第1話(後編)「免許が来た」 1777年4月1日~4月10日
4月に入ると、テムズ沿いにも春らしい日が増えた。朝晩の冷気は残っていたが、日中には厚い外套を脱いで荷を運ぶ人夫の姿が見られる。
グレイミア号では出航に備え、食糧と水、火薬、砲弾、予備の帆や索具、修理用の木材を積み込んでいた。
船尾で積載状況を確かめていたカートライトに、エドワードが声をかけた。
「水は今日中に積み終わるのか?」
「終わります。食糧も火薬も砲弾も揃っています。乗組員も命令を出せば集められます」
「船の方で、ほかに足りない物は?」
「私掠免許ですな」
「それは僕に言われても困る」
「ほかは揃ったということです」
カートライトが帳面を閉じると、エドワードは砲甲板へ目をやった。
「なら待つさ。ここまで来て無免許で船を奪い、海賊扱いされて全部失うほど馬鹿じゃない」
「意外に我慢強くなりましたな」
「不満があるのと、法律を破るのは別だ。3年かけてここまで来たんだぞ」
「その考えなら安心です」
グレイミア号は、私掠免許さえ届けば出航できる状態になっていた。
◇ ◇ ◇
数日後の午前、ウェッブの使いがグレイミア号へ駆け込んできた。
急ぎだと聞いたエドワードは理由を細かく尋ねず、すぐ馬車で事務所へ向かった。今の時期にウェッブが船まで使いを寄越す用件なら、見当はつく。
事務所へ入ると、机の前に見慣れない書類が1通置かれていた。
「来たのか?」
ウェッブは書類を差し出した。
「ご自分でお確かめください」
エドワードは机の前に立ったまま読み始めた。
反乱植民地側に属する船舶や財産を、定められた条件の下で拿捕することを認める内容である。待ち続けていた私掠免許だった。
最後まで確認してから、エドワードは尋ねた。
「グレイミア号で間違いないな?」
「そのために申請したのです。カートライト船長の名、9ポンド砲28門、乗組員名簿、必要な保証も処理済みです」
「僕が船で水樽を数えている間にか」
「役所とのやり取りまであなたに任せたら、船の方が止まるでしょう」
「それもそうだな。よくやった」
「珍しく素直ですな」
「褒められた時くらい黙って受け取れ」
「では、ありがたく」
エドワードは書類を畳んだ。
「今日出る」
「そこは予想どおりです。船は?」
「準備できている。人も呼べる。必要な物も積んである」
「本当に免許が届いた日に出るつもりだったのですな」
「そのために先に準備したんだ。もう待つ理由はない」
立ち上がったエドワードを、ウェッブが呼び止めた。
「出航前に戦利品分配の契約へ署名を取ります。条件を知らせないまま海へ出すわけにはいきません」
「書類を持って船へ来てくれ。そこで済ませる」
「私まで船へ?」
「海までは連れていかない」
「それなら参りましょう」
◇ ◇ ◇
午後には、グレイミア号の甲板へ乗組員が集まっていた。
食糧と水の積み込みはほぼ終わり、砲手は28門の砲を順に確認し、船大工も工具を確かめている。急な呼び出しだったが、甲板の様子を見れば、いつもの訓練ではないことは誰にでも分かった。
カートライトが私掠免許を手にして前へ出た。
「本日からグレイミア号は、正式な私掠免許の下で行動する。これまで訓練してきた通り、敵船を捕らえる仕事に入る」
乗組員の間から声が上がった。カートライトは静まるのを待ってから続けた。
「海で見つけた船を片端から襲ってよいわけではない。必ず相手を確認する。降伏した者を勝手に殺すことも、拿捕した船から個人で品物を持ち出すことも許さん。違反すれば処罰する」
続いてウェッブが、前もって決めていた分配条件を読み上げた。船主8割、乗組員2割で、給金は別払いとする。拿捕船へ移る者や死傷者についても、すでに決めた条件を適用する。内容を確認した者から署名を取っていった。
全員への説明が終わると、エドワードが前へ出た。
「今聞いた条件で契約する。給金はこれまでどおり払う。その上で戦利品の2割をお前たちへ渡し、8割は僕が取る。そこは譲らない」
何人かの水夫が顔を見合わせた。
「船も砲も火薬も僕が用意し、給金も修理費も払う。失敗した時の損は僕が引き受ける。その代わり、儲かった時には8割をもらう」
エドワードは乗組員を見渡した。
「ただし、お前たちの2割も後から削らない。分配対象が10万ポンドなら、2万ポンドは必ずお前たちに回す。実際の金額を見てから条件を変えるつもりはない」
「拿捕した船から勝手に品物を取るな。僕たちは海賊として出るんじゃない。法で認められた相手を、認められたやり方で捕らえる」
「敵船を沈めれば売る船がなくなる。こちらの死人を増やせば、次の船を捕まえる人間も減る。勇敢だと見せるために死ぬ必要はない。船を捕らえ、英国まで運び、自分の取り分を受け取るところまでが仕事だ。生きて帰れ」
甲板から一斉に応答が上がった。
後方にいた水夫が声を張った。
「何隻捕まえるんです!」
「まず1隻だ。2隻目は、最初の1隻を持って帰れると分かってから考える!」
乗組員から笑いと歓声が起きた。
隣のカートライトが言った。
「元日より慎重になりましたな」
「お前が10隻はやめろと言ったんだろう」
「覚えていてくださったとは」
「ただし1隻目から安い船を狙う気はないぞ」
「そこまで止めるつもりはありません」
署名を終えた乗組員は、それぞれの持ち場へ散った。係留索が外され、マストでは帆を広げる準備が進む。カートライトは船尾から川の流れと周囲の船を見ながら指示を出していた。
岸へ戻ろうとするウェッブに、エドワードが声をかけた。
「留守中の商会は任せる」
「いつものことでしょう」
「帰るまでに金を増やしておいてくれ。僕も海で増やしてくる」
「競争する気ですか」
「どちらが多く増やせるか試そう」
「結構です。ただし帰ってきてください。沈んだら私の不戦勝になります」
「それは癪だ。必ず戻る」
ウェッブが岸へ降りると、グレイミア号は桟橋を離れた。帆が風を受け、約650トンの船体がテムズをゆっくり下り始める。倉庫や造船所、岸で働く人夫の姿が次第に遠ざかっていった。
「海へ出たら、どちらへ向かいます?」
船尾にいたカートライトが尋ねた。
「まず敵船を探す。その中から、僕らで捕まえられて、できるだけ高く売れそうな船を選ぼう」
「それなら異存はありません」
グレイミア号はさらに帆を張り、河口の先へ向かった。




