第6話(中編)「海賊を追う船」 1774年10月7日~12月10日
ハンター号は大西洋へ出ると、航海と並行して砲撃訓練を続けた。
商船だったヴェンチャー号とは違い、ハンター号には6ポンド砲が16門ある。砲を撃つだけなら人数を集めればよいが、実戦では帆を扱って船を動かしながら砲撃しなければならない。片舷の砲員へ人を集めすぎれば操船に必要な水夫が不足するため、カートライトと砲術経験者が役割を決め、繰り返し動きを確かめた。
エドワードも装填や砲の扱いを覚えた。火薬を運び、砲身を清掃し、装填した砲を砲門へ出すまで、一つ手順を間違えれば敵に撃たれる以前に事故を起こす。
実弾を使った訓練の後、甲板には火薬の焦げた匂いが残り、砲煙が風に流れていた。
カートライトがエドワードへ言った。
「商船に乗っていた時とは、随分違うでしょう」
「音だけでも金がかかっているのが分かります」
「今回は陛下がお払いになります」
「だからといって無駄撃ちはしません。ただ、必要な訓練まで惜しむ理由もありませんね」
「それなら結構です」
出航から1か月ほどで、砲員も水夫もハンター号での動きに慣れていった。
◇ ◇ ◇
11月8日、ハンター号はバルバドスへ入港した。
エドワードは国王の命令書を示し、海賊被害について情報を集めた。商人だけでなく、襲撃された船の船長、生還した水夫、不審な船を見た者からも話を聞き、襲撃された日時と場所、相手の船の数や帆装、現れた方向と逃げた方向を海図へ書き込んでいった。
聞き取りには3日かかった。
机いっぱいに広げた海図を見て、カートライトが尋ねた。
「すぐ海へ出ると思っていました」
「大西洋を端から探すより、海賊がどこへ戻るのか絞った方が早いでしょう」
被害の場所を並べてみると、無差別に船を襲っているわけではなかった。本国へ戻る途中の、積荷を多く積んだ商船が狙われている。また、襲撃後の船が同じ方向へ去ったという証言もいくつかあった。
エドワードは海図の一角を指した。
「この辺りへ戻っている可能性があります」
カートライトが位置を確かめた。
「島が多いですな」
「船を隠す場所には困りません。それに、奪った荷を積んだまま何か月も海を走り続けるより、荷を下ろして船を直し、水と食糧を補給する場所を持っていると考えた方が自然です」
「根拠地を探すわけですか」
「その方が、海の上で1隻ずつ探すより効率がいいでしょう」
「外れたら?」
「その時は場所を変えて探します。せっかく3日かけて話を聞いたのですから、まずここを確かめましょう」
◇ ◇ ◇
11月14日、ハンター号はバルバドスを離れた。
砲門を閉じたまま航海すれば、遠くからは大きめの商船に見える。船倉には売り物をほとんど積んでいないが、外からそれを知ることはできない。
4日後の午前、見張りが細身のスクーナーを発見した。
相手はすぐには近づかなかったが、こちらの進路を見ながら徐々に距離を詰めてきた。カートライトが望遠鏡で確かめた。
「こちらを見ています」
「少し逃げたら追いますか」
「獲物だと思えば」
「では、そうしましょう」
ハンター号は進路を変えたが、本来の速力は出さなかった。追いつけそうだと思わせる距離を保ったまま進み、相手の動きを見る。
昼を過ぎてもスクーナーは追跡を続けた。
やがて砲声が響き、ハンター号の船尾後方に水柱が立った。停船を求める警告射撃だった。
エドワードは砲員へまだ撃たないよう伝えた。
スクーナーはさらに近づき、甲板には武器を持った男たちが集まっている。2発目の砲弾が船尾近くを通過したところで、カートライトが両船の距離を確かめた。
「ここまで寄せれば十分でしょう」
「右へ回します」
ハンター号が舵を切るのと同時に、閉じていた砲門が開いた。
追っていた側も異変に気付いた。スクーナーの甲板で男たちが走り始めたが、すでに近づきすぎている。
船が横を向き、右舷の8門が敵船を捉えた。
「撃て!」
砲声が続けて響き、白い煙が舷側を覆った。
砲弾を受けたスクーナーでは帆柱の一部が砕け、落ちた帆と索具が甲板へ垂れた。相手も砲撃を返したが、ハンター号は距離を保って再び右舷から撃ち、今度は何発もの砲弾が船腹へ入った。
やがてスクーナーの旗が下ろされた。
「降伏です」
カートライトの報告を受け、エドワードは砲撃を止めさせた。
煙の向こうには、砕けた木材と切れた索具が散らばり、甲板には倒れた者も見える。訓練では砲弾の先に人はいなかったが、実戦では自分が撃てと命じれば相手が傷つく。
それでも、降伏した相手へ砲撃を続ける理由はない。
「乗り込みます。武器を捨てさせて、船内を調べましょう」
カートライトが尋ねた。
「ご自分でも行きますか」
「今回は行きます。海賊がどこから来たのか聞きたい」
武装した水夫を率いてスクーナーへ移ると、海賊たちを武装解除し、負傷者を含めて甲板へ集めた。
船内からは金貨や銀貨の箱、砂糖、酒、布、金属製品などが見つかった。しかしエドワードが知りたかったのは、目の前の積荷の値段ではない。
捕虜を別々にして話を聞いた。
最初の2人は何も話さなかったが、3人目に国王の命令書を見せ、この後はイギリス側の当局へ引き渡すと告げると、ようやく根拠地の場所を話した。
小さな島の入り江を使い、奪った商品をそこへ集めているという。仲間の船も残っていた。
夕方、エドワードはカートライトへ聞いた。
「場所は分かりました。行けますか」
「話が本当なら行けます。ただ、待ち伏せされる可能性は考えておいた方がいいでしょう」
「もちろんです。近づく前に様子を見ます」
「ここまで来て帰るとは言わないのですな」
「場所を聞くために捕まえたのですから」
捕獲したスクーナーには航行に必要な人員を移し、ハンター号の後ろに付かせた。
◇ ◇ ◇
11月25日、海賊から聞いた島を遠くに確認した。
ハンター号はそのまま入り江へ向かわず、沖へ離れて日没を待った。カートライトが海図と実際の島影を見比べた。
「入り江は1つです。大型船が通れる水路も狭い」
「中の船は?」
「少なくとも2隻。大きい方には10門以上の砲がありそうです」
昼間から入り込めば、こちらの接近を見ながら海賊側も準備できる。火力で勝てたとしても、激しく撃ち合えばハンター号の乗組員に死傷者が増え、捕らえる船や倉庫の財産まで壊しかねない。
「真夜中には入りません。暗いうちに入口へ近づき、夜明けと同時に入ります」
エドワードの案を聞き、カートライトは風向きを確認した。
「今の風が続けばできます」
「まず大きい方を動けなくします」
「その間にもう1隻が逃げたら?」
「追えるなら追います。ただ、根拠地を放り出してまで1隻を追うつもりはありません」
「全部取ると言うかと思いました」
「全部欲しいですよ。だから1隻に釣られないんです」
カートライトは笑った。
「分かりました」
◇ ◇ ◇
11月26日の夜明け前、ハンター号は帆を減らして島へ近づいた。
入り江の奥には2隻の船影があり、岸には倉庫らしい建物も見える。砲員はすでに持ち場へ入り、16門すべての装填を終えていた。
東の空が白み始めたころ、入り江の奥で鐘が鳴った。
発見されたらしい。
カートライトが帆を増やすよう命じ、ハンター号は速度を上げた。海賊船の甲板にも人が現れ、大きい方の船では錨を上げ始めている。
「右舷砲、用意!」
距離が縮まる途中で、海賊船の方が先に撃った。
砲弾の1発が帆を突き抜け、別の1発は舷側近くの海へ落ちた。エドワードはまだ撃たせず、砲門の位置まで見分けられる距離まで近づいた。
「撃て!」
右舷の8門が一斉に火を噴いた。
入り江に砲声が反響し、煙の向こうで海賊船の舷側から木片が飛んだ。ハンター号はそのまま相手の船首側へ回り込み、反対舷を向ける。
「左舷、撃て!」
今度は左舷の8門が砲撃し、海賊船の前部と帆柱を傷めた。大きい方はそれ以上まともに動けなくなった。
もう1隻は、その間に入り江の出口へ向かっていた。
「船長、もう1隻が逃げます!」
「先にこの船と岸を押さえます。追跡は後です」
「このままなら出ます!」
「根拠地を空にして追えば、こちらが何を取りに来たのか分からなくなる!」
ハンター号は動けなくなった海賊船へ近づいた。海賊側からはまだ小銃が撃たれていたが、こちらも水夫たちが撃ち返し、間もなく相手の旗が下りた。
その時、入り江から逃げようとしていたもう1隻が、水路を外れて浅瀬へ乗り上げた。
カートライトがそれを見た。
「向こうから残ってくれましたな」
「助かりました。上陸しましょう」
2隻の船を失った海賊たちは長く抵抗せず、昼までには入り江と建物を押さえることができた。ハンター号側にも戦死者と負傷者が出たが、船の航行に支障が出るほどの損害ではなかった。負傷者には手当てを受けさせ、残る者で捕獲船と根拠地の確認を続けた。
倉庫は3棟あった。
最初の倉庫には砂糖、コーヒー、染料、酒、布が積まれ、別の倉庫には金属製品、工具、銃、火薬、船具が入っていた。最後の倉庫では、金貨と銀貨を詰めた箱のほか、銀器や宝石まで見つかった。
カートライトが銀貨の詰まった箱を持ち上げようとし、重さに負けて床へ戻した。
「これは重いですな」
エドワードは箱から銀貨を1枚取った。
「いくらあると思います?」
「私に金勘定を聞かないでください」
「船乗りでしょう」
「だから金勘定は船長へお任せします」
「半年間、よく僕の言い方を覚えましたね」
「毎日のように聞いておりますから」
エドワードは笑った。
金銀だけでも、その場で数え切れる量ではなかった。さらに倉庫の商品と捕獲した船がある。
「全部運びます」
カートライトが倉庫を見回した。
「3隻あっても、一度に全部積めるとは限りませんよ」
「まず積めるだけ積みましょう。残ればもう一度運べばいい」
「分かりました」
捕獲船の修理と倉庫からの搬出が始まった。
エドワードは金額を予想しなかった。船も商品も金銀も、ロンドンまで無事に持ち帰って初めて値段を確かめられる。




