第3話(中編)「大商人との競り合い」 1799年4月11日~4月20日
4月11日、イーサンはフィラデルフィアのオハイオ土地開発会社を訪れた。
経営者のウィリアム・ベネットは53歳で、以前は西部の土地投資によって大きな利益を上げていた。しかし、近年は土地の販売が停滞し、借金の返済にも苦労していた。
「マーサーさんとおっしゃいましたな。まさか、これほどお若い方とは思いませんでした」
「18歳ですが、資金は用意しています。条件が合えば、すぐに契約できますよ」
「それはありがたい。ただ、すでに別の方からも申し込みをいただいておりまして」
「ハーディングさんですね。承知しています。まず土地の内容を調べさせてください」
ベネットは部下に命じ、帳簿と土地証書、測量図を運ばせた。
会社が所有を主張する土地は合計2万8,000エーカー。そのうち8,000エーカーについては、境界や売却権限が明確になっていない。過去に同じ土地を別の商人へ譲渡した記録もあり、所有権を巡る争いが残っていた。
「この8,000エーカーは買えませんね。権利が確定していない土地に金を払うつもりはありません」
「その問題は、いずれ解決できると思っているのですが」
「解決できたら、その時に売ればいいでしょう。僕が欲しいのは、開発に使える土地です」
イーサンは残る2万エーカーの資料を詳しく調べた。
オハイオ川に面した土地と、その背後に広がる平地や森林が含まれている。会社が取得した時の価格も分かり、すでに個人へ権利を移した区画は売却対象から除かれていた。
ただし、土地の評価額には疑問があった。
「ベネットさん。この川沿いの土地は、なぜこれほど高く評価されているんですか」
「船着き場に使えるからです。川に面した土地は価値がありますから」
「ですが、この場所は川の流れが大きく曲がっています。増水した時には、水をかぶりませんか」
「実際に現地を見たわけではありませんが、測量士からは利用できる土地だと聞いています」
イーサンは古い測量図も取り寄せた。
新旧の図面では川岸の線が違っており、増水時に水が広がる可能性があった。
「船着き場なら使えるかもしれません。でも、大きな倉庫を建てるなら、もっと高い場所が必要です。商品を水につけるわけにはいきませんから」
イーサンは別の土地を指した。
「こちらはどうでしょう。川岸から緩やかな谷が内陸へ続いています。船着き場の近くに水につかりにくい高台があれば、そこへ倉庫を建て、農地まで道路を通せます」
「その土地はあまり高く評価していませんでした。森林が多いものですから」
「森林があるなら、道路や建物に使う木材を確保できます。僕は土地の値上がりを待つだけのつもりはありません」
ベネットは、イーサンが土地投機ではなく、開拓事業を始めようとしていることを理解した。
◇ ◇ ◇
4月13日、イーサンは土地会社の法律家とともに、土地の権利に関する記録を調べた。
問題のある8,000エーカーを除けば、残る土地の取得経緯は確認できた。ただし、その中にも借地人や開墾を始めた人々がおり、利用状況を現地で確かめる必要があった。
また、以前に代金を受け取ったものの、まだ正式な権利移転を終えていない契約も見つかった。イーサンは、すでに売却された土地を重ねて買わないよう、土地会社に契約の一覧を整理させた。
その日の午後、サイラス・ハーディングが会社の事務所へ現れた。
48歳のハーディングは、フィラデルフィアでは名の知られた商人だった。西部の土地売買で財産を築き、銀行家や土地会社の経営者とも広く付き合っている。
「君がアルバニーから来たマーサー君か。蒸気船を走らせたそうだな。新聞で読んだよ」
「ありがとうございます。ハーディングさんも、この土地を買いたいと伺っています」
「私は長年、西部の土地を扱ってきた。君は初めての土地投資なのだろう」
「ええ。ただし、今回は転売が目的ではありません。開拓事業を始めたいんです」
「道路や建物まで造るつもりか。ずいぶん大きな夢だな」
「資金もありますし、必要な人も雇います。僕が何もかも1人でする必要はありませんから」
ハーディングは笑った。
「金だけでは町は造れんよ。西部には土地の問題もあるし、人を集めるのも難しい。君のような若者が簡単に手を出せる商売ではない」
「難しいからこそ、やってみたいんです」
「なるほど。だが、この土地は私も欲しいと思っている。残念ながら、君に譲るつもりはないよ」
「それはベネットさんが決めることです。条件のよい方へ売ればいいでしょう」
ハーディングは、自分を恐れる様子のない青年を面白く思わなかった。
◇ ◇ ◇
