第4話(後編)「2人の求婚者」 1799年5月21日~5月31日
5月22日、アルバニーの教会では、西部の開拓地を支援する慈善行事が開かれていた。
アシュフォード司祭の呼びかけに応じ、町の商人やその家族が寄付を持ち寄っていた。今回は衣類や書物だけでなく、遠くの開拓地へ運ぶための費用も集めている。
エレノアは婦人たちとともに寄付された品物を整理し、送り先ごとに記録をつけていた。イーサンもアンと一緒に参加し、木箱を運ぶ仕事を手伝った。
「マーサーさん、ありがとうございます。今日は荷物が多いので、本当に助かります」
「これくらいなら、いくらでも運べますよ。ずいぶん寄付が集まったんですね」
「ええ。ただ、向こうの牧師さんたちからは、物を送るだけでなく、教える人も必要だという手紙が届いているんです。子供だけでなく、大人にも読み書きを覚えたい人がいるそうです」
エレノアは寄付された本の一覧を見せた。
同じ種類の本が何冊も集まる一方、初めて文字を覚える子供のための教科書は不足していた。
「送る本の種類も考えなければいけませんね。向こうの人たちに必要な本を選べば、運送費も無駄にならないでしょう」
「私もそう思います。父から送り先へ手紙を書いてもらうつもりです」
そこへヘンリー・ハリントンがやってきた。
「エレノア、頼まれていた荷物の運送について、父に相談してきたよ。フィラデルフィアまでなら、うちの商会で引き受けられそうだ」
「ありがとうございます。これで集まったお金を、もっと本を買うために使えますね」
「その先の運送についても、父の取引先に相談してみるよ。荷物の量と送り先を知らせてくれれば、費用を調べられると思う」
ヘンリーはイーサンにも挨拶した。
「マーサー君も手伝いに来ていたんだね。先日の音楽会以来だな」
「ええ。今日は姉と一緒に来ました。ハリントンさんの商会は、フィラデルフィアまで荷物を運んでいるんですね」
「主にハドソン川の運送を扱っているが、ほかの商会とも取引があるんだ。今回は父の知り合いにも協力してもらえそうだよ」
イーサンは運送費の見積もりについて尋ね、ヘンリーも商会で扱う荷物の種類や運賃について説明した。
2人は商売の話では気が合った。ヘンリーには実務経験があり、イーサンには蒸気船の開発で得た知識がある。互いに知らないことも多く、話は自然と弾んだ。
エレノアは2人が楽しそうに話しているのを見て、安心した様子だった。
◇ ◇ ◇
慈善行事が終わり、参加者たちが帰り始めたころ、ヘンリーはイーサンを誘い、教会近くの広場へ向かった。
「君とは一度、ゆっくり話してみたいと思っていたんだ。蒸気船の仕事が成功したのも、大したものだと思っているよ」
「ありがとうございます。ハリントンさんの商会も、ずいぶん手広く仕事をされているようですね」
「父が長年かけて築いてきた商売だからね。私はまだ覚えることが多いよ。ところで、君はエレノアとも親しくなったようだね」
「ええ。先日、一緒に散歩しました。読書や旅行の話ができて、楽しかったですよ」
ヘンリーは広場を横切る馬車を避け、道の端へ寄った。
「彼女とは子供のころからの付き合いなんだ。昔から本が好きで、教会の仕事にも熱心だった。最近は西部へ送る本のことで、よく相談を受けているよ」
「今日も運送の手配をされていましたね。あれだけの荷物を送るとなれば、商会の協力が必要になると思います」
「彼女の役に立てるなら、私も嬉しいんだ」
ヘンリーの言葉には、長年親しくしてきた相手への好意が感じられた。イーサンもそれには気付いたが、あえて尋ねることはしなかった。
ヘンリーもそれ以上は踏み込まず、話題を商売へ戻した。
2人はしばらく歩いてから別れた。
イーサンは、ヘンリーが誠実で、仕事にも熱心な青年だと感じていた。エレノアが彼と親しくしていることにも納得できる。
しかし、だからといって自分が交際をやめる理由にはならなかった。
エレノアと会うたびに、彼女への関心は強くなっている。今後も会い、お互いのことをもっと知りたいと思っていた。
◇ ◇ ◇
5月26日、フィラデルフィアの法律家から、西部の道路に関する新たな資料が届いた。
古い測量記録には、ハーディングが取得しようとしている運搬路とは別に、川沿いの高台へ通じる経路が記されていた。
ただし、その道が現在も利用できる状態なのかは分からない。森林に覆われている可能性もあり、橋を造らなければ通れない場所もあるだろう。
イーサンは図面を確かめ、以前から測量士に調べさせている場所と照合した。
新しい経路は、既存の道より多少遠回りになる。しかし、高台を通る部分が多ければ、雨や増水の影響を受けにくい可能性がある。
ダニエルにも資料を見せると、義兄は興味を示した。
