第6話(後編)「10万ポンド」 1774年12月11日~1775年1月31日
12月11日。
海賊の根拠地を押さえてから2週間が過ぎた。
捕獲した3隻には、入り江の倉庫から運び出した商品が積まれている。金貨や銀貨、宝石などは警備しやすいようハンター号へまとめた。
捕らえた海賊は、途中で立ち寄ったイギリス領の港で当局へ引き渡した。エドワードが今やるべきことは、ハンター号と3隻の捕獲船をロンドンまで無事に連れて帰ることだった。
捕獲船を動かす人員が足りないため、王室の費用で現地の水夫を追加雇用し、それぞれに航海できる人数を配置した。
出航すると、ハンター号の後ろへ3隻が続いた。
船尾から後続船を確認していたカートライトが言った。
「帰りは4隻ですな」
「まだ僕の船ではありませんよ」
「売れば8割はあなたへ入ります」
「売れれば、です」
「では、全部まとめてロンドンまで連れて帰りましょう」
「お願いします。ここで1隻減らしたくありません」
◇ ◇ ◇
12月の大西洋では、天候が何度も崩れた。
冷たい雨が甲板を叩き、強い風を受けて帆が鳴る。ハンター号だけなら速度を上げられる時でも、捕獲船は同じようには走れない。3隻を置き去りにしないよう、全体の速力と進路を合わせる必要があった。
エドワードは以前より自分で海図を見るようになっていたが、判断に迷えばカートライトへ聞いた。
「北へ上げるのと、このまま東へ進むのでは、どちらが安全です?」
カートライトは後続船と風向きを確かめた。
「今なら東でしょう。北へ向けると後ろの2隻が帆を減らすことになり、さらに遅れます」
「では東へ行きましょう」
海賊船を捕らえたからといって、航海の経験までカートライトを追い越したわけではない。自分で考えたうえで分からないことを聞く方が、4隻を無事に帰すには確実だった。
12月31日は風が弱まり、比較的穏やかな夜になった。日付が変わるころ、起きていた水夫たちは甲板で少量の酒を分けた。
翌朝、エドワードは18歳になった。
朝食の席でカートライトが言った。
「お誕生日だそうですな」
「誰から聞いたのです?」
「船員名簿がありますから」
「船の上では隠せませんね」
「去年は何をしていました?」
エドワードは少し考えた。
「父上に1万5,000ポンドほど借金があると知った日です」
カートライトはパンを手にしたまま顔を上げた。
「それは祝う気になりにくい誕生日ですな」
「当時は、自分で使える金さえほとんど持っていませんでした」
カートライトは船尾の方へ目を向けた。
「今は後ろに3隻います」
「売るまでは、いくらになるか分かりませんよ」
「そこは相変わらず商人ですな」
「船長も続けています」
18歳になった最初の日も、エドワードは4隻の船とともに大西洋を東へ進んだ。
◇ ◇ ◇
1775年1月19日、見張りがイングランドの陸地を確認した。
灰色の冬空の下に陸影が見え、後方には捕獲船3隻も揃っている。
1月22日、ハンター号は3隻を従えてテムズへ入った。
国王の命令で海賊討伐へ出た17歳の男爵家の跡取りが、18歳になって海賊船3隻を連れて戻ってきた。その話は港でもすぐに広まり、係留作業が始まるころには岸から捕獲船を眺める者も増えていた。
ウェッブも港へ来たが、最初に見たのはエドワードではなく後ろの3隻だった。
「全部、海賊船ですか」
「そうです」
「中身も持ち帰った?」
「倉庫から運べる物は持ってきました」
ウェッブは次々に陸揚げされる樽や木箱を眺めた。
「いくらになると思います?」
「売ってから聞いてください」
「予想もしない?」
「船や宝石まで混じっています。今ここで数字を言っても意味がないでしょう」
「随分慎重になりましたな」
「外して笑われたくないだけです」
◇ ◇ ◇
その日の夕方、エドワードはセント・ジェームズ宮殿へ出向き、ジョージ3世へ帰還を報告した。
国王が最初に尋ねたのは戦利品の額ではなかった。
