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25ポンドから始めるジョージア朝成り上がり 男爵家の跡取りは金と情報で大英帝国を駆け上がる  作者: ひまえび
第二部・第五章――「自由には値段がある」

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第3話(後編)「2万エーカーの地主」 1799年4月21日~4月30日

 4月21日、フィラデルフィアの法律事務所で、オハイオ土地開発会社の土地売却契約が正式に結ばれた。


 イーサン・マーサーは土地証書と売買契約書を確認し、銀行を通じて代金5,500ポンドを支払った。


 取得した土地は合計2万エーカー。オハイオ川に面した土地と、その背後に広がる森林、平野、農地に適した土地が含まれていた。


 ただし、すべてを自由に開発できるわけではない。借地人や開墾を始めた人々もおり、道路や船着き場の位置は現地調査を終えなければ決められなかった。


 イーサンは法律家から証書を受け取ると、改めて測量図を広げた。


「これで土地は僕のものになりました。ですが、実際に使えるようにするには、まだいろいろな仕事が必要ですね」


「おっしゃるとおりです。特に西部の土地は、証書が揃っていても安心できません。測量の誤りや、過去の売買を巡る争いが後から見つかることもあります」


「そのためにも、現地の調査を進めます。測量士と土地の事情を知る人、それから工事を任せられる人も必要ですね」


「それだけの人を雇えば、相当な費用がかかりますよ」


「必要な費用なら払います。土地を買ったまま放置する方が、よほど無駄でしょう」


 イーサンは土地を取得しただけで満足するつもりはなかった。


 農民が作物を育てても、川まで運べなければ高く売ることは難しい。道路と船着き場を整備すれば、土地の価値だけでなく、その地域で営まれる商売も変わるはずだった。


 ただし、何から始めるかを間違えれば、残った資金を短期間で使い果たしてしまう。


 最初に必要なのは、地形と交通手段の調査である。道路を通す場所が決まらなければ、倉庫を建てる場所も農地の販売計画も決められない。


 イーサンは、その順序で開発を進めることにした。


 ◇ ◇ ◇


 4月23日、イーサンはフィラデルフィアで測量士と建設業者を探し始めた。


 西部の土地を扱った経験のある測量士を紹介してもらい、土地の境界や高低差、河川の状況について相談した。建設業者からは、道路や船着き場を造る場合の費用と、必要な人員について話を聞く。


 何人かと会ううちに、工事を請け負うという業者の中にも、実際には西部へ行ったことがない者がいると分かった。


「春の増水時には、川岸のどこまで水が上がるのでしょう。倉庫を建てるなら、その高さより上の土地を使いたいんです」


 ある建設業者は答えに困った。


「それは実際に行ってみなければ分かりませんな」


「以前にオハイオ川で仕事をなさったことはありますか」


「いや、直接行ったことはありません。しかし、道路や倉庫なら何度も造っています」


「それなら、現地の事情が分かる方と一緒に仕事をしていただく必要がありますね。経験のある建設業者を探していますが、場所のことを知らないまま工事を任せるつもりはありません」


