第4話(中編)「王妃への贈り物」 1777年6月11日~6月20日
6月11日、ロンドンの商人から届けられた木箱がエドワードのもとへ届いた。
蓋を開けると、さらに小さな箱が収められていた。濃い色の木に真鍮の金具を付けたもので、内部はいくつもの仕切りに分かれている。そこには小さな紙包みと押し葉が並んでいた。
北アメリカ産の草花の種と標本である。
エドワードは中身を確かめながら、隣にいたウェッブに尋ねた。
「注文した物で間違いないな。種も傷んでいない?」
「品目は確認しました。種についても、外から分かる異常はありません。ただ、芽が出るところまで私に保証させないでください」
「王妃陛下へ差し上げた後で何も生えなかったら困るんだ」
「そこから先は天候と土と、庭師の腕にお任せください」
「お前に聞くより庭師に聞いた方がよさそうだな」
「今回はその方が賢明です」
エドワードが王妃への贈り物を考え始めたのは、国王の誕生日から戻った後だった。
宝石を買うのは簡単だが、王妃シャーロットにとって珍しい贈り物にはならない。王妃が植物を好み、キューで多くの植物に親しんでいることは社交界でも知られていた。
そこで北アメリカとの商売を利用し、現地の草花の種と標本を集めさせた。高価な品を選ぶより、王妃が実際に興味を持ちそうな物の方がよいと考えたのである。
「先日の謁見へのお礼を書いて、この箱を王室へ届けてくれ」
エドワードは箱を閉じた。
「承知しました。贈り主が自分で森を歩いて集めたなどとは書きませんな?」
「僕がそんなことをしたと言ったか?」
「念のためです」
「お前は僕を何だと思っているんだ」
「何をするか分からない人だと思っています」
「カートライトにも似たようなことを言われるな」
「皆、経験がありますので」
◇ ◇ ◇
数日後、王室から使いが来た。
王妃は贈り物を気に入り、エドワード本人から北アメリカの話を聞きたいという。招かれた場所はキューだった。
エドワードが書状を読み終えると、ウェッブが用件を尋ねた。
「王妃陛下からキューへ来るようにとのことだ」
「それは結構な話です。船の方は?」
「カートライトに任せる。王妃陛下を待たせてまで船へ行くほど馬鹿じゃない」
「その判断ができるなら安心しました」
◇ ◇ ◇
キューはセント・ジェームズ宮殿とは趣が違っていた。
大勢が形式に従って順番を待つ宮廷の大広間ではなく、緑の中に建物が点在し、木々の間から鳥の声が聞こえる。6月の日差しの下を歩けば、草と土の匂いがした。
案内された先では、王妃シャーロットが女官たちとともに待っていた。
エドワードが礼を取ると、王妃はすぐに贈り物の話を始めた。
「箱を見ました。とても面白い物を選びましたね」
「お気に召したのでしたら幸いです」
「あなた自身が北アメリカで集めたのですか?」
「いいえ。現地との取引を通じて手に入る物を選ばせました。私が森を歩いて1つずつ採ったわけではございません」
「正直ですね。その方が物語としては少しつまらないですが」
「では次からは私が採ったことにいたします」
「いけません」
王妃は楽しそうに笑った。
「戦利品ではないのですね?」
「残念ながら違います。最近捕らえた船に積まれていたのは、煙草や米、藍が中心でした」
「それでは庭に植えるには困りますね」
「煙草なら植えられるかもしれません」
「王宮の庭を煙草畑にするつもりですか?」
「陛下がお望みなら」
「望みません」
近くにいた女官たちからも笑いが漏れた。
その声を聞いたのか、庭の向こうからジョージ3世が歩いてきた。
「何を笑っている?」
「ヘイル氏が私の庭を煙草畑にすると言うのです」
王妃が説明すると、国王はエドワードへ目を向けた。
「余の妻の庭まで商売に使うつもりか?」
「そのつもりはございません、陛下。ただ、煙草を植えるのでしたら、収穫後の売り先までは考えます」
「やはり商人だな」
「否定できません」
