第2話(中編)「沈めるな、奪え」 1777年4月15日~4月22日
拿捕隊が商船へ乗り移ってから30分ほどで、武装解除は終わった。砲撃戦ですでに勝敗が決していたため、相手の船長もそれ以上抵抗しなかった。
グレイミア号からエドワードとカートライトも小艇で移った。
近づくと戦闘の跡ははっきり見えた。帆には大きな穴が開き、切れた索具が垂れ下がっていた。甲板には砕けた木材が散らばり、帆柱にも砲弾の傷が残っていた。
それでも船腹に大きな損傷はなく、浸水している様子もなかった。
エドワードが縄梯子を上がると、甲板にはまだ火薬の匂いが残っていた。負傷した船員が船縁に座って手当てを受け、グレイミア号の拿捕隊はすでに武器庫と船長室を押さえていた。
カートライトは船体を一通り見て回った。
「悪くありません。帆と索具を直せば、自力で英国まで運べるでしょう」
「それなら値段も付くな」
「競売価格までは分かりませんぞ」
「まだ聞いていない」
「次に聞かれると思いましたので」
「ウェッブと話しているみたいになってきたな」
そこへ拿捕隊を指揮していた一等航海士が、船長室から書類を持ってきた。航海日誌、積荷目録、船の所有関係を示す書類などが揃っていた。
相手の船長も呼ばれた。40歳前後の男で、疲れた顔はしていたが、負傷はしていなかった。
カートライトは書類と照らし合わせながら尋ねた。
「船籍はボストンで間違いないな?」
「ああ」
「所有者は?」
「ボストンの商人2人だ」
「北アメリカから出て、アムステルダムへ向かっていた?」
「そうだ」
書類の内容とも一致していた。少なくとも書類上は反乱植民地側の商人が所有する船で、今回の私掠免許の対象と見てよさそうだった。
エドワードは積荷目録を覗き込んだ。
「何を積んでいる?」
「煙草、米、藍。それに毛皮が少しありますな」
「船倉も見たい」
「先に安全を確認します」
「分かった」
船内に火が残っていないことや、武器を持った船員が隠れていないことを確認してから、エドワードも船倉へ降りた。
薄暗い船倉には、木材と海水、煙草の葉が混じった匂いが満ちていた。樽や梱包された荷が船腹に沿って積まれ、航海中に崩れないよう縄と木材で固定されていた。
「船だけじゃなく、これも全部売れるんだな」
「戦利品として認められれば、ですが」
「その言葉にも慣れてきた」
「慣れてください。今後も必要になります」
エドワードは船倉を見回した。
「やはり沈めなくて正解だったな。帆と索具なら直せる」
「そこは最初から同じ考えです」
「次も、このくらいで降伏してくれれば助かる」
「それは向こうの船長次第でしょうな」
◇ ◇ ◇
捕らえた船を英国まで運ぶため、敵船員の大半はグレイミア号へ移され、捕虜として監視されることになった。拿捕船にはカートライトが選んだ乗組員を残し、切れた索具を交換させ、破れた帆を応急修理させた。
その作業を見ていた敵船長が、エドワードへ声をかけた。
「あんたが船主か?」
「そうだ」
「まだ若いな」
「20歳だ」
男は沖に浮かぶグレイミア号を見た。
「20歳であれを持っているのか」
「金を払えば造船所は造ってくれる」
「いくら払った?」
「捕虜に帳簿まで見せるつもりはないぞ」
「それもそうだ」
男は今度は自分の船を見回した。
「これで、この船はあんたの物か?」
「まだだ。英国へ持って帰って、合法な拿捕だと認めてもらう」
「随分律儀な私掠船だな」
「海賊扱いされたくないからな」
「俺たちから見れば大して変わらん」
「僕から見れば大違いだ。海賊なら船倉の煙草を勝手に売る。僕は英国へ持って帰って、正式に売って8割取る」
「8割?」
「残り2割は乗組員だ」
敵船長は、応急修理を続けている水夫たちへ目を向けた。
「なるほど。それであいつらは機嫌がいいのか」
「自分たちの取り分になる船を直しているからな」
敵船長は水夫たちをもう一度見たが、それ以上は何も言わなかった。
◇ ◇ ◇
4月16日の夕方までには、拿捕船は自力で航行できる状態になった。
食糧も火薬もまだ十分にあり、グレイミア号の損傷も軽かった。続けようと思えば、次の獲物を探すこともできた。
カートライトが海図を広げた。
「このまま西へ出ますか。それとも戻ります?」
「今回は戻る」
「もう1隻くらい探したがると思っていましたが」
「僕もそう思っていた。だが、まずこの1隻を最後まで片付ける」
エドワードは拿捕船の方へ目を向けた。
「捕らえるところまでは分かった。次は港へ入れて、戦利品として認めてもらい、売って、乗組員へ取り分を払う。最初の1回くらいは、そこまで自分で見ておきたい」
「分かりました。では英国へ戻しましょう」
「それに、初めての獲物を連れて帰るのも悪くない」
「やはり、そちらもありますか」
「もちろんだ」
2隻は東へ向かった。グレイミア号の後ろを、帆に砲弾の跡を残した商船がついてきた。
◇ ◇ ◇
4月18日には英国沿岸が見えた。
拿捕船を伴っているため、グレイミア号だけで航行する時ほど速度は出せなかったが、大きな問題は起きなかった。
戦闘で負傷したグレイミア号の水夫は3人で、死亡者はいなかった。1人は砕けた木片が腕へ刺さったものの骨には届かず、ほかの2人も軽傷だった。
エドワードが負傷者の様子を見に行くと、腕に包帯を巻いた水夫が先に尋ねてきた。
「船主、あの船はいくらくらいになります?」
「怪我より先に金の話か」
「取り分があるでしょう?」
「もちろんだ。砲撃に参加したんだから、怪我をして途中から働けなくても減らさない」
「では1万ポンドくらいになりますか?」
「まだ売ってもいないのに分かるか」
「2万は?」
「僕に聞くな。知りたいのは同じだ」
周囲にいた水夫たちが笑った。
「船主でも分からないんですか?」
「分かっていたら、昨日から何度も計算している」
再び笑いが起きた。
戦闘の緊張は薄れ、船内の話題は、後ろをついてくる商船がいくらになるのかということばかりになっていた。
◇ ◇ ◇
4月20日、グレイミア号は拿捕船を伴って港へ入った。
岸では2隻を見た人々が足を止めた。グレイミア号の後ろに続く見慣れない商船には、帆や索具に砲撃の跡が残っていた。
私掠免許を得て出航した船が、獲物を連れて戻ったことは一目で分かった。
港の役人が乗り込んでくると、カートライトは私掠免許と拿捕船から押収した書類を渡した。船籍、所有者、出航地、目的地、積荷、拿捕した場所と日時が確認され、敵船長からも事情を聞くことになった。
エドワードは横で見ていたが、口は出さなかった。
役人たちが船長室へ入ると、カートライトが言った。
「ここから先は私よりウェッブの方が役に立ちそうですな」
「もう知らせてある。船が着くころには動けるようにしてくれと頼んでおいた」
「それは早い」
「砲撃より長く待たされそうだからな」
エドワードは役人たちが持ち込んだ書類の束を見た。
船を捕らえる仕事は終わったが、まだ金を手にしたわけではなかった。




