第2話(前編)「特許は渡さない」 1799年3月14日~3月20日
3月14日、イーサンはリヴィングストンの法律家と契約内容を話し合った。
相手が用意した契約書には、蒸気船の改良に関する発明と、その後に生まれる改良技術もすべてリヴィングストンへ譲渡するという条項が含まれていた。
イーサンはその部分を見つけると、すぐに訂正を求めた。
「この条項は削除してください。僕が認めるのは、今回の推進装置をニューヨーク州で使用する権利だけです。将来の改良発明まで譲渡する約束はしていません」
法律家は不満そうだった。
「将来、装置に問題が出た場合、改良を加えるたびに新しい料金を請求されては困ります。少なくとも、今回の装置を正常に使うための修理や調整は認めていただかなければなりません」
「もちろんです。正常に使うための修理や、同じ構造の部品を交換することまで禁止するつもりはありません。ただし、新しい機構を僕が発明した場合、その権利まで自動的に渡すことはできません」
「では、ほかの地域で同じ技術を使われたら、こちらの競争相手が増えることになりますな」
「ニューヨーク州の独占使用権をお渡しするのですから、契約で認めた地域では競争相手に許諾しません。それ以上の権利が必要なら、料金も変わります」
イーサンは別の条項も指した。
「それから、1万ポンドの支払いについても明確にしてください。成功した場合は3月31日までに全額を支払う。一部を今後の利益から支払うという条件では困ります」
「成功してから4日しかありませんぞ」
「大きな事業をされる方なら、期限までに資金を用意しておくことはできるでしょう。僕は期限までに船を動かすため、今から仕事をするんです。そちらも支払いの準備をしていただきたいんです」
法律家はリヴィングストンへ相談し、条件を確認した。
結局、契約はイーサンの要求を中心にまとめられた。
蒸気船の推進装置に関する発明の権利はイーサンが保持する。リヴィングストンには、ニューヨーク州の河川で5年間独占して使用する権利を認める。
契約の対象となる技術を第三者へ勝手に譲渡することはできず、ほかの地域で使用する場合には別の許可が必要になる。
そして3月27日までに州法の条件を満たす蒸気船を完成させ、正式な性能証明を得られた場合、リヴィングストンは3月31日までに1万ポンドを支払う。
イーサンがまだ18歳であることから、契約の履行については成人したダニエルにも保証を求めることになった。
イーサンは姉夫婦へ事情を知らせ、ダニエルにニューヨークへ来てもらった。
ダニエルは契約書を見て驚いた。
「1万ポンドとは聞いていたが、本当にこんな契約を結ぶとはな。しかも成功しなければ、お前の報酬はゼロなのか」
「そうだよ。相手が欲しいのは動く蒸気船だからね。失敗した発明に1万ポンドを払う人はいないでしょう」
「お前は自信があるんだな」
「成功するために必要なことは調べたよ。でも、絶対に成功するとは思っていない。だからこそ、できるだけ早く試験を始めたいんだ」
ダニエルは契約の内容を確かめ、保証人として署名した。
「分かった。ここまでやるなら、最後まで付き合おう。ただし、危険なことをして命まで失うんじゃないぞ」
「もちろん。僕だって、自分の発明が動くところを見たいからね」
契約が成立すると、イーサンは改良装置の詳しい図面を造船所へ渡した。同時に、発明の権利を確保するため、法律家を通じて連邦の特許申請に必要な書類も提出した。
特許が正式に成立するまでには手続きが残るが、少なくとも契約上は、技術の所有者がイーサンであることを明確にしていた。
◇ ◇ ◇
3月17日、改造作業が本格化した。
造船所には鍛冶職人や船大工が集まり、軸や歯車を交換する作業が続けられた。
イーサンは機関の位置と船体の構造を確認し、作業の順序を決めていた。完成している部分をむやみに解体せず、必要なところだけを改造する。
ただし、実際に部品を取り付ける段階になると、図面では分からなかった問題も出てきた。
左右の水車を取り付ける位置に船体の補強材があり、予定した軸をそのまま通すことができなかったのである。
主任技師は、船体の補強材を切り取って作業を進める案を出した。
「それなら今日中に軸を通せる。後で別の補強を入れればいいだろう」
イーサンは首を振った。
「船体の強度を確かめずに切るのは危険です。水車の位置を少し変えましょう。歯車の組み合わせも調整すれば、機関を動かす必要はありません」
「また図面を直すのか。時間がないんだぞ」
「時間がないからこそ、後で船体が壊れるような方法は使えません。水に浮かべてから問題が出たら、改造どころではなくなりますから」
イーサンは新しい配置を計算し、その日のうちに図面を描き直した。
職人たちは夜まで作業を続けた。
翌18日には左右の水車が取り付けられ、機関から回転軸へ力を伝えることができるようになった。
19日、初めて実物の装置を動かす試験が行われた。
蒸気機関が動き始めると、水車は勢いよく回転した。船体がゆっくり前へ進み、岸にいた職人たちから歓声が上がった。
しかし、しばらくすると金属がこすれる異様な音が響いた。
「軸受けが熱を持っています!」
職人の叫びを聞いたイーサンは、すぐに機関を停止させた。
水車の回転が止まり、船は岸へ引き戻された。
主任技師が軸受けを調べると、金属の表面が傷んでいた。
「このまま動かせば、軸が焼き付いてしまう。支えの位置が悪いんだ」
イーサンは損傷した部分を見て、原因を理解した。
水車が水の抵抗を受けると、回転軸には模型で試した時より大きな力がかかる。その力によって軸がわずかにたわみ、軸受けの片側へ強い圧力が集中していた。
図面を変更した時、その影響を十分に計算していなかったのである。
「僕の計算が甘かったようです。模型では問題にならなかった力が、実物では大きくなっています」
主任技師は傷んだ軸受けを示した。
「だから言っただろう。実物の船は模型とは違うんだ」
「おっしゃるとおりです。ここは僕の失敗です。ただ、直せない問題ではありません。軸の支え方を変えれば、力を分散できます」
「簡単に言うが、残りは8日しかない。部品を作り直す時間も必要だぞ」
「分かっています。今から必要な部品を決めましょう」
イーサンは職人たちを集め、問題のある部分を見せた。
軸受けを作り直し、補助の支えを追加する。水車の位置も調整し、左右の力が均等に伝わるようにする。
主任技師も新しい図面を確認し、改善案を出した。
イーサンは経験豊富な職人たちの意見を取り入れ、修理方法を決めた。
3月20日の夜、造船所では再び部品の製作が始まった。
期限まであと7日。
1万ポンドの契約は、まだ成功したわけではなかった。




