第3話(中編)「1隻ずつ剥がす」 1777年5月11日~5月20日
5月11日の夜明け、海が明るくなると、前を逃げる2隻の帆が再びはっきり見えた。
グレイミア号は夜の間も相手が逃げた方向を追っている。最初の拿捕船へ20人を移したため本船の人数は減っていたが、帆と砲を扱うには十分だった。
風は西寄りで、追う側には悪くない。銅板を張った船底と、速力を重視して造った船体の差も、長い追跡になるほど効いてくる。
エドワードは船尾楼から前方を眺めた。
「真ん中の船には追いつけそうか?」
「ええ。先頭はまだ分かりません」
「両方取れると言ってくれれば気分がいいんだが」
「気分のために嘘を言う船長は要らないでしょう。まず真ん中です」
「分かった。確実な方から取ろう」
午前から午後にかけて、逃げる2隻の間にも差が広がった。
先頭の船は速かった。追われていると知ってからさらに帆を増やし、2隻目を少しずつ引き離していく。もともと同じ船団だった3隻が、船足の差によって1隻ずつ分かれていった。
「速い船から仲間を置いていくんだな」
「助けるために速度を落とせば、自分まで捕まりますからな」
「僕でも逃げると思う。ただし、一番速い船に乗る」
「追われる前に選んでおいてください」
午後になると2隻目の船尾がはっきり見えるようになり、こちらも私掠免許の対象であることが確認できた。
停船命令を出したが、今度の相手は従わなかった。
船尾の砲が火を噴き、砲弾がグレイミア号の横を通過する。続く1発は舷側に当たり、木片を甲板へ散らした。
「砲手、持ち場につけ!」
カートライトの命令で、甲板の動きが一気に変わった。
前回の相手や先ほど捕らえた船と違い、この船は逃げながら撃ち返すつもりらしい。
「船腹はできるだけ壊したくない。帆と索具を狙えるか?」
「そのつもりです。こちらの方が速い。十分に距離を詰めてから撃ちます」
グレイミア号は無理に遠距離射撃をせず、着実に相手へ近づいた。
やがて最初の斉射が海上に響いた。9ポンド砲が次々に火を噴き、白煙と火薬の匂いが甲板を覆う。砲弾の1発が帆を裂き、別の1発が索具を切った。
敵船も撃ち返した。
砲弾が甲板上をかすめて船縁の木材を砕き、近くにいた水夫2人が木片を浴びた。1人は額を切ったものの自力で動けたが、もう1人は肩を負傷し、仲間に支えられて甲板下へ運ばれた。
手当ては担当者へ任せ、エドワードは船の状態を確かめた。
「こちらは?」
「帆も船足も問題ありません。追跡を続けられます」
「なら、もう一度だ」
2度目の斉射では、複数の砲弾が敵船の上部へ入った。帆の一部が大きく裂け、索具が垂れ下がり、前檣の上部も傾く。
敵船の速度が目に見えて落ちた。
カートライトは次弾の装填を命じながら、相手の様子を見ていた。
「もう一度停船を求めます。それでも撃ってくるなら続けましょう」
信号を送ると、敵船はしばらく走り続けたものの、先頭の船との差は広がる一方だった。やがて砲撃が止まり、帆が落とされる。
白い布が上がった。
今度こそ甲板から大きな歓声が起きた。
「2隻目だ!」
「取ったぞ!」
水夫の間から最後の1隻を追おうという声も飛んだが、カートライトはまず拿捕の作業を優先させた。
◇ ◇ ◇
2隻目は最初の船より大きく、帆と索具に損傷があるため、拿捕後すぐに応急修理が始まった。
敵船員の武装を解き、大半をグレイミア号へ移す。英国まで航行させるため、船大工を含む30人を拿捕船へ残した。
これで最初の船と合わせ、グレイミア号から50人が2隻の拿捕船へ移った。捕虜も増え、本船の状況は出航時とは大きく変わっている。
積荷と書類の確認が終わると、一等航海士が報告に来た。
「対象船で間違いありません。積荷は煙草、米、藍、それに毛皮です。船倉も最初の船より大きい」
「それなら期待できそうだな」
エドワードは遠くに残る最後の帆へ目を向けた。
かなり離されていたが、まだ水平線の上に見えている。
「追えると思うか?」
カートライトは風向きと日暮れまでの時間を確かめ、それから後方の1隻目、応急修理中の2隻目へ目を向けた。
「追うこと自体はできます。ただし、グレイミア号だけで先へ出れば、拿捕船との距離が大きく開きます。50人を2隻へ移したばかりですし、このまま日が暮れれば連絡も取りにくくなるでしょう」
「最後の船に追いつく可能性は?」
「あります。しかし今夜中に捕らえられるとは言えません」
エドワードは遠ざかる帆を見続けた。
3隻の中で最も速い船だった。船体だけでも高い値が付くかもしれず、積荷も欲しい。
しかし、後ろにはすでに2隻の獲物と50人の部下がいる。
「やめよう。2隻で帰る」
カートライトがエドワードを見た。
「よろしいので?」
「惜しいさ。だが、3隻目を追って今ある2隻を危険にさらす方が損だ」
「私もそう思います」
「なら決まりだ。2隻を英国まで持って帰ろう」
最後の1隻は、そのまま西へ遠ざかっていった。
グレイミア号は進路を変え、2隻の拿捕船をまとめて帰国させる準備に入った。
◇ ◇ ◇
翌朝には応急修理も終わり、2隻の拿捕船がグレイミア号の後ろを航行していた。
エドワードは船尾からその光景を眺めた。出航時には1隻だった船が、帰路では3隻になっている。
「なかなかいい眺めだな」
カートライトも後ろを見た。
「まずは、この2隻を無事に持ち帰りましょう」
「分かっている」
エドワードは海の向こうへ目を戻した。
「今はな」