 別の測量士は、実際にオハイオ川沿いで仕事をした経験があり、川の増水や地形についても詳しかった。


 イーサンはその人物へ現地調査を依頼することにした。


 さらに、今後の工事を管理する責任者も必要になる。何もかも自分で決めていては、ほかの仕事ができなくなるからだ。


 イーサンは法律家と相談し、西部の事業を管理するための会社を設立する準備を始めた。


 名前は「マーサー西部開拓会社」と決めた。


 当面は自分の資金で経営するが、将来は出資者を集めることも考えている。土地の管理に加え、道路、船着き場、倉庫、製材所などの事業を手がけるつもりだった。


 計画を聞いた測量士は驚いた。


「ずいぶん大きな事業をお考えですな。最初から全部始めるおつもりですか」


「いいえ。まず土地を調べ、どこに人が集まり、何を必要としているのかを確かめます。それから順番に造るつもりです」


「それなら安心しました。西部では土地を買っただけで金持ちになれると思い込んで、失敗する人も多いものですから」


「土地を買っただけでは何も生まれません。人が暮らし、商売が始まってこそ価値が上がるんです。そのために必要なものを造りたいと思っています」


 測量士は青年の考え方に感心し、正式な仕事の条件について話し始めた。


 ◇ ◇ ◇


 4月26日、イーサンはアルバニーへ戻った。


 カーター家ではアンとダニエルが待っていた。


「お帰りなさい。フィラデルフィアでは、いい土地が見つかったの?」


 アンが尋ねると、イーサンは鞄から土地の証書を取り出した。


「うん。2万エーカー買ってきたよ」


「2万エーカーですって? そんなに広い土地を買ったの?」


「約31平方マイルだよ。一か所にまとまっているわけではないけれど、十分な広さがあると思う」


 ダニエルも証書を受け取り、内容を確かめた。


「購入代金が5,500ポンドだと。お前は先月稼いだ金を、もう半分以上使ってしまったのか」


「なくなったわけではないよ。現金を土地に替えたんだ。それに4,000ポンド以上は残っているから、当面の仕事には困らないと思う」


「だが、開拓には金がかかるぞ。道路を造るだけでも相当な費用になるだろう」


「だから、まず調査をするんだ。どこに道路を通せばいいのか分からないうちに、工事を始めるつもりはないよ」


 イーサンは測量図を広げ、川の位置や開発の順序を説明した。


 ダニエルは、義弟が地主になったことより、その土地をどう利用するかを話している時の方が楽しそうなことに気付いた。


「お前は本当に西部へ行くつもりなんだな」


「もちろん。来月には一度、現地を見に行きたいと思っているよ」


「十分に準備するんだぞ。西部はアルバニーとは違う。道路も整っていないし、治安の問題もある」


「分かっているよ。案内人と護衛も雇うつもりだ。知らない土地を1人で歩き回るほど無茶はしないからね」


 アンは弟の話を聞きながら、別のことを思い出した。


「そういえば、エレノアさんがあなたのことを尋ねていたわ。フィラデルフィアから戻ったら、また教会へいらっしゃいと言っていたわよ」


「そうなんだ。それなら明日にでも行ってみようかな」


「そうするといいわ。土地の話を聞いたら、きっと驚くでしょうね」


 アンは、弟がエレノアの話になると嬉しそうにすることを見逃さなかった。


 ◇ ◇ ◇


 4月28日、イーサンは教会を訪れた。


 エレノアは父親の仕事を手伝い、子供たちに読み書きを教えるための本を整理していた。


 イーサンの姿を見ると、彼女は仕事の手を止めた。


「マーサーさん。フィラデルフィアからお戻りになったんですね。土地のお話はどうなりましたか」


「いい土地が見つかりましたよ。2万エーカー買いました」


 エレノアは目を見開いた。


「2万エーカーですか。そんなに広い土地を買われたなんて、驚きました」


「オハイオ川沿いの土地です。これから測量して、道路や倉庫を造りたいと思っています」


「それなら、新しい町ができるかもしれませんね」


「そのつもりです。農民や商人が集まり、仕事をしながら暮らせる町にしたいんです」


 エレノアは興味深そうに話を聞いていたが、やがて別のことを尋ねた。


「そこには、もう人が住んでいるのでしょうか」


「ええ。すでに農地を開いている人たちもいるようです。ただ、土地の権利について問題が残っている場所もあるので、現地で調べなければなりません」


「その人たちは、今までどおり暮らせるのでしょうか」


「正式に土地を買った人から、もう一度金を取るつもりはありません。契約に問題がある場合も、事情を調べずに追い出すようなことはしたくありませんから」


「それなら安心しました。新しい町を造るために、前から住んでいた人たちが困るようでは悲しいですものね」


 エレノアは、土地の値段や利益よりも、そこで暮らす人々の生活を気にかけていた。イーサンもそうした問題を無視するつもりはなかったが、彼女と話していると、開拓事業について新しい考えが浮かんでくる。


「エレノアさん。以前、町には学校や病院も必要だとおっしゃいましたね。開拓を始める時には、学校や教会のための土地も確保したいと思っています」


「それは素敵ですね。子供たちが勉強できる場所があれば、きっと喜ばれますわ」


 2人はその後も、西部の町や学校について話を続けた。


 イーサンは、エレノアが読書や音楽だけでなく、人々の暮らしにも強い関心を持っていることを知り、もっと彼女と話してみたいと思った。


「エレノアさん。今度、僕と一緒に散歩へ出かけませんか。川沿いを歩きながら、もう少しお話ししてみたいんです」


 エレノアは微笑んだ。


「喜んで。でも、西部の話ばかりではなく、ほかのお話も聞かせてくださいね。マーサーさんが普段どんな本を読んでいるのか、私も知りたいですから」


「それなら、何時間でも話せそうですね」


「そんなに長くお話ししていたら、父が心配しますわ」


 2人は笑い合い、翌週に会う約束をした。


 教会を出た後も、イーサンはしばらく彼女のことを考えていた。これまで、何かを調べたり、新しい仕事を考えたりしている時が一番楽しかった。しかし、エレノアと話している時間も、それに負けないくらい楽しい。


 自分でも少し意外だった。


 ◇ ◇ ◇


 4月30日、フィラデルフィアの法律家からイーサンへ手紙が届いた。


 ハーディングが、オハイオ川沿いの運搬路に接する土地を買い取ろうとしているという。


 その道は、イーサンが取得した土地から川へ商品を運ぶために利用できる場所だった。しかし、一部は私有地を通っており、通行権について明確な取り決めがなかった。


 ハーディングがその土地を取得すれば、道路の利用を巡って争いが起きる可能性がある。


 イーサンは地図を広げ、川と道路の位置を確かめた。


 既存の道を使えれば便利だが、使えなくなったとしても、ほかに方法がないわけではない。別の谷を通って川へ出る道を造ることも、船着き場の位置を変えることも考えられた。


 ただし、どちらが有利なのかは現地の地形を調べなければ判断できない。


 イーサンは法律家へ返事を書き、道路に関係する土地の権利を詳しく調べてもらうことにした。さらに、先日仕事を依頼した測量士にも手紙を送り、現地で調査してほしい場所を指定した。


 翌月には自分も西部へ向かい、直接確認するつもりだった。


 その夜、イーサンは書斎で地図を見ながら、これからの仕事を考えた。


 1か月前には、ほとんど金を持っていなかった。今は蒸気船の技術に関する権利があり、2万エーカーの土地も取得した。さらに、新しい開拓会社の設立準備まで進めている。


 しかし、土地を買っただけで開拓が成功したわけではない。西部にはさまざまな事情を持つ人々が暮らしており、道路を通すにも、土地を売るにも、現地で交渉しなければならないことが多いだろう。


 イーサンは、そうした試練に遭うことを恐れていなかった。


 その一方で、エレノアとの約束も楽しみにしていた。彼女と話していると、商売の利益だけでは思いつかなかったことに気付かされる。


 イーサンは地図を畳み、翌月の予定を書き始めた。


 西部への視察旅行の準備、開拓会社の設立、測量士との打ち合わせ、そしてエレノアとの散歩。


 18歳の青年には、やりたいことがいくらでもあった。

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