第5話(後編)「それでも僕は英国人だ」 1777年7月21日~7月31日
英国沿岸が見え始めた7月21日の午後、トーマス・マーサーが船の書類を確認するためグレイミア号へ移ってきた。
用事を済ませた後、マーサーはすぐには拿捕船へ戻らず、船尾から甲板や帆柱、舷側に並ぶ砲を眺めていた。
「いい船だな」
「今さら褒めても、お前の船は返さないぞ」
「返してもらえるとは思っていない。これを造るのに、いくらかかった?」
「約3万8,000ポンドだ」
マーサーは驚いた。
「それだけの金をかけて商船を追っているのか?」
「そのために造った。建造費も、お前の船を入れなくてもほとんど取り返している」
「戦争で儲けているんだな」
「ああ」
エドワードは隠さなかった。
マーサーは自分の船を奪われた側としては愉快ではないと言いながらも、商人としては理解できると続けた。
「機会があり、法律が許し、利益が出る。俺がお前の立場なら、同じことをやるかもしれん」
「お前も随分正直だな」
「お互い様だろう」
しばらくグレイミア号の走る海を眺めてから、エドワードは尋ねた。
「戦争が終わったら、どうする?」
「商売をする」
「英国とも?」
「条件がよければな。独立できたとしても、英国人が着る服や使う道具が急に変わるわけではない。こちらの木材や煙草や米を英国人が欲しがらなくなるわけでもない」
「独立できなかったら?」
「その時も商売をする。俺は商人だからな」
「結局、そこへ戻るのか」
「お前にだけは言われたくない」
マーサーは今度はエドワードへ問い返した。
「お前は戦争が終わったら、北アメリカとはもう取引しないのか?」
戦争が始まる前、エドワードはボストンやサレムでも商売をしていた。海を挟んだ取引そのものを嫌う理由はない。
「するだろうな。戦争が終わっていれば、その時は反乱者ではなく客だ」
「本当に商人だな」
「それも、お前には言われたくない」
「船を取られなければ、もっと気が合ったかもしれん」
「それは残念だったな」
「取った方が言うな」
◇ ◇ ◇
港へ入った拿捕船は、これまでと同じく所定の手続きへ回された。エドワードは必要な書類と航海記録をウェッブへ渡し、その後の処理を任せた。
マーサー一家も船を降りることになった。
別れ際、アンがエドワードへ尋ねた。
「もう会わないでしょうね」
「分からない。僕も北アメリカへ二度と行かないとは言っていない」
「また私たちの船を捕まえに?」
「戦争中ならな」
「やっぱり敵ね」
「戦争中は」
「では、戦争が終わったら?」
「客になるかもしれない」
アンは父親の方を見て、少し笑った。
「父が喜びそうな答えね」
「僕も商人だからな」
マーサーが娘を呼んだ。
アンは家族の方へ数歩進んでから振り返った。
「次に会う時は、私たちの船を取らないで」
「その時に戦争が終わっていれば取らないよ」
「それでは約束になっていないわ」
「戦争中の敵と、今からそんな約束はできないだろう」
「本当に面倒な人ね」
アンはそう言い残し、家族とともに港の建物へ入っていった。
◇ ◇ ◇
数日後、ウェッブの事務所に売却結果が届いた。
「船と積荷から必要な費用を差し引き、今回の分配対象額は1万9,000ポンドです。あなたの8割が1万5,200ポンド、乗組員側が3,800ポンドになります」
「乗組員にはいつもどおり払ってくれ」
「もちろんです」
これで3回の私掠航海によるエドワードの取り分は合計5万2,800ポンドとなり、捕らえた船は4隻になった。
ウェッブは計算書を片付けながら尋ねた。
「今回は、拿捕した船の乗客と随分話したそうですな」
「カートライトは余計なことまで報告するな」
「航海の様子を聞いただけですよ。それで、反乱側の話を直接聞いてみてどうでした?」
「敵だということは変わらないよ。ただ、前より話は分かるようになった」
「それで船を返したくなりましたか?」
「まさか。返す理由がない」
ウェッブは笑った。
「それなら安心しました」
「戦争が終わったら、マーサーと商売をするかもしれないぞ」
「自分の船を奪った相手と取引してくれますかな」
「条件がよければ考えると言っていた。向こうも商人だ」
「あなたも大概ですな」
「戦争が終われば、敵でいる理由もなくなる。向こうが僕の船を使いたいなら、運んでやればいい」
「今は船を奪って、将来はその相手から運賃を取るのですか」
「そうなれば悪くないだろう」
ウェッブは呆れたように計算書を閉じた。
「やはりあなたは、どこまで行っても商人ですな」
「今さらだろう」
エドワードは計算書をウェッブへ返した。




