第5話(中編)「誰が選んだ議員だ」 1777年7月11日~7月20日
拿捕船には大きな損傷がなく、グレイミア号から必要な人員を移せば、そのまま英国まで航行できた。敵船員の大半はグレイミア号へ移し、マーサー一家は自分たちが使っていた船室へ残した。
エドワードは船体や積荷の状態を確かめるため、何度か拿捕船へ渡った。そのたびにマーサーと顔を合わせ、最初は船の話だけだった会話も少しずつ長くなった。
7月12日の午後、マーサーは船縁近くに立ち、少し前を走るグレイミア号を眺めていた。
エドワードが近づくと、横目で見た。
「今度はいくらになるか調べに来たのか?」
「それもある。だが、1つ聞きたい。家族まで連れてナントへ何をしに行くつもりだった?」
「しばらくフランスに住むつもりだった。戦争が終わるまでは、北アメリカとフランスを行き来して商売をする」
「英国とは取引しないのか?」
「今は戦争をしている相手だぞ。去年までと今年では違う」
「随分変わったものだな」
「変えたのは俺たちだけではない」
マーサーはそこでエドワードへ向き直った。
「英国では、俺たちは反乱者だの国王に逆らう者だのと言われているのだろう。だが、なぜそこまで揉めたのか考えたことはあるか?」
「税が嫌だったからではないのか」
「税を一切払いたくないなら、町も道路も港も維持できん。植民地の議会を通じて、俺たちだって税は払ってきた。問題はロンドンの議会が、俺たちの同意なしに税をかける権利を持つと言ったことだ」
「議会は英国全体を代表している、という考え方だろう」
「では聞こう。俺が選んだ議員はウェストミンスターに何人いる?」
エドワードは答えられなかった。
「マサチューセッツでもニューハンプシャーでもいい。植民地の人間が選んだ議員は何人いる?」
「いない。だが英国にだって投票できない人間は大勢いる。土地を持たない者もいるし、選挙区によって事情も違う」
「それなら英国の制度にも問題があるという話だろう」
マーサーはためらわずに返した。
「随分はっきり言うな」
「船まで取られた後だ。今さら英国人の機嫌を取って何になる」
エドワードは苦笑した。
「国王陛下が直接、お前たちに税をかけたわけではないぞ。僕から見れば国王と議会は別だ」
「俺たちから見れば、どちらも英国政府だ。だが、全部を国王1人のせいにするのは違うと言うなら、それは認めてもいい」
素直に認められたことの方がエドワードには意外だった。
マーサーは続けた。
「それに、植民地の人間が全員同じ考えだと思わない方がいい。妻の兄は国王側で、去年ボストンを離れてハリファックスへ行った。妻の弟は大陸軍にいる。父親が国王側で息子が独立側という家もあるし、どちらにもつかず商売だけ続けたい者もいる」
「お前は最初から独立側だったのか?」
「違う。俺も最初は、自分を英国人だと思っていた」
同じ英語を話し、ロンドンの商人と大きく変わらない服を着た男が、数年前まで自分と同じ国王の臣民だった。その男が今は敵船の船主として目の前にいる。
新聞やロンドンの社交の場で聞いていた「反乱者」という言葉より、マーサー本人の話の方がずっと複雑だった。
◇ ◇ ◇
翌日の昼食後、船尾にいたマーサーの娘と話す機会があった。名はアン・マーサー、17歳だという。
「父とずいぶん長く話していたでしょう。政治の話?」
「ああ。君の父親は話し始めると長いな」
「政治の話だけは特にね」
アンは少し笑った後、エドワードへ尋ねた。
「父が、あなたは国王をかばったと言っていたわ。国王が好きなの?」
「好き嫌いという言い方が合っているかは分からないが、僕は国王陛下に忠誠を誓っている」
「会ったことがあるの?」
「何度かある」
アンは驚いたようだった。
「どんな人なの? 父は暴君だと言うけれど」
「僕が会った陛下は、そんな人には見えなかったよ。僕の顔も名前も覚えてくださっているし、普通に冗談も言う」
エドワードが思い浮かべたのは、キューで王妃とともに笑っていたジョージ3世だった。
アンは少し考えてから言った。
「父から聞いていた国王とは、随分違うのね」
「僕が知っている陛下は、そういう人だよ」
アンはしばらく海を眺めていたが、やがて別のことを尋ねた。
「あなたは私たちを憎んでいる?」
「君を憎む理由はない。父親については、話が長いと思っているが」
アンが笑った。
「そこは私も同じよ。でも、憎んでいないのに、なぜ船を取るの?」
「戦争をしているからだ。僕は英国人で、国王陛下のもとで認められた私掠免許を持っている。君たちの船は敵側の船だった。それに、捕らえれば金にもなる」
「最後が一番大事なのでしょう?」
「全部大事だよ」
アンは呆れたようにエドワードを見た。
「私たちには英国に抵抗する権利があると思っているわ」
「君たちの立場なら、そう考えるだろうな」
「怒らないの?」
「言い分があることと、その言い分に僕が賛成することは別だ。君たちがなぜ戦っているかは少し分かってきた。それでも僕は英国人だよ」
「父と同じくらい面倒な人ね」
「それは困るな」
今度はアンの方が先に笑った。
◇ ◇ ◇
その夜、エドワードはグレイミア号の船長室でカートライトと夕食を取った。
塩漬け肉と豆の煮込みを食べながら、エドワードは昼間までの話をした。
「植民地の人間から政治の話をまともに聞いたのは初めてだ。反乱したから戦争になったと思っていたが、向こうは英国政府に押し付けられたから反乱したと言う」
「戦争になれば、双方とも自分が先に殴られたと言うものです」
「どちらが正しいと思う?」
「私に議会と植民地のどちらが正しいか決めさせないでください。私はこの船を英国へ帰すのが仕事です」
カートライトはそう答えてから、念を押した。
「考えるのは構いませんが、明日になって拿捕船を返すと言い出すのだけはやめてくださいよ」
「返さないよ。相手の話を聞くことと、船を返すことは別だ」
「それなら結構です」




