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25ポンドから始めるジョージア朝成り上がり 男爵家の跡取りは金と情報で大英帝国を駆け上がる  作者: ひまえび
第二部・第五章――「自由には値段がある」

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第4話(中編)「川辺の散歩」 1799年5月11日~5月20日

 5月11日、アルバニーは朝からよく晴れていた。ハドソン川には春の日差しが降り注ぎ、川沿いの道では散歩を楽しむ人々の姿が見られた。冬の間は葉を落としていた木々にも若葉が茂り、庭先では花が咲き始めている。


 イーサンは約束の時間より少し早く、アシュフォード司祭の家を訪れた。


 玄関で迎えたエレノアは、淡い青色のドレスに白いショールを合わせ、栗色の髪を後ろでまとめていた。


「こんにちは、マーサーさん。今日はお天気がよくて、散歩にはちょうどよさそうですね」


「こんにちは。せっかくの約束ですから、晴れてよかったです。今日は仕事のことも忘れて、ゆっくりお話ししたいと思っていました」


「それなら、私も楽しみです。父もあなたにお会いしたがっていましたから、帰ってきたら少しお話ししてくださいね」


 そこへアシュフォード司祭が姿を現した。


「マーサー君、よく来てくれた。娘をよろしく頼むよ。暗くなる前には帰ってきてほしいが、せっかくだから楽しんでおいで」


「ありがとうございます。夕方までにはお送りします」


 2人は司祭に見送られ、川へ向かって歩き始めた。


 ◇ ◇ ◇


 川沿いの道には荷車が行き交い、岸では船員たちが積荷を下ろしていた。エレノアは川を進む帆船を眺めながら、イーサンへ話しかけた。


「マーサーさんは、こういう景色をご覧になっても、船の仕組みや運送のことを考えてしまうのでしょうか」


「よく分かりましたね。さっきも、あの船ならどれくらい荷物を積めるだろうと考えていました」


「やっぱり。今日は仕事のお話ばかりにならないか、少し心配していたんです」


「それなら、今日はエレノアさんのお話を聞かせてください。普段はどんなことをして過ごしているんですか」


「教会の仕事を手伝ったり、子供たちに読み書きを教えたりしています。それから、本を読むのが好きです。音楽も好きですが、最近は練習する時間が足りなくて」


 イーサンが最近読んだ本について尋ねると、エレノアは歴史や旅行記のほか、ゴールドスミスの小説『ウェイクフィールドの牧師』を読み直したと話した。


「父は、あの作品に出てくる牧師の考え方について、よく話をしてくれるんです」


「僕も読んだことがありますよ。あの一家には次々と災難が降りかかりますね。それでも家族の絆が失われないところが印象に残っています」


「私は登場人物たちが失敗するところも好きなんです。立派な人でも、いつも正しい判断ができるわけではありませんから」


「それはそうですね。僕も蒸気船の仕事では失敗しました。模型でうまくいっても、実際の船では軸受けに無理がかかって、作り直すことになったんです」


「それでも、最後には成功なさったのでしょう。失敗したことより、そこから直していけることの方が大切だと思います」


 エレノアの言葉を聞いて、イーサンは彼女が物事をよく考える女性だと感じた。


 2人は川沿いの道を進み、木陰に置かれた腰掛けで休んだ。エレノアが持参した包みを開くと、小さな焼き菓子が入っていた。


「昨日、母と一緒に焼いたんです。よろしかったら召し上がってください」


 イーサンは1つ受け取り、口にした。甘い生地に、かすかなシナモンの香りがあった。


「おいしいですね。これはシナモンを使っているんですか」


「ええ。父は香辛料が強いものを好まないので、少しだけ入れているんです」


「僕はこの味が好きですよ。今度、作り方を教えていただけませんか」


「マーサーさんもお菓子を作るんですか」


「料理はあまり経験がありませんが、教えていただければ覚えられると思います」


「それなら、今度一緒に作ってみましょう。分量が合っていても、焼きすぎると失敗するんですよ」


「機械と同じですね。実際に試してみないと分からないことがある」


「また仕事のお話になってしまいましたね」


 エレノアが笑うと、イーサンもつられて笑った。


 ◇ ◇ ◇


 しばらく休んだ後、エレノアは西部の話を持ち出した。


「マーサーさんは、本当にオハイオ川の方へ行かれるんですか。父の知り合いの牧師さんも西部へ行かれましたが、最初は住む家も十分になく、生活が大変だったそうです」


「ええ。今は測量士に現地を調べてもらっています。準備が整えば、僕も行くつもりです」


「それほど大変な場所へ、どうして行きたいと思われるんですか。こちらでも立派なお仕事ができるでしょうに」