「海賊はどうした」
「海上で1隻を捕らえ、そこから根拠地を聞き出しました。入り江を攻めてさらに2隻を捕獲し、根拠地も制圧しました」
「逃げた者は?」
「小舟で島を離れた者までは捕らえていません。ただ、商船を襲っていた集団は船と根拠地を失いました」
「こちらの損害は?」
エドワードは戦死者と負傷者について報告した。
ジョージ3世は役人へ向き直った。
「戦死した者の遺族への支払いを遅らせるな。負傷者の治療費も必要なだけ出せ」
役人が承知すると、エドワードも付け加えた。
「負傷者にはすでに治療を受けさせています」
「それでよい」
そこで国王は初めて捕獲財産について尋ねた。
「それで、いくら持ち帰った」
「まだ分かりません。金貨や銀貨だけなら数えられますが、船、商品、宝石まで含まれています。売却が終わらないと総額は出せません」
「王室の取り分はないぞ」
「承知しております」
「そなたの8割と、乗組員の2割だ。余に報告する必要もない」
「それでも、自分がいくら稼いだかは知りたいので」
ジョージ3世は笑った。
「そこは最初に会った時から変わらんな」
◇ ◇ ◇
帰国後の1週間で、捕獲した財産の処分が進められた。
砂糖、コーヒー、染料、酒、布、金属製品、船具、武器などは、それぞれを扱う商人へ売却し、捕獲した3隻にも買い手を付けた。金銀や宝石、銀器についても必要な確認と鑑定を済ませ、売却額をウェッブの事務所でまとめていった。
エドワードは途中の合計を聞かなかった。
1月31日、朝から雪が降る中、ウェッブの事務所へ向かった。
室内では暖炉に石炭が燃え、机の上には1枚の計算書が置かれていた。
「全部終わりました」
ウェッブが紙を示した。
「いくらです?」
「ご自分でどうぞ」
エドワードは計算書を手に取った。
3隻の船と装備、入り江から運び出した商品、金銀、宝石、銀器、武器などを処分した結果、捕獲財産の正味総額は12万5,000ポンドになっていた。
「12万5,000ポンド?」
「間違いありません。書記にも何度か計算させています」
取り決めどおり、20%に当たる2万5,000ポンドは乗組員へ分配される。残る80%、ちょうど10万ポンドがエドワードの取り分だった。
エドワードは紙に目を落としたまま、しばらく何も言わなかった。
ウェッブが尋ねた。
「どうしました?」
「足しています」
「まだ計算するのですか」
「ヴェンチャー号を王室へ1,500ポンドで売りました。帰国時に持っていた現金が約3,460ポンドですから、今回の10万ポンドを加えると……」
エドワードは計算書の余白へ数字を書いた。
「10万4,960ポンドです」
ウェッブは椅子の背へもたれた。
「去年の1月には、いくら持っていました?」
「25ポンドです」
「それが1年で10万4,960ポンド?」
「そうなります」
「数字だけ聞けば、どこかで桁を間違えたとしか思えませんな」
エドワードは笑ったが、視線は計算書へ戻った。
父の借金は約1万5,000ポンドである。今ならすべて返しても、手元には十分な金が残る。4月に書いた5万ポンドという目標も、いつの間にか通過していた。
ウェッブが尋ねた。
「これで少しは休みますか」
「まだ決めていません」
「10万ポンドを得た直後の答えとは思えませんな」
「北アメリカの対立も続いています。戦争になれば、また金の動き方が変わるでしょう」
「戦争になるまで休むという選択肢は?」
「それはありません」
ウェッブは呆れた顔をした。
「10万ポンドあれば、普通なら一生暮らせますよ」
「僕はまだ18歳です」
「そこが一番困るところですな」
その夜、レイヴンズクロフト邸へ戻ったエドワードは革表紙の帳面を開き、4,960ポンドの次へ10万4,960ポンドと記した。4月に書いた5万ポンドには線を引いたが、その下に新しい目標額を書くことはせず、そのまま帳面を閉じた。




