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25ポンドから始めるジョージア朝成り上がり 男爵家の跡取りは金と情報で大英帝国を駆け上がる  作者: ひまえび
第一章「秘密には値段がある」

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第5話(前編)「海の上の情報」 1774年5月1日~6月3日

 1774年5月1日。


 ヴェンチャー号は大西洋を西へ進んでいた。イングランドの陸地はすでに見えず、甲板へ出れば周囲には海しかない。潮を含んだ冷たい風が絶えず吹き、帆布が膨らむたびに索具が軋んだ。


 エドワードは出航してから数日間、船酔いに苦しんでいた。朝食の塩漬け肉や乾パンを口に入れても、大きな揺れが続けば胃が受け付けない。試験航海の時には、船縁から吐く船長を見て笑っていた水夫たちも、今では誰も気にしなくなっていた。


 それでも、体を動かせる時には甲板へ出た。船室に閉じこもっていては、自分で船へ乗った意味がない。航海長のウィリアム・カートライトから、海図の使い方や風と潮の読み方、天候に応じた帆の扱いを教わった。


 外洋へ出て3日目、カートライトが船尾でエドワードに言った。


「行き先と商売については船長が決めてください。ただし、針路や帆の扱い、荒天への備えについては、しばらく私の判断に従っていただきます」


「僕が船長でも?」


「船長だから申し上げています。分からないまま命令されて困るのは、船長だけではありません」


 ヴェンチャー号には、エドワードとカートライトを含めて18人が乗っている。エドワードには、今吹いている風が数時間後にどう変わるかさえ、まだ判断できなかった。


「いつになれば僕が決めてもいいんです?」


「私が止める必要がなくなったらです」


「ずいぶん先になりそうですね」


「覚えるのを急ぐのは結構ですが、海では間違えた時の方が早いですからな」


 エドワードは反論しなかった。ヴェンチャー号を買った目的は、船長と呼ばれることではなく、この船を使って金を稼ぎ、乗組員とともに帰ることである。航海についてはカートライトの判断に従い、命令の理由を聞いて覚えることにした。


 ◇ ◇ ◇


 5月10日を過ぎるころには、船酔いもかなり軽くなった。


 正午が近づくと、エドワードはカートライトのそばへ行き、船の位置を確かめる作業を見るようになった。海図の上では大西洋も1枚の紙に収まっているが、実際には何日進んでも水平線ばかりで、昨日と今日の景色にほとんど違いがない。それでもヴェンチャー号は風と海流を使い、毎日少しずつ西へ進んでいた。


 夜には船長室で帳面を開いた。ロンドンでは人の名前や株価を書き込んでいた帳面に、今では天候、風向き、進んだ距離、遭遇した船なども記録している。


 ある晩、カートライトがその帳面をのぞいた。


「風向きまで書いているのですか」


「後で役に立つかもしれません」


「航海には役立つでしょうが、商売にも使うつもりですか」


「何日で着くか分かれば、商売にも関係するでしょう。同じ品なら、先に着いた船が先に売れます」


「毎回、同じ風が吹くわけではありませんよ」


「それでも、この季節にどの航路で何日かかったか知らないよりはいい。手紙や情報を運ぶ時にも使えます」


 カートライトは面白そうにエドワードを見た。


「情報まで運ぶのですか」


「新聞だって、3日前の話より今日の話の方が価値があるでしょう」


「それなら船倉を使いませんな」


「そこがいいんです」


 ヴェンチャー号を買う時、エドワードは積載量より速さを重視した。当初は危険な船から逃げることを考えていたが、航海してみると、速力は商売にも使える。商品でも手紙でも情報でも、他人より早く届けられれば、それだけ先に動けるからだ。


 ◇ ◇ ◇


 5月24日の午後、見張りの水夫が西から来る帆を見つけた。


 数時間後、相手が北アメリカからイギリスへ戻る途中の商船だと分かった。海は穏やかで、互いに少し進路を寄せると、大声なら会話できる距離まで近づくことができた。


 相手がボストンから出た船だと知り、カートライトが甲板の端から尋ねた。


「ボストンはどうなっています?」


「商人は皆、6月のことばかり話している!」


 相手の船長の声が海の上を渡ってきた。ボストン港を閉鎖する法律は、6月1日から実施される予定である。


「荷はどうしています?」


「サレムやマーブルヘッドへ回す相談ばかりだ! 倉庫も荷馬車も足りん!」


 エドワードも甲板の端へ寄った。


「品物の値段は?」


「入る物も出る物も面倒になっている! ボストンの商人は、金を払ってでも別の港を使わなければならん!」


 風が変わり、2隻の間が少しずつ開き始めた。相手の船長が、最後にもう一度声を張った。


「ニューヨークへ行くなら覚えておけ! 向こうもボストンから流れる客と荷を狙っているぞ!」


 やがて声は届かなくなり、双方の船は元の進路へ戻った。


 エドワードは海図を持つカートライトのところへ行った。


「ニューヨークでは、積荷を全部売らないことにします」


「まだ値段も見ていませんよ」


「だからです。まず相場を確かめて、どれだけ売るか決めます。ボストンから荷が流れているなら、サレムの方が高い品もあるかもしれない」


「ニューヨークから北へ戻ることになります」


「その分の時間と費用を入れても利益が大きいなら行きます」


 カートライトは海図から顔を上げた。


「海へ出る前より商人らしくなりましたな」


「まだ1つも売っていませんよ」


「では、利益を出してから褒めることにしましょう」


 ◇ ◇ ◇


 5月末になると海鳥を見る日が増え、海面を漂う海草も目につくようになった。


 6月2日、見張りが陸地を確認した。知らせを聞いたエドワードが甲板へ出ると、遠くに北アメリカの陸影が見えている。まだ町や人の姿までは分からなかったが、1か月以上海を渡り続け、ようやく新大陸まで来たことだけは確かだった。


 翌3日、ヴェンチャー号はニューヨーク港へ向かった。沿岸へ近づくと、カートライトは海図と水深を確かめながら操舵手へ指示を出し、エドワードは隣でその作業を見た。初めて入る港で船を安全に進めることについては、自分よりカートライトの方がはるかに詳しい。


 夕方、船長室へ戻ったエドワードは帳面を開いた。船内に残している現金は約40ポンドで、船倉にはロンドンで580ポンドを使って仕入れた商品がある。


 大西洋で聞いた話が正しければ、同じ商品でも売る港によって値段が変わる可能性がある。エドワードは、ニューヨークでは相場を確かめてから売る量を決め、その後はボストンから流れた荷がどこへ向かっているのか調べることを帳面へ書き加えた。

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