第8話(中編)「売れない荷を買う」 1775年5月6日~5月28日
5月6日。
ウェッブが集めた報告を見ると、北アメリカ向けの商品を扱っていた商人や製造業者の中には、新しい注文が減り、すでに作った品を倉庫へ積んだままにしている者がいた。
商品を保管すれば倉庫代がかかり、職人の給金や原材料の代金、手形の支払いも来る。資金に余裕があれば相場が戻るまで待てるが、誰もが待てるわけではない。
エドワードが狙ったのは、粗悪な商品ではなく、持ち主が現金を急いでいる商品だった。
最初に訪れた倉庫には、粗い毛織物と毛布が大量に積まれていた。
商人は1万2,000ポンドを求めた。
「8,000」
エドワードが答えると、相手はすぐに顔をしかめた。
「話になりません」
「なら、ここへ置いておけばいいでしょう」
「品質はご覧になったはずです」
「悪くない。だから買いに来た。ただ、今は買い手がいない」
エドワードは倉庫の奥まで積まれた荷を見た。
「アメリカへ送れず、国内だけで捌くには量が多い。このままなら倉庫代が増えます。来月には支払いもあるでしょう」
「どこで聞いた」
「それを教えたら、こちらが情報料をもらいたいくらいです」
商人も価格を下げ、9,500ポンドを提示した。
「8,300。今2,000ポンドを払い、残りは60日後にします」
「全部現金ではないのか」
「全部を今払うなら7,500です」
商人は考えた末、8,500ポンドまで下げた。
「買います」
契約は成立した。
エドワードがその場で支払ったのは2,000ポンドで、残る6,500ポンドは60日後の支払いとなった。
それからもウェッブが商人の支払い事情を調べ、エドワードが商品の品質と売却先を確かめながら買い進めた。毛織物や毛布のほか、靴、革製品、帆布、釘、工具、斧、シャベルなど、ほかの地域でも需要を見込める物を選んだ。
戦争だけに使う特殊な品には手を出さなかった。
和解すればアメリカへ送ればよく、貿易が戻らなくても西インド諸島、ヨーロッパ、国内で売る道がある。
5月15日までに契約した商品は、仕入れ額で7万8,000ポンドに達した。実際に先払いした現金は1万8,000ポンドで、残り約6万ポンドは60日から90日後に支払う条件である。
通常の相場なら12万ポンド前後になる量だった。
ウェッブは積み上がった契約書を見た。
「現金3万ポンドだった方が、7万8,000ポンド分買いましたな」
「まだ足りない」
「何がです?」
「運ぶ船だ」
◇ ◇ ◇
船主との交渉にはカートライトを呼んだ。
海賊討伐から戻って以来、しばらく陸で暮らしていたカートライトは、ウェッブの事務所で説明を聞くなり尋ねた。
「何隻お買いになったのです」
「買っていない」
「それなら安心しました」
「18隻借りる」
カートライトは黙ってエドワードを見た。
「何か言ってくれ」
「買うより面倒なことを始めたと思っております」
「必要な時だけ使えばいい」
「船主がそんな都合のいい話を受けますか」
「仕事が減っているなら話は違う。半年間の最低保証を払って、使う時の船賃も先に決める。僕が使わない間は別の仕事をして構わない。その代わり、呼んだ時には契約した日数以内に戻してもらう」
条件を聞いたカートライトは考え込んだ。
「船そのものではなく、優先して借りる権利を買うわけですな」
「そういうことだ」
「嫌がる船主も多いでしょう」
「その時は別の船を探す」
「それを18隻分ですか」
「最初はな」
「その言葉は聞きたくありませんな」
そう言いながら、カートライトは仕事を引き受けた。
アメリカとの商売が不安定になったことで、仕事の減った船は実際にあった。半年間に一定の収入が保証され、使われない時には別の仕事もできるなら、船主にも利点がある。
ただし、エドワードは契約を急いでも船の点検だけは急がせなかった。
「沈むような船はいらない」
「船主も沈めるために貸すわけではありません」
「僕の荷を積んでから沈まれたら困る」
「その点は私が見ます」
5月22日までに、18隻の商船について優先用船契約がまとまった。合計の船腹は4,000トンを超える。保証金と手数料として先に支払ったのは約7,000ポンドだった。
これで、エドワードの手元ですぐ使える現金は約5,000ポンドとなった。
ウェッブは帳簿を見ながら言った。
「ずいぶん減りましたな」
「現金はな」
「60日後には商品代金の支払いも来ます」
「それまでに売る」
「売れなければ?」
「売る場所を変える。毛布も靴も工具も、アメリカだけで使う物じゃない」
戦争にならなかったからといって、すべてを失う取引ではない。それがエドワードの最低条件だった。
◇ ◇ ◇
5月24日の夕食時、キャサリンが弟に尋ねた。
「最近、毎朝どこへ出かけているの?」
「倉庫です」
「炭坑の次は倉庫?」
「ロンドンなので、靴はあまり泥だらけになりません」
「そういう心配をしているのではないわ」
向かいにいたヘンリーが笑った。
「聞かない方がいいぞ」
「あなたは知っているの?」
「いや。だが、朝から倉庫へ通っている弟の話なら、たいてい普通では終わらん」
キャサリンは弟へ向き直った。
「何をしたの?」
「船を借りました」
「何隻?」
「18隻です」
「18?」
「買ったわけではありません」
「18隻も買っていたら、今から母を呼ぶところよ」
「だから借りただけです」
「何のために?」
「荷物を運ぶためです」
「どこへ?」
「それはまだ決めていません」
キャサリンは夫へ向き直った。
「ヘンリー。止めて」
「買ったわけではないし、今のところ止める理由もない」
「あなたまで同じことを言わないで」
ヘンリーはワインを一口飲むと、エドワードへ尋ねた。
「何を狙っている」
「今、安くなっている商品を買っています」
「アメリカ向けだな」
「はい」
「向こうと和解したら?」
「そのままアメリカへ送ります」
「和解しなければ、別の買い手が出ると考えているのか」
「そうです」
ヘンリーはそこで話の意味を理解した。
「軍か」
「そうなる可能性もあります」
キャサリンは弟を見た。
「また海へ行くつもり?」
「今は行きません。まず商売です」
レキシントンとコンコードで銃撃が起きてから、すでに1か月以上が過ぎていた。
しかしロンドンでは、まだ確かな知らせを待っていた。
◇ ◇ ◇
5月28日の日曜日、エドワードは午前中をレイヴンズクロフト邸で過ごした。
翌日にはまたウェッブと会い、追加の買い付けを進める予定だった。




