第3話(前編)「3隻いる」 1777年5月1日~5月10日
1777年5月1日。
グレイミア号では、次の航海に向けた準備が進んでいた。
前回の戦闘で破れた帆は交換され、舷側の傷んだ板も張り替えられている。火薬と砲弾、水樽、食糧の積み込みもほぼ終わり、甲板では樽を転がす音や索具を引く掛け声、船大工が木材を打つ音が絶えなかった。
乗組員の様子も、最初の私掠航海へ出た時とは違っていた。敵商船を捕らえれば、普段の給金とは別に戦利品の取り分が出る。前回、自分の手で金を受け取った者たちは、船主が約束を守ることを知っていた。
船長室では、エドワードとカートライトが海図を挟んで向かい合っていた。机には、前回拿捕した商船から押収した書類の写しも広げてある。
その中に、春から初夏にかけて北アメリカから欧州へ向かう3隻の商船について書かれたものがあった。積荷を載せた後、途中で合流して大西洋を渡る予定らしい。
「これを当てにしていいと思うか?」
エドワードが尋ねると、カートライトは書類を読み直した。
「出航日は確定しておりません。積み込みや天候で数日はずれるでしょう。それでも、何も手掛かりがないよりはましです」
「予定どおりなら、5月上旬から中旬には英国の西へ近づく。前回のように広い海を探し回るより、通りそうな場所へ先に行った方がいい」
「それには賛成です。ただ、3隻とも敵船とは限りませんぞ」
「確認するまでは撃たない。敵船だった場合にどうするかを聞いているんだ」
「3隻がまとまっていても、一度に相手をする必要はありません。速さと武装を見て、取れる船から1隻ずつです」
「僕もそう思う。船を沈めたら売れないからな」
「こちらまで沈まないようにしてください」
エドワードは海図を畳んだ。
「では行こう。書類どおり、本当に3隻いるか確かめる」
◇ ◇ ◇
5月3日、グレイミア号はテムズを離れて西へ向かった。
春の海は冬ほど荒れていなかったが、沖へ出れば風はまだ冷たい。船首が波を切るたびに飛沫が甲板へ上がり、張った帆の下では水夫たちが索具を確かめながら持ち場を動いていた。
最初の数日は目当ての船に出会わなかった。英国船やオランダ船とは何度かすれ違ったものの、敵でないと分かれば追う理由はない。
5月10日の午後になると、南西から雨雲が近づき、海面は次第に暗くなった。風も午前中より強まっている。
エドワードが船尾楼から水平線を眺めていると、見張り台から声が降ってきた。
「左舷前方、帆!」
「何隻だ!」
雨雲の下で視界が悪く、返事まで少し間があった。
「2隻!」
カートライトが望遠鏡を取った。グレイミア号が進むにつれて雲の切れ間から薄い日差しが落ち、その向こうに2組の白い帆が浮かんで見えた。
まだ船体までは判別できないが、ほぼ同じ方向へ進んでいる。
「書類にあった船だと思うか?」
「まだ何とも言えません。まず近づきましょう」
グレイミア号が進路を変え、2隻との距離を詰め始めた。
30分ほどたったころ、見張り台から再び声が上がった。
「もう1隻! 前の2隻より西です!」
カートライトが望遠鏡を向ける。雲の下から、さらに1隻の帆が姿を現した。
全部で3隻だった。
横一列ではない。先頭から少し離れて2隻目が続き、3隻目はさらに西へ遅れている。風の受け方や船足の違いで、船団が長く伸びていた。
「本当に3隻いたな」
エドワードが望遠鏡を受け取ると、カートライトは先を急がなかった。
「喜ぶのは相手を確認してからです」
「分かっているよ」
やがて3隻もこちらに気付いた。
先頭の船が進路を変え、続いて2隻目、少し遅れて最後尾も同じ方向へ変針する。グレイミア号を避けようとしているのは明らかだった。
グレイミア号が帆を増やして速度を上げると、前の3隻も帆を張った。
距離が縮まるにつれて、それぞれの大きさと船足の差が見えてきた。先頭が最も大きく、2隻目がそれに続く。最後尾の船は一回り小さく、明らかに遅れていた。
「最後尾なら取れます。真ん中も今の風なら追いつけるでしょうが、まずは遅い船です」
カートライトが望遠鏡を下ろした。
「同感だ。速い船を追って、確実に取れる1隻を逃す必要はない」
グレイミア号は最後尾へ狙いを定めた。
やがて船尾の旗と船名を確認できる距離まで近づき、相手が私掠免許の対象となる反乱植民地側の船だと分かった。
「対象です」
カートライトの確認を受け、エドワードは前を走る残り2隻へ目を向けた。
「まず、こいつを止める。その後で前を追おう」
砲門が開き、黒い9ポンド砲の砲身が海へ突き出された。
◇ ◇ ◇
グレイミア号は最後尾の商船に停船を求めたが、相手は従わなかった。前を行く2隻との差が開いているにもかかわらず、帆をいっぱいに張って逃げ続けている。
カートライトの命令で前方の砲が火を噴いた。
轟音の後、砲弾が商船の進路前方へ落ち、海面から水柱が上がる。それでも相手は止まらなかった。
「向こうも船を失いたくありませんからな」
「気持ちは分かるが、あの速さでは逃げ切れない」
商船には小型砲が数門見えたものの、撃ち返してくる様子はない。さらに距離を詰め、次の警告を準備したところで相手の帆が落ち始めた。
やがて甲板に白い布が上がる。
歓声を上げかけた水夫たちを、カートライトがすぐに持ち場へ戻した。前方には、まだ2隻が逃げている。
「何人移す?」
「20人で足ります。敵船員の大半はこちらへ移し、拿捕船には航行に必要な人数だけ残しましょう。船も小さいですから」
「それなら次を追えるな」
「そのためでもあります」
拿捕隊が送り出され、敵船員の武装解除と書類の確認が始まった。砲撃を受けていないため船体には大きな損傷がなく、自力で英国まで航行できる状態だった。
しばらくして報告が届いた。
「対象船で間違いありません。積荷は煙草が中心で、藍もあります」
「いい荷だ」
「値段は英国へ戻ってからです」
エドワードは苦笑し、前方へ視線を戻した。残り2隻の帆は、まだ水平線の上に見えている。
「追うぞ」
グレイミア号は再び帆いっぱいに風を受け、前を逃げる2隻へ向けて加速した。
夕暮れが近づいていた。