4月15日、土地会社の会議室で買収条件を巡る話し合いが始まった。
ハーディングは、会社が持つ土地と事業を一括して6,800ポンドで買うと提案していた。ただし、契約時に支払うのは1,200ポンドで、残りは数年かけて分割払いにするという。
一方、会社には5月上旬までに返さなければならない借金があり、今すぐまとまった現金を必要としていた。
イーサンは、その点を見逃さなかった。
「ベネットさん。僕は5,500ポンドを支払います。ただし、買うのは権利を確認できた2万エーカーと、そこに付随する開発資料だけです。問題のある8,000エーカーは買いませんし、会社の過去の借金も引き受けません」
ハーディングは笑った。
「私の提示額より1,300ポンドも安いではないか。それで買えると思っているのか」
「あなたは6,800ポンドを払うとおっしゃいましたが、今すぐ支払うのは1,200ポンドでしょう。僕は5,500ポンドを一度に払います。会社が必要としているのは、将来受け取る予定の金ではなく、今使える金ではありませんか」
ベネットは2人を見比べた。
ハーディングの条件なら売却総額は大きい。しかし、会社の借金をすぐに返済することはできない。イーサンの条件なら、現金を受け取って債務の整理を進められる。
「マーサーさん。本当に5,500ポンドをすぐに支払えるのですか」
「銀行に資金を預けています。必要なら信用状をご確認ください。ただし、証書と権利関係の確認を終えることが条件です」
イーサンは銀行が発行した書類を差し出した。
ベネットが金額を確かめている間に、ハーディングも支払い条件を変更した。
「それなら私も2,000ポンドを先に払い、残りを分割にしよう」
「僕と同じだけ現金を払えば、あなたの方が有利になるでしょう。土地会社がどちらを選ぶかは、それから決めればいいと思います」
イーサンは、それ以上値段を吊り上げなかった。
相手に勝つことが目的ではない。自分が必要としている土地を、事業として採算の合う値段で手に入れることが目的だった。
◇ ◇ ◇
4月18日、ベネットはイーサンの条件を受け入れると伝えた。
ハーディングからはさらに高い金額が提示されたが、やはり大部分は分割払いだった。借金の返済を急ぐ土地会社にとって、イーサンの現金による買収の方が有利だったのである。
ただし、イーサンにはもう1つ確認したい問題があった。
土地会社が以前に売却した土地の中には、代金を払ったのに正式な証書を受け取れず、家を建てて暮らしている入植者もいた。
「ベネットさん。その人たちの契約はどう処理するつもりなんですか」
「会社を整理する前に解決したいとは思っていますが、すべての人へ返金する余裕はありません」
「僕が買う土地と、すでに代金を払った人たちの土地が重なっていては困ります。契約と支払いの記録を照合し、権利のある区画は買収対象から外してください」
「ですが、契約に問題がある場合もあります。すべて認めるわけにはいきませんよ」
「もちろんです。法律上の問題は調べる必要があります。ただ、代金を払って家を建てた人を、何も調べずに追い出すつもりはありません」
会社が保有する土地と、すでに入植者へ売却した土地を分けて確定することが、イーサンの譲れない条件だった。
4月20日、両者の間で売買条件がまとまった。取得するのは権利と面積を確認した2万エーカーで、価格は5,500ポンド。問題のある8,000エーカーと会社の過去の借金は引き受けない。
正式な証書の作成と代金の支払いは翌21日に行うことになった。
契約を終えて事務所を出たイーサンを、ハーディングが待っていた。
「マーサー君。今回は君の勝ちということになるのかな」
「僕は土地を買いたかっただけです。あなたと勝負するために来たわけではありません」
「だが、西部の土地は買ってからが大変なのだよ。道路もなければ、商品を運ぶのも難しい。土地だけ持っていても利益にはならん」
「承知しています。道路も造りますし、船着き場も整備するつもりです」
「簡単に言うが、そのためには周囲の地主の協力も必要になるぞ」
「必要なら交渉します。ご忠告ありがとうございます」
イーサンが立ち去ると、ハーディングはしばらくその後ろ姿を見送っていた。
彼はイーサンが取得する土地の近くに、以前から商人たちが使ってきた運搬路があることを知っていた。その道の一部は私有地を通っており、通行権の取り決めも明確ではない。
ハーディングは、その土地の所有者と知り合いだった。
土地を買うことと、その土地を自由に開発できることは違う。その現実を、あの青年に思い知らせるつもりだった。