王妃は箱に入っていた種や押し葉について国王へ説明した。それぞれには、手に入れた地域が分かる札も付けてある。
エドワード自身は植物学者ではないため、詳しい種類や育て方まで知っているふりはしなかった。
「宝石にしなかったのはなぜです?」
王妃に尋ねられ、エドワードは答えた。
「王妃陛下なら、私が差し上げられる程度の宝石はすでにお持ちでしょう。それより、私には北アメリカとの行き来があります。陛下が植物をお好きだと伺いましたので、こちらの方が喜んでいただけると思いました」
「私が何を好きか調べたのですね」
「はい」
「女性へ贈り物をする時は、いつもそうするのですか?」
エドワードは国王が隣にいることを意識してから答えた。
「できるだけ、相手の好みは考えるようにしております」
ジョージ3世が笑った。
「今、少し言葉を選んだな」
「当然でございます」
「それなら安心しました」
王妃も笑った。
その後は北アメリカの話になった。エドワードはニューヨーク周辺で見た森や、冬のボストン、沿岸部と内陸で景色が変わることなど、自分が実際に知っている範囲を話した。植物について詳しく尋ねられれば、分からないものは分からないと答えた。
やがて王妃は、また海へ出るのかと尋ねた。
「はい。船の準備が整い次第、出航します」
「お母様やお姉様には止められているのでしょう?」
「今は妹も加わりました」
「それでも行くのですね。なぜ?」
エドワードは少し考えた。
「金だけなら、もう海へ出る必要はございません」
国王も興味を示した。
「なら、なぜ出る?」
「面白いからです。敵を見つけ、追いつき、どこまで追うか、どう捕らえるかを考える。船を動かすのはカートライトですが、どの相手と戦い、どこで退くかは私が決めます。成功すれば金も入りますし、今のところロンドンで帳簿だけを見るより楽しいのでございます」
ジョージ3世はうなずいた。
「ようやく20歳らしい答えをしたな」
「これまでは何歳に見えておりましたか?」
「50歳の商人だ」
「私も少しそう思っていました」
王妃まで同意したため、エドワードは苦笑した。
「それなら、たまには遊びなさい」
「陛下から命じていただければ」
「命令ではありません」
「では努力いたします」
「遊ぶのに努力が要るのですか?」
エドワードが返事に困っていると、国王が横から言った。
「こいつには必要なのだろう」
その日のキューでは、話題は植物から海、農地、船へと移った。正式な謁見の場より国王夫妻の様子はくだけており、エドワードも普段より気楽に話すことができた。
帰る際、王妃が呼び止めた。
「ヘイル氏。次に北アメリカへ行く時には、植物にも少し目を向けてください」
「敵船より先に探すのは難しいかもしれません」
「それは分かっています」
「では、敵船を捕らえた後に探します」
「それで結構です」
エドワードは礼を取り、キューを後にした。
◇ ◇ ◇
6月20日、レイヴンズクロフト邸で夕食を取っていると、キャサリンが弟へ声をかけた。
「王妃陛下にキューへ呼ばれたそうね」
「どうして知っているのです?」
「ここはロンドンよ」
「それだけで全部説明できるのが怖いな」
「何を差し上げたの?」
「北アメリカの植物の種と標本です」
キャサリンは少し意外そうだった。
「宝石ではなく?」
「王妃陛下にも同じことを聞かれました。植物がお好きだと聞いたので、そちらを選びました」
「あなたにしては上手に考えたわね」
「僕を何だと思っているのです」
「贈り物にも値札から入る男」
ヘンリーが口を挟んだ。
「完全に間違いとも言えないな」
「義兄上まで」
キャサリンは弟をからかいながらも、王妃との縁は大切にするよう念を押した。
「もちろん分かっています」
「ならいいわ。お金を出せば手に入るものばかりではないもの」
エドワードはワインを一口飲んだ。
「だからこそ粗末にはできません」
「そういう言い方をすると、やっぱり商人なのよ」
姉に言われ、エドワードは否定しなかった。




