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25ポンドから始めるジョージア朝成り上がり 男爵家の跡取りは金と情報で大英帝国を駆け上がる  作者: ひまえび
第二部・第五章――「自由には値段がある」

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第2話(後編)「1万ポンドの蒸気船」 1799年3月27日~3月31日

 3月27日。試験航行を終えた蒸気船が岸へ戻ると、見物人たちから大きな歓声が上がった。帆を張らずに川を上り、機関を止めることなく戻ってきた船を見て、商人や船主たちも興奮していた。


 しかし、イーサン・マーサーはまだ成功を喜んでいなかった。必要なのは、正式な測定結果だったからだ。


 州の関係者が集まり、往路と復路の記録を照合した。測定区間を通過した時間から速度を計算し、川の流れによる影響も確認する。


 その結果、蒸気船の平均速度は時速4マイルを上回っていた。船体の規模についても問題はなく、州の関係者は法定条件を満たしたことを認めた。


 結果が発表されると、造船所の職人たちは互いの肩を叩き合って喜んだ。


 主任技師もイーサンのところへ駆け寄ってきた。


「やったぞ、マーサー君! 期限までに間に合った。これで今までの苦労が報われる!」


「ありがとうございます。皆さんが協力してくださったおかげです。途中で軸受けが傷んだ時には、僕も少し焦りましたよ」


「最初は君のやり方を疑っていたが、よくここまで改良したものだ。あれほど苦労していた船が、今日は見事に走ったからな」


「機関にも推進装置にも、まだ改良の余地はあります。ただ、今回の目標は達成できました。これなら実際の運航に向けて準備を進められるでしょう」


 そこへリヴィングストンがやってきた。


 彼は試験の結果に満足していた。長い間、多額の資金を投じてきた蒸気船の開発が、ついに大きな成果を上げたのである。


「見事だった、マーサー君。君は約束を果たしてくれた。これで私は蒸気船の事業を始められる」


「ありがとうございます。正式な運航を始める前には、長時間の試験と整備が必要になりますが、今回の結果なら十分に期待できると思います」


「もちろん、その準備は進めるつもりだ。何より、期限までに条件を満たせたことが大きい。君には感謝しているよ」


「それでしたら、契約どおり使用料のお支払いをお願いします。僕も今回の仕事で、かなりの時間を使いましたから」


 リヴィングストンは声を上げて笑った。


「分かっているとも。1万ポンドだな。君は成功の喜びに浸るより、商売の方が大切らしい」


「契約は契約ですからね。僕も約束を守りましたので、そちらにも守っていただきたいんです」


「まったく、18歳とは思えない若者だ。安心したまえ。期日までに全額を支払おう」


 リヴィングストンは法律家を呼び、支払いの手続きを進めるよう指示した。


 イーサンは礼を述べ、試験に参加した職人たちとともに造船所へ戻った。


 今後の機関の管理や修理について、主任技師へ必要な資料を渡すためだった。発明の権利はイーサンに残るが、許諾された装置を正常に使うための整備や部品交換は認められている。


 イーサンは必要な説明を終えると、詳しい設計図と試験記録を整理した。自分の発明をほかの地域で利用する時にも、これらの資料が必要になる。


 今回の仕事は成功したが、彼にはまだやるべきことがあった。


 ◇ ◇ ◇


 3月29日、イーサンはリヴィングストンの事務所を訪れた。


 応接室には法律家と銀行の担当者が待っており、契約に定められた条件が達成されたことを確認したうえで、使用許諾料1万ポンドの支払いが行われた。


 イーサンは金額と支払い条件を確かめ、銀行の証明書を受け取った。


 これで1万ポンドが、自由に使える自分の財産になった。


 しかも、蒸気船の推進装置に関する発明の権利は手元に残っている。リヴィングストンに認めたのは、ニューヨーク州の河川で5年間独占して使用する権利だけだった。


 今後、ほかの州や外国で同じ技術を使いたいという者が現れれば、別の契約を結ぶことができる。


 イーサンは、1度の発明で金を受け取って終わるつもりはなかった。発明の権利を保持していれば、その技術が利用されるたびに利益を得る機会が生まれる。


 手続きが終わると、リヴィングストンが青年を応接室へ招いた。


「これで契約は無事に終わったな。君のおかげで、私も長年の計画を進められる。改めて礼を言いたい」


「こちらこそ、僕の技術を採用していただき、ありがとうございました」


「ところで、君はこれからどうするつもりなのかな。1万ポンドもあれば、しばらくは働かずに暮らせるだろう」


「当分は、今回の仕事で得た経験を整理するつもりです。ほかにもやってみたいことがありますので、落ち着いたら次の仕事を考えます」


「また新しい発明をするのかね」


「発明に限らず、いろいろな分野に興味があります。ただ、まだ具体的にお話しできる段階ではありません」


 リヴィングストンは、それ以上詳しく尋ねなかった。


「君ほどの才能があれば、どこへ行っても仕事には困らないだろう。私としては、今後も君とよい関係を保ちたいと思っている」


「ありがとうございます。今回の技術について、今後何か問題が起きた時にはご相談ください。契約の範囲で対応させていただきます」


「もちろんだ。それに、新しい発明ができた時には、ぜひ私にも話を聞かせてほしい」


「その時には、また条件を相談させていただきます」


「構わん。金額に見合う価値があるなら、喜んで払おう」


 2人は握手を交わした。


 イーサンは事務所を出ると、銀行へ立ち寄って今後の送金や資金の保管について確認した。大金を持って移動する必要はない。必要な場所で引き出せるようにしておけば、商売にも便利だった。