「僕は、新しい町が育っていくところを見たいんです。道路や倉庫を造り、人が集まって商売が始まる。そのために自分が何をできるのか、試してみたいと思っています」


「ご自分の力を試したいということなんですね」


「そうですね。もちろん利益も得たいですよ。でも、土地を買って値上がりを待つだけでは、あまり面白くありませんから」


 エレノアは西部の学校について話し始めた。教会に届く手紙には、子供たちに読み書きを教える人が足りないと書かれていることが多いという。


「私も、いつか西部へ行ってみたいと思っています。ただ、あちらの暮らしをよく知りませんから、簡単に住めるとは言えませんけれど」


「それなら、僕が行く時には現地の学校や教会についても調べてきます。エレノアさんにも興味のある話が見つかるかもしれません」


「ぜひ聞かせてください。地図を見ているだけでは、分からないことがたくさんありますものね」


 イーサンは彼女が西部に関心を持っていることを嬉しく思ったが、それだけで一緒に行ってくれると考えるつもりはなかった。


 2人は帰り道でも旅行記や外国の風習について話を続けた。


 アシュフォード家へ戻ると、司祭が玄関で迎えた。


「楽しい散歩だったようだね」


「ええ、お父様。マーサーさんは私の好きな本も読んでいらっしゃるんです。ずいぶんいろいろなお話ができました」


 司祭に礼を述べたイーサンは、エレノアと次に会う約束をして帰った。


 ◇ ◇ ◇


 5月18日、イーサンはアンとともに、教会で開かれる音楽会へ出かけた。


 エレノアは友人たちと歌を披露することになっていた。会場には町の商人やその家族が集まり、演奏が始まると客席は静かになった。


 エレノアは澄んだ声で歌い、曲が終わると大きな拍手が起こった。


 休憩時間になり、イーサンは彼女に声をかけた。


「素晴らしい歌声でした。以前、音楽がお好きだとおっしゃっていましたが、あんなに上手だとは思いませんでした」


「ありがとうございます。でも、今日は少し緊張してしまいました。途中で声が震えなかったか心配だったんです」


「僕には分かりませんでしたよ。とても楽しませていただきました」


 そこへ、背の高い青年が近づいてきた。


 濃い茶色の髪をきれいに整え、上質な上着を着ている。落ち着いた物腰で、エレノアにも親しげに話しかけた。


「エレノア、今日の歌も素晴らしかったよ。前に聞いた時より、ずいぶん表現が豊かになったと思う」


「ありがとう、ヘンリー。今日は父に頼まれて参加したの。あなたも来ていたのね」


「君が歌うと聞いたからね。仕事を早めに片付けてきたんだ」


 エレノアはイーサンへ向き直った。


「マーサーさん、ご紹介します。こちらはヘンリー・ハリントンさん。父の知り合いの商家の方で、以前から親しくしていただいているんです」


 イーサンが挨拶すると、ヘンリーも丁寧に応じた。


「ヘンリー・ハリントンです。お名前は存じています。蒸気船の改良に成功された方ですね。私の家でも運送の商売をしていますから、蒸気船の将来には関心があるんです」


 ヘンリーは22歳で、アルバニーの裕福な商家の息子だった。父親の仕事を手伝い、河川運送や倉庫の経営にも関わっているという。


 イーサンも商売に関心があるため、2人は自然と運送の話になった。


 しかし、エレノアと話すヘンリーの様子を見ているうちに、イーサンは彼が彼女に特別な好意を抱いているらしいと気付いた。


 音楽会が終わるころ、ヘンリーはエレノアを翌月の演奏会へ誘った。


「来月、町の集会所で演奏会があるんだ。君の好きそうな曲も演奏されるらしい。よかったら一緒に行かないか」


「ありがとう。父と予定を相談してから、お返事しますね」


 ヘンリーは快く承知した。


 帰り道、アンが弟に尋ねた。


「ヘンリーさんとは初めて会ったのでしょう。感じのよい青年だったわね。エレノアさんとは昔から親しいそうよ」


「うん。仕事にも詳しいし、落ち着いた人だったよ」


「あなたもエレノアさんのことが気になっているのでしょう。ヘンリーさんも彼女を気に入っているようだし、のんびりしていられないんじゃないかしら」


「僕はこれからも彼女と会いたいと思っているよ。話していて楽しいし、考え方も好きなんだ」


「それなら、また会いに行けばいいじゃない」


「もちろん、そのつもりだよ。ヘンリーさんがいるからといって、僕まで遠慮する必要はないでしょう」


 アンは弟の返事を聞き、嬉しそうだった。


 イーサンも、エレノアを特別な女性として意識し始めていることを認めていた。ただ、彼女と知り合ってからまだ日が浅い。これからも会う機会を作り、お互いのことをもっと知りたいと思っていた。

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