「これなら、ハーディングの土地を通らなくても川へ出られるかもしれないな」
「そうだね。ただ、図面だけでは判断できないよ。実際に調べてもらって、工事の費用を見積もる必要があるんだ」
「お前も早く現地へ行った方がいいんじゃないか」
「現地の調査は測量士に任せているから、まず報告を待つよ。僕が行ったところで、測量士の仕事までできるわけではないからね」
「それに、今はアルバニーで済ませたいこともあるんだろう」
ダニエルはエレノアのことを考えているらしかった。
「そうだね。彼女とは、これからも会いたいと思っているんだ」
「なるほど。お前も仕事ばかりではなくなったわけだな」
イーサンは笑った。
西部へ向かうことは以前から決めている。しかし、今すぐ出発する必要はない。現地調査の結果を待ちながら、こちらでできる準備を進めればよかった。
◇ ◇ ◇
5月29日、イーサンはアシュフォード司祭の家を訪れた。
司祭は青年を書斎へ招き、椅子を勧めた。
「マーサー君、今日は何か相談があるそうだね」
「はい。エレノアさんとの交際について、お話ししたいと思って伺いました」
司祭は青年の顔を見た。
「娘とは何度か会っているようだね。最近は君の話をすることも多くなったよ」
「僕も彼女と話すのが楽しいんです。読書や音楽のことだけでなく、いろいろな考えを聞かせていただきました。これからも真剣にお付き合いしたいと思っています」
「なるほど。君は娘との結婚も考えているのかな」
「将来について考える相手だと思っています。ただ、まだ知り合ってから日が浅いので、今すぐ結婚を申し込むつもりではありません。まず、お互いの気持ちを確かめていきたいんです」
司祭はしばらく考えた。
「君が仕事で成功していることは知っている。しかし、娘のこととなると、財産の多さだけで判断するわけにはいかない。君は西部へ行くつもりだそうだね」
「ええ。いずれは現地へ向かい、開拓事業を始めるつもりです」
「あちらはまだ不便な土地だ。病気になっても、すぐに医者に診てもらえるとは限らない。娘がそういう場所で暮らすことになれば、父親としては心配だよ」
「おっしゃるとおりです。僕も現地の事情を十分に調べてから、生活できる場所を確保するつもりです。それに、結婚することになれば、僕の希望だけで住む場所を決めるつもりはありません」
「それを聞いて安心したよ。ただ、娘はまだ18歳だ。私は本人が望まない結婚をさせるつもりはないし、君にもそのことは理解してほしい」
「もちろんです。僕も彼女自身の気持ちを大切にしたいと思っています」
司祭は青年の答えを聞き、表情を和らげた。
「それなら、これからも娘と会ってくれて構わない。君がどういう人物なのか、娘にも時間をかけて知ってもらえばいいだろう」
「ありがとうございます」
イーサンは礼を述べ、書斎を出た。
廊下ではエレノアが待っていた。
「マーサーさん。父とのお話は終わりましたか」
「ええ。これからもエレノアさんとお会いしたいと、司祭にお話ししてきました」
エレノアは嬉しそうに微笑んだ。
「それなら、また一緒に散歩へ行けますね。今度は私の好きな本について、もっとお話ししたいです」
「喜んで。僕が読んだことのない本も、ぜひ教えてください」
「何冊か選んでおきますね。読むのが大変かもしれませんよ」
「大丈夫です。エレノアさんとお話しするためなら、時間を作って読みますから」
2人は笑い合い、次に会う日を相談した。
◇ ◇ ◇
5月31日、イーサンはカーター家の書斎で、仕事の資料を整理していた。
西部の道路問題はまだ解決していない。しかし、法律家が古い記録を調べ、測量士も現地へ向かっている。報告が届けば、開拓事業の計画をさらに具体的に進められるはずだった。
その日の午後、アンが書斎へやってきた。
「イーサン、最近はずいぶん楽しそうね。エレノアさんとは、また会う約束をしたのでしょう」
「うん。来週も会うつもりだよ。今度は彼女が好きな本を貸してくれるそうなんだ」
「それはよかったわ。でも、ヘンリーさんもエレノアさんを気に入っているようね。あなたものんびりしていられないんじゃないかしら」
「そうかもしれないね。でも、だからといって僕が遠慮する必要はないでしょう」
「それはそうよ。ただ、あなたは仕事では大胆なのに、恋愛のことになると慎重なのね」
「彼女のことをもっと知りたいんだ。これからも会っていくうちに、お互いの気持ちも分かってくると思うよ」
アンは弟の返事を聞き、それ以上は急かさなかった。
イーサンは机の上の地図を片付け、書棚へ向かった。
西部の開拓事業には、まだ多くの問題が残っている。それでも、今は仕事のことばかり考えているわけではなかった。
エレノアと会う時間が、いつの間にか毎週の楽しみになっていた。




