訓練へ戻った。
◇ ◇ ◇
12月中旬になると、フランス参戦の噂は海運や貿易に関わる商人の間で以前より強くなった。
まだ英国とフランスは戦争をしていない。両国の商船は海を行き来し、港での取引も続いている。それでも、戦争になれば海軍と商船が必要とする品が増えると考え、先回りして買う者が出始めていた。
エドワードはウェッブとともに、秋から物資を保管している倉庫を訪れた。
「一部は仕入れた時より上がっています」
ウェッブは帳簿を見ながら説明した。
「今売っても利益は出るでしょう。ただ、参戦の噂が消えれば値段が戻る可能性もあります」
エドワードは積み上げられた帆布と麻縄を見た。
「まだ売らない」
「参戦まで待ちますか?」
「ああ。サラトガで可能性は上がった。今売る理由はない」
ウェッブは帳簿を閉じた。
「では保有を続けます」
「相場だけは見ていてくれ。上がり方が変わったら知らせてほしい」
「承知しました」
2人は倉庫を出た。
◇ ◇ ◇
12月31日、エドワードはグレイミア号へ来ていた。
年末でもテムズの荷役は止まらず、岸では樽や木箱を運ぶ人夫の声が続いている。グレイミア号でも当直の水夫が甲板に残り、帆や索具の状態を確かめていた。
船尾にいたカートライトが尋ねた。
「来年も、しばらくは護衛ですか?」
「フランスが敵国になるまではな」
カートライトは来年の航海予定を書いた帳面を閉じた。
「敵国になったら?」
「速くて、大きくて、積荷の高い商船を探す」




