第5話(中編)「閉じた港の値段」 1774年6月4日~6月20日
6月4日、ヴェンチャー号はニューヨークへ入港した。
港には大小の帆船が並び、岸壁では荷役人夫が樽や木箱を運んでいる。海水と魚、馬糞、木材、煙の匂いが入り混じり、荷を下ろす男たちの声が絶えなかった。ロンドンほど大きな町ではないが、港へ入れば各地から商品が集まっていることは一目で分かる。
エドワードは船を係留しても、すぐには積荷を下ろさなかった。まず値段を知るため、カートライトの紹介でトマス・モリスという商人に会った。40代半ばのモリスは、イギリス本国と西インド諸島の双方を相手に商売している。
モリスはヴェンチャー号の船倉へ入り、布地、釘、工具、金属製の日用品などを一通り確かめてから甲板へ戻ってきた。
「悪くない荷です」
「全部なら、いくらで買います?」
「800ポンド」
580ポンドで仕入れた荷なので、全部売れば220ポンドの利益になる。初航海としては十分な数字だったが、エドワードはその場では返事をしなかった。
「サレムなら、もう少し高く売れますか」
モリスが顔を上げた。
「誰から聞きました?」
「ボストンから帰る船と海上で会いました。港が閉じるので、荷がサレムやマーブルヘッドへ回っているそうですね」
「よく聞いてきましたな。そのとおりです」
「僕の荷なら?」
「高くなる品もあるでしょう。ただ、サレムも混乱しています。倉庫も馬車も足りない。持っていったからといって、すぐ買い手が見つかるとは限りません」
「ニューヨークは?」
「ボストンへ行くはずだった船が、こちらへ回ってくることもあります。だから何でも不足しているわけではない」
エドワードは船倉の積荷を思い浮かべながら考えた。
「では、一部だけ買ってください。残りはサレムへ持っていきます」
「私の800ポンドでは不満ですか」
「いい値段だと思います。ただ、自分の船を持っているのに、ここで全部売らなければならない理由もありません」
仕入れ値で約160ポンド分の商品を選び、交渉の結果、モリスは220ポンドで買い取った。仕入れ値420ポンド分の商品は船倉へ残す。
取引を終えると、モリスが尋ねた。
「17歳でしたな」
「そうです」
「普通なら800ポンドを受け取って、初航海の成功を祝うところです」
「僕だって800ポンドなら嬉しいですよ」
「それでもサレムへ行く?」
「もっと高く売れるかもしれませんから」
「安くなるかもしれない」
「その時は僕の失敗です」
モリスは笑った。
「では、戻ってきた時にも船を持っていたら、また商売しましょう」
「沈むことを前提にしないでください」
「17歳の船長には、そのくらい言っておく方がいい」
◇ ◇ ◇
6月7日、ヴェンチャー号はニューヨークを出て北へ向かった。
外洋を1か月以上航海したからといって、エドワードが一人前の船乗りになったわけではない。沿岸では浅瀬や岩礁、潮流に注意する必要があるため、進路はカートライトが決めた。エドワードは海図を見ながら、なぜその進路を取るのかを聞いた。
6月11日、ヴェンチャー号はサレムへ入港した。
ボストン港が閉鎖されてから、まだ10日ほどしかたっていない。それでも港の混雑はニューヨークとは明らかに違った。岸には樽や木箱が積み上がり、倉庫では荷役人夫が休む間もなく働いている。荷馬車が頻繁に通る道には深い轍ができていた。
ボストンを使えなくなった人と商品が、すでにこちらへ流れ込んでいる。
エドワードがニューヨークで残した商品を見せると、何人もの商人が値を付けた。最初の相手には売らず、別の商人とも話した末、690ポンドを提示した相手へ残りを全部売った。
ニューヨークで受け取った220ポンドと合わせると、580ポンドで仕入れた商品が910ポンドになり、粗利益は330ポンドとなった。
売却を終えたエドワードは、そのまま港や倉庫を見て回った。ボストンから回されてきたのはイギリスから入る商品だけではなく、北アメリカから別の土地へ送るはずだった荷もある。予定どおり出港できず、倉庫に置かれたままの品も少なくなかった。
その中で知り合ったのが、ボストンの商人ナサニエル・ピアースだった。ピアースは塩漬け魚、樽材、木材などを西インド諸島へ送っていたが、港の閉鎖によって一部の荷を予定どおり出せなくなっていた。
「待っていれば、いずれ売れるんでしょう?」
エドワードが尋ねると、ピアースは顔をしかめた。
「待てればな」
「待てない事情が?」
「ロンドンへ払う手形がある。倉庫に荷が積んであっても、それが現金に変わるまで相手は待ってくれん」
商品は持っているのに、支払いに必要な現金が足りない。エドワードには身近な話だった。
「この荷を西インド諸島へ持っていけば、いくらになります?」
「相場どおりなら1,500ポンドは超える」
「ここで今すぐ売るなら?」
「1,000ポンドだ」
「高いですね。800ポンドなら買います」
ピアースの顔が険しくなった。
「半値で持っていくつもりか。帰れ」
「分かりました」
エドワードは本当に立ち上がった。
「待て。900ならどうだ」
「820です」
「880」
「820なら今日払います。明日から倉庫代もかかりません」
「850」
「それなら別の相手を探します」
ピアースは17歳の相手をじっと見た。
「お前、本当に17か」
「今年17になりました」
「嫌な若造だな」
「ロンドンでも言われます」
ピアースは呆れた顔をしたが、最後には820ポンドで承諾した。エドワードが買ったのは、塩漬け魚を中心に樽材や木材を合わせた荷だった。
西インド諸島の砂糖生産地では、食糧や木材の多くを外から運び込んでいる。サレムで出荷に困っている荷を、需要のある土地まで自分の船で運べるなら、買う相手も売る相手も自分で選べる。
◇ ◇ ◇
ピアースとの取引を終えると、エドワードの手元に残る現金は再び少なくなった。
ニューヨークとサレムで受け取った代金に、ロンドン出航時から残していた金を合わせれば約950ポンドになるが、そのうち820ポンドを新しい積荷へ使っている。水や食糧の補充、港の費用もそこから払わなければならない。
カートライトは積み込まれる荷を見ながら尋ねた。
「これをバルバドスへ?」
「そのつもりです。全部積めますか」
「木材の置き方は考えますが、問題ありません。現金はどのくらい残っています?」
「港の費用を払えば、たいして残りません」
「また使いましたな」
「魚と木材に変えました」
「その言い方だと、減っていないように聞こえますな」
「バルバドスで高く売れれば減っていません」
「売れてから言ってください」
その後、サレムの別の商人から、西インド諸島まで商品を運んでほしいという話が持ち込まれた。
ヴェンチャー号の船倉にはまだ余裕がある。荷の内容と量をカートライトに確かめてもらったうえで契約し、バルバドスへ無事に届ければ300ポンドの運賃を受け取ることになった。
6月20日には水と食糧の補充も終わり、船倉にはエドワード自身の荷と、運賃を受け取って運ぶ別の商人の荷が収まった。翌朝、ヴェンチャー号はバルバドスへ向けてサレムを離れる予定だった。




