第6話(前編)「同胞を追うのはやめる」 1777年8月1日~9月30日
1777年8月1日、グレイミア号はテムズに停泊していた。
これまでの私掠航海は十分な利益を上げていた。利益だけを考えるなら、修理と補給を終えた船を再び北アメリカの商船が通る海へ向かわせればよかった。
だが、船長室で海図を広げたエドワードは、カートライトに別の方針を伝えた。
「しばらく北アメリカの商船を追うのはやめる」
カートライトは少し意外そうだった。
「利益は出ています。マーサー一家と話したことが理由ですか」
「ああ。英国船を襲っている私掠船なら、今までどおり戦う。だが商売をしている船をこちらから探し回って、捕まえてみれば妻や娘や子供まで乗っている。あれを何度もやりたいとは思わなくなった」
「私掠そのものをやめるわけではないのですな」
「そのつもりはない。英国商船が襲われれば守るし、敵の私掠船なら捕まえる。ただ、どうせ戦うなら、もっと分かりやすい敵の方がいい」
「たとえば?」
「フランス人とか」
カートライトはすぐに首を振った。
「残念ながら、フランスとはまだ戦争をしておりません。商船へ手を出せば私掠ではなく海賊です」
「分かっている。だから今は護衛をやる。船を遊ばせておくよりいいし、護衛料も取れる」
「それなら異存はありません」
◇ ◇ ◇
8月中旬、グレイミア号は英国商船6隻を護衛してイギリス海峡を西へ進んでいた。
風は安定していたが、船団の速さは最も遅い商船に合わせなければならない。グレイミア号は前方を偵察しては船団へ戻り、左右と後方も警戒しながら航行していた。
「やっぱり遅いな」
エドワードが後方の商船を眺めると、カートライトは聞き慣れた様子で答えた。
「護衛をするたびに同じことをおっしゃいますな。グレイミア号だけ先へ着いても仕事にはなりません」
「分かっている。ただ、敵船を追っていた時の方が船らしい速さで走れた」
「その敵商船を追うのはやめたのでしょう」
「だからフランスが敵になれば都合がいいんだ」
「英国にとっては都合がよくありません」
その時、見張りから右舷前方に2隻の帆があるとの声が上がった。
カートライトが望遠鏡を向け、グレイミア号は護衛船団から離れすぎない範囲で進路を変えた。距離が縮まると、2隻とも中型の商船であることが分かり、やがて船尾に掲げたフランス旗も確認できた。船腹は深く沈み、かなりの積荷を載せているようだった。
エドワードは望遠鏡を受け取った。
「よく積んでいるな。中身までは分からないが、高そうだ」
「そう見えるだけかもしれません。それにフランス船です。今手を出せば犯罪ですぞ」
「分かっている。戦争になれば話は別だな」
「正式に敵国となり、免許の対象に入れば別です」
エドワードはしばらく2隻を眺めたが、追跡を命じなかった。
「惜しいな」
「何も失っておりません」
「高い荷だったかもしれない」
「それを惜しいと言い始めたら、海を走る船が全部獲物になります」
「それもそうか」
フランス船はそのまま遠ざかっていった。
グレイミア号は6隻の商船のもとへ戻り、再び船団の速さに合わせた。
◇ ◇ ◇
9月に入ってからも護衛航海は続いた。敵船を捕らえた時ほど大きな利益にはならないが、護衛料は確実に入り、乗組員を海へ出し続けることもできる。グレイミア号の船体や砲、帆を実際に使いながら状態を確かめられる点でも無駄な仕事ではなかった。
ロンドンへ戻ったある日、エドワードはウェッブの事務所を訪れた。
「フランスと北アメリカの間で、何か新しい話は入っているか?」
ウェッブは机上の書類から数枚を選んだ。
「商人筋の話ならあります。フランスから北アメリカへ武器や軍需品が流れているという話は以前からありましたが、ナントやボルドーと植民地側との商売は増えているようです」
「英国との取引が減った分を、フランスが取っているのか」
「そう考えてよいでしょう。フランス商人にとっては商売ですからな」
「英国と北アメリカが戦って、その横でフランスが儲けるのは気に入らないな」
「戦争で利益を得ているあなたが言いますか」
「僕は英国側だからいいんだ」
ウェッブはその理屈には付き合わず、書類を机へ戻した。
「フランス政府がどこまで本気で植民地側を支えるつもりかは分かりません。ただ、英国が北アメリカへ兵士と金を使い続けるだけでも、フランスにとって不利益ではないでしょう」
エドワードはそこで別のことを考えた。
「もしフランスが正式に参戦したら、何が不足する?」
「今度はそちらですか」
「戦争になってから買いに走れば高くなる。船で使う物と、商会で売れる物を調べてくれ。特に海軍や商船が一斉に欲しがる物だ」
ウェッブは少し考えてから、紙を1枚引き寄せた。
「帆布や麻縄、修理用の木材、鉄製品、食料などから見ます。保管の難しい物や危険な物は別に考えた方がよいでしょう」
「それでいい。戦争にならなくても普通に売れる物を優先してくれ」
「承知しました」
ウェッブは品目を書き始めた。エドワードはその手元を見ながら、次の護衛航海の日程を思い出していた。




