第3話(後編)「山分け」 1777年5月21日~5月31日
5月21日。
2隻の拿捕船を連れた帰路は、グレイミア号だけで航行する時より遅かった。
特に2隻目は帆と索具の損傷が大きい。応急修理によって自力航行はできるものの、無理に速度を上げれば再び傷むおそれがある。そのためグレイミア号は2隻の状態を見ながら船足を合わせて進んだ。
「追う時にはあれほど速かったのにな」
エドワードがぼやくと、カートライトは後方の2隻へ目をやった。
「今は獲物を連れておりますから。英国へ届かなければ値段も付きません」
「それは分かっている。次は捕まえた後のことまで考えて出ないとな」
「ようやくそこへ気付きましたか」
「前から考えていたよ。今回は人数が足りなくなるところまで捕まえただけだ」
風の弱い日には3隻の帆がたるみ、日差しが出ると濡れた甲板から潮とタールの匂いが強く立った。反対に風が強まれば、傷んだ索具の具合を確かめながら速度を落とす必要がある。
戦闘で負傷した乗組員に命の危険がある者はいなかった。エドワードは毎日2隻の状態を報告させ、積荷には手を付けず、押収した書類もそのまま保管させた。
英国沿岸が見えてくると、乗組員たちは後方の2隻を何度も振り返るようになった。
船倉には煙草、米、藍、毛皮が積まれている。売却が済めば、その一部が自分たちの取り分になる。
水夫の1人がエドワードへ尋ねた。
「前より多くなりますかね?」
「船も積荷も違う。僕に聞いてもまだ分からないぞ」
「2倍くらいは?」
「港へ着く前から勝手に山分けを始めるな」
周囲から笑いが起きた。
エドワード自身も金額が気になっていた。特に2隻目は前回の拿捕船より大きく、積荷も多い。それでも、前回の経験で売却が終わるまで正確な値段は出ないと分かっている。
「まず無事に持って帰るぞ。金の話はそれからだ」
◇ ◇ ◇
グレイミア号と2隻の拿捕船が港へ入ると、岸にいた人々が足を止めた。
先頭のグレイミア号に続き、砲撃の痕を帆や索具に残した2隻の商船が入ってくる。
最初の航海では1隻を連れ帰り、今回は2隻だった。港の商人や船乗りたちの間でも、グレイミア号が敵商船を捕らえて帰る船として知られ始めていた。
必要な引き渡しを済ませると、エドワードは船の後始末をカートライトへ任せた。
「僕はロンドンへ戻る」
「売値を聞きに行くのでしょう?」
「お前だって取り分が気になるだろう」
「私は2割側です」
「僕は8割側だ」
「存じております」
◇ ◇ ◇
2隻は所定の手続きを経て戦利品と認められ、船体と積荷が売却された。
数日後、ウェッブが最終的な数字を持ってきた。
ロンドンの事務所へ入ったエドワードは、椅子へ座る前に尋ねた。
「いくらになった?」
ウェッブは帳簿を開きながら顔をしかめた。
「お久しぶりです、くらい言ってからでも遅くはありませんぞ」
「久しぶりだな。それで?」
「変わりませんな」
ウェッブは帳簿の数字を確かめた。
「船と積荷の売却額から必要経費を差し引き、今回の分配対象額は約3万2,000ポンドです。あなたの8割が2万5,600ポンド、乗組員側の2割が6,400ポンドになります」
エドワードは数字を聞くと、すぐに言った。
「乗組員の分は約束どおり払ってくれ。拿捕船へ移った者の上乗せと、負傷者の取り分も忘れるな」
「最初からその条件で計算しています」
「ならいい」
最初の私掠航海でエドワードが受け取ったのは1万2,000ポンドだった。今回の2万5,600ポンドを加えると、取り分は合計3万7,600ポンドになる。
エドワードは帳簿を見ながら尋ねた。
「グレイミア号の建造費は約3万8,000ポンドだったな?」
「そうです。わずか2回の航海で、あなたの取り分がほぼそこまで届きました。ただし、修理費や維持費まで消えるわけではありませんぞ」
「分かっている。それでも、この船を造った金がほとんど戻ったようなものだ」
ウェッブはそこで別の話を出した。
「カートライト船長から聞きましたが、3隻目は追わなかったそうですな」
「ああ。惜しかったけどな」
「船長は正しい判断だったと申していました」
「僕もそう思っているよ」
エドワードはそれ以上説明せず、帳簿へ目を戻した。
「それより6,400ポンドの分配を急いでくれ。水夫たちは港へ着く前から金額を予想していた」
「それは急いだ方がよさそうですな」
◇ ◇ ◇
5月下旬、グレイミア号の甲板で2度目の戦利品分配が行われた。
乗組員側の取り分は総額6,400ポンドである。船長や士官、砲手、水夫、拿捕船へ移った者など、それぞれの持ち分に従って金が渡され、戦闘で負傷した者にも約束どおり取り分があった。
前回より金額が増えていたため、自分の取り分を聞き返す者もいた。
「本当に、この額ですか?」
「間違っていない」
カートライトが答えた。
別の水夫は受け取った金を手にして、すぐ次の航海について尋ねた。
「次はいつ出ます?」
「まだ今日の金を受け取ったばかりだろう」
カートライトが呆れると、周囲から笑いが起きた。しかし同じことを考えている者は多いらしく、補給はいつ始まるのか、次も自分を乗せてくれと声を掛ける者が続いた。
最初の私掠航海へ出る前には、エドワードが乗組員を海へ連れ出そうとしていた。今は戦利品を実際に受け取った者たちが、自分から次の出航を待っている。
カートライトがその様子を見て言った。
「すっかり味を覚えましたな」
「僕だけじゃなくて安心したよ」
「あなたが一番でしょう」
「それは否定しない」
◇ ◇ ◇
5月31日、グレイミア号では次の航海に向けた補給が始まった。
新しい水樽が甲板を転がり、火薬と食糧の数量を確かめる声が飛び交っている。前回までと同じ準備に見えるが、エドワードが気にしているところは変わっていた。
カートライトが帳面を持って近くを通ったところで呼び止めた。
「次は、拿捕船へ何人回せるかを先に決めておきたい」
「船の大きさや損傷で変わりますぞ」
「分かっている。だが目安くらいは作れるだろう。今回は50人を2隻へ回したところで、3隻目を追うのが危なくなった」
カートライトは少し考え、甲板で働く乗組員を見渡した。
「では、補給が終わったら人員配置から見直しましょう」
「頼む」
「今度は船を見つける前から、捕らえた後の心配ですか」
エドワードは笑った。
「前より少し賢くなっただろう」
カートライトは返事をせず、帳面を開いたまま船尾へ歩いていった。




