第4話(後編)「新大陸へ」 1774年4月21日~4月30日
4月21日、父リチャードがハートフォードシャーからロンドンへやって来た。
エドワードが25ポンドを2,500ポンドへ増やしたと聞いた時には来なかったが、その金で船を買い、自分も乗って新大陸へ渡るとなれば話は別だった。
レイヴンズクロフト邸へ到着したリチャードは、旅装を解く前に息子を居間へ呼んだ。
「船を買ったそうだな」
「はい」
「売れ」
「嫌です」
父は椅子へ腰を下ろし、息子を見た。
「お前は海のことをどれだけ知っている?」
「今、覚えています」
「普通は覚えてから船を買うものだ」
「買ったので、毎日覚えています」
「順番が逆だと言っているんだ」
父が問題にしているのは、2,500ポンドを失う危険だけではない。17歳の息子が外洋航海の経験もないまま、大西洋へ出ようとしているのである。
「父上。もし僕が2,500ポンドをそのまま持って帰ったら、どうします?」
「なぜ今その話をする」
「借金へ回しますか」
「お前が作った金だ。好きに使えばいい」
「なら、僕は増やすために使います」
「船を買うことまではまだ分かる。だが、お前自身が乗る必要はないだろう」
「僕にはあります。人に任せて陸にいたら、海の商売を覚えられません」
リチャードは息子を見つめた。
「2,500ポンドを失うだけならまだいい。お前まで失ったらどうする」
エドワードはすぐには返さなかった。
「死ぬつもりで行くわけではありません。経験のある航海長を雇い、船も修理しました。武装もしています」
「それで安全になると思うのか」
「安全とは言いません。海へ出る以上、危険はあるでしょう」
「それでも行くのか」
「はい」
リチャードは苛立ちを隠さなかった。
「なぜそこまで急ぐ」
「2,500ポンドを父上へ渡しても、借金は1万2,500ポンド残ります。だから目標を5万ポンドに変えました」
「5万?」
「借金を全部返した後にも、十分な資本が残る額です。グレイミア家を、また同じ程度の借金で困る家にはしたくありません」
「5万ポンドを簡単に口にするな」
「簡単だとは思っていません」
「25ポンドを2,