第2話(後編)「敵船が金になった」 1777年4月23日~4月30日
4月23日、エドワードはウェッブの事務所を訪れた。
机には拿捕した商船から押収した書類の写しが並んでいた。ウェッブは所有関係を示す書類を手に取った。
「最初にしては、扱いやすい獲物を捕まえましたな」
「船のことか?」
「書類です」
「船も褒めろ」
「船も悪くありません。ただ、今はこちらの方が大事です。ボストンの商人2人が所有し、北アメリカからアムステルダムへ向かっていた。積荷の所有関係も、今のところ問題はなさそうです」
「戦利品として認められそうか?」
「その可能性は高いでしょう。最終的に決めるのは裁判所ですが」
「カートライトと同じことを言うな」
「法律の話をすれば、誰でも同じ答えになります」
船籍も所有者も明確で、拿捕時の記録も残っている。ウェッブの見立てでは、審理が長引く可能性は低かった。
「煙草と藍は値が期待できます。米にも買い手は付くでしょう」
「全部でいくらになる?」
「競売が終わるまでは分かりません」
「船を捕まえてから、その答えばかり聞いている気がする」
「適当な数字を申し上げてもよろしいなら、いくらでも」
「それは嫌だ」
「では待ってください」
海なら帆を増やせば相手との距離を縮められた。砲撃すれば逃げる船を止めることもできたが、裁判と競売はエドワードが急いだからといって早くなるものではなかった。
最初の拿捕でもあるため、今回は最後まで手続きを見届けることにした。
◇ ◇ ◇
審理では、拿捕船から押収した書類が決め手になった。
船の所有者は反乱植民地側の商人であり、積荷についても同じ側の所有と確認された。グレイミア号は正式な私掠免許を持ち、拿捕した場所や時刻の記録にも問題はなかった。
降伏後に船員を殺した者もおらず、積荷を勝手に持ち出した乗組員もいなかった。
数日後、結果を持ってきたウェッブに、エドワードはすぐ尋ねた。
「どうだった?」
「認められました。船と確認済みの積荷は、戦利品として売却できます」
「ようやく売れるな」
「ええ。あとは競売です」
「なら早く売ろう。できるだけ高く」
「そこは私も同じ意見です」
◇ ◇ ◇
競売の日、港には船と積荷を目当てに商人たちが集まった。
帆や索具には砲撃の傷が残っていたものの、船腹に致命的な損傷はなかった。修理すれば再び商船として使えるため、船そのものにも複数の買い手が付いた。
積荷の煙草、米、藍も順に競りにかけられた。
エドワードはウェッブと並んで金額が上がっていくのを見ていた。
「もう少し出せ」
「あなたが言わなくても、欲しい者がいれば上がります」
「聞こえるように言った方が効くかもしれない」
「船主が競売を煽らないでください」
「自分の船を高く売りたいだけだ」
「まだ黙って見ていてください」
船の値が決まり、煙草、米、最後に藍が売られた。
すべて終わると、ウェッブが帳簿を確認した。
「売却額は合計で1万6,400ポンド余りです」
「1隻で?」
「船と積荷を合わせてです」
「僕にとっては同じだ」
「まだ経費があります。裁判費用、港湾費、拿捕船の修理と回航、そのほか必要な分を差し引きます」
「それで、いくら残る?」
「分配対象は約1万5,000ポンドです」
エドワードはすぐには答えなかった。
1万5,000ポンドは、17歳の元日に初めて知らされた父の借金と同じ額だった。当時の手持ちは25ポンドしかなかった。
「8割なら?」
「あなたの取り分は1万2,000ポンド。残り3,000ポンドを乗組員へ分配します」
「すぐ払ってくれ」
「そのつもりです」
「拿捕船へ移った者の上乗せも、負傷した3人の分も忘れるなよ」
「すべて契約どおり計算しています」
エドワードは帳簿の数字へもう一度目を落とした。
「1隻で1万2,000ポンドか」
「毎回こうなるとは限りませんぞ。獲物を見つけても勝てるとは限りませんし、沈めずに英国まで運ばなければならない。拿捕が認められなければ売ることもできません」
「分かっている。だから勝てる相手を選んで、持ち帰れる船を取る。今回できたことを、次もやればいい」
「もっと高い船を狙う気でしょう」
「安い船だけが海を走っているわけじゃないからな」
ウェッブは帳簿を閉じた。
「もう次の航海のことしか考えておりませんな」
「そのためにグレイミア号を造ったんだ」
◇ ◇ ◇
4月29日、グレイミア号の乗組員へ最初の戦利品分配が行われた。
船長、士官、砲手、水夫で持ち分は異なり、拿捕船へ移って英国まで運んだ者には上乗せが付いた。戦闘で負傷した3人にも、約束どおり取り分があった。
すべて普段の給金とは別の金だった。
自分の額を知らされるたび、甲板では驚きや笑い声が上がった。中には、これまで一度に手にしたことのない額を受け取る水夫もいた。
「本当に貰えるのか?」
そう尋ねた男に、カートライトが答えた。
「そのために出航前に契約したんだ」
別の水夫が声を上げた。
「次はいつ出るんです!」
「明日でもいいぞ!」
周囲から笑いが起きた。
エドワードは船尾からその様子を見ていた。
「困りましたな」
隣へ来たカートライトが言った。
「何が?」
「今度は休ませる方が難しくなりそうです」
「いいことだ」
「2割の力は大きいですな」
「僕は8割だからな」
「あなたは金を受け取る前から十分やる気だったでしょう」
「今はもっとある」
戦闘で傷ついた帆や舷側では、すでに修理が進んでいた。砲にも大きな損傷はなく、補給を済ませれば再び海へ出られる状態だった。
「カートライト」
「何でしょう」
「次は1隻捕まえただけで帰るのをやめよう」
カートライトはすぐに顔をしかめた。
「今度は何隻まで狙うつもりです?」
「数を先に決める気はない。前にも話しただろう。拿捕船へ人を移しても、グレイミア号を安全に動かせるだけの人数が残っている間は続ける」
「10隻などと言い出さないでくださいよ」
「そこまでは言わない。それに勝てる相手だけだ。沈めずに持って帰る」
「その2つは必ず守ってください」
「分かっている。1隻目でやり方は覚えた」
翌30日、グレイミア号では食糧、水、火薬、砲弾の補充が始まった。帆と舷側の修理も進み、乗組員の多くは早くも次の航海を待っていた。
最初の航海では1隻を捕らえたところで英国へ戻ったが、次はそうする必要はなかった。