 ニューヨークでの仕事を終えたイーサンは、アルバニーへ帰る準備を進めた。


 ◇ ◇ ◇


 3月31日、イーサンはアルバニーへ戻った。


 カーター家の玄関へ入ると、アンが真っ先に迎えた。


「イーサン! 新聞で読んだわよ。あなたが蒸気船を動かしたそうじゃない。本当に成功したのね」


「うん。予定どおり27日に試験を終えて、正式に条件を満たしたことも認めてもらえたよ」


「それで、報酬はいただけたの?」


「もちろん。契約どおり1万ポンドを受け取ってきたよ」


 アンは弟の顔を見つめた。


「本当に1万ポンドもいただいたの? そんな大金を、あなたが自分で稼いだなんて信じられないわ」


 そこへダニエルも居間から出てきた。


「帰ったのか、イーサン。新聞は読んだが、まさか期日までに成功するとは思わなかったよ。契約の保証人として署名した時には、正直なところ心配だったんだ」


「途中でいろいろ問題はあったけれど、職人たちが協力してくれたから間に合ったんだ」


 イーサンは荷物を置き、銀行から受け取った証明書を取り出した。


 ダニエルは金額を確かめ、改めて驚いた。


「確かに1万ポンドだ。お前は本当に大したことをやったな。これだけあれば、商売を始めるための元手には困らないだろう」


「そうだね。ただ、今度は何に使うかを考えないといけない。せっかく稼いだ金を、銀行へ預けておくだけでは面白くないから」


 アンは弟の隣へ座った。


「あなたは本当に、何でも自分でやってしまうのね。でも、今回のような危険な仕事をする時は、もう少し慎重になってほしいわ」


「分かっているよ。今回は期限が決まっていたから、かなり無理をしたんだ。次はもう少し時間をかけて準備したいと思っている」


「それなら、しばらく家でゆっくりしたらどうかしら。あなたはまだ18歳なのよ」


「少しは休むつもりだけど、やりたい仕事もあるんだ」


 イーサンは鞄から地図を取り出した。


 そこにはニューヨーク州から西へ広がる地域と、ペンシルベニア、オハイオ川沿いの町々が描かれていた。


「僕は西部へ行きたいと思っているんだ。特にシンシナティという町が気になっている」


 ダニエルは地図を覗き込んだ。


「シンシナティか。オハイオ川沿いの新しい町だな。ずいぶん遠いし、道路も整っていない。土地の権利を巡る問題もあるそうだぞ」


「だから、まず調べてみたいんだ。川を使った商売もできそうだし、これから人が増えれば土地や建物も必要になる。まだ発展していない町だからこそ、いろいろな仕事があると思う」


「だが、1万ポンドも手に入れたばかりだろう。何も急いで危険な土地へ行かなくてもいいんじゃないか」


「すぐに移住するつもりはないよ。まず現地の事情を調べて、何ができるか考えたいんだ」


 イーサンは地図の上に指を置いた。


「西部には、まだ解決されていない問題がたくさんあると思う。道路の建設、川の運送、農地の開発、町の経営。僕が興味を持てる仕事はいくらでもあるよ」


 ダニエルは義弟の説明を聞き、少し考えた。


「お前が西部へ行きたい理由は分かった。ただ、向こうにはすでに暮らしている人々もいる。土地を買うにしても、慎重に調べる必要があるぞ」


「もちろん。そのためにも、まず資料を集めてみるよ」


 アンは2人の話を聞きながら、弟がまた大きな仕事を始めようとしていることを悟った。


「イーサン、あなたはもう十分にお金持ちなのよ。少しくらい、ゆっくり暮らしてもいいんじゃないかしら」


「まだ始めたばかりだよ。僕はもっといろいろなことをやってみたいんだ」


 イーサンは地図を畳み、姉へ顔を向けた。


「それに、父さんだって25ポンドから商売を始めたんでしょう。僕は父さんに会ったことがないけれど、きっと面白い人生を送ってきたんだと思う。僕も、自分の力でどこまでできるのか試してみたいんだ」


 アンは弟の言葉を聞き、もう無理に引き止めるつもりはなかった。


「分かったわ。でも、これからも危ないことだけはしないでちょうだい。あなたに何かあったら、私たちは心配で仕方がないんだから」


「ありがとう、姉さん。僕だって、無駄に危険なことをするつもりはないよ」


 ダニエルは笑った。


「お前のことだから、これからも苦労は絶えないだろうな。まあ、困ったことがあれば相談してくれ」


「その時は頼りにしているよ、義兄さん」


 ◇ ◇ ◇


 その夜、家族が寝静まった後も、イーサンは居間で地図を広げていた。


 ハドソン川からモホーク川へ、さらに西の湖や河川へと視線を移す。別の地図には、フィラデルフィアからピッツバーグへ向かう街道と、そこから西へ続くオハイオ川が描かれていた。


 イーサンは沿岸の町や農地、河川の流れを調べた。西部にはすでに多くの人々が暮らしており、土地の権利や開拓を巡る争いもある。金や技術だけでは解決できない試練にも遭うだろう。


 それでも、イーサンは自分の能力を試してみたかった。


 机の上には、1万ポンドの財産を証明する書類が置かれている。


 父エドワードが用意した10万ポンドには、まだ手を付けていない。今回手に入れた金は、すべて自分の仕事によって稼いだものだった。


 しかし、1万ポンドを手に入れたからといって、それだけで満足するつもりはない。


 イーサンは銀行の書類を鞄へ戻し、シンシナティの位置をもう一度確かめた。


 蒸気船の成功は、これから始める仕事のための第一歩にすぎなかった。


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― 新着の感想 ―
うん、確かにエドワードの血をひいていると確信しました 笑。
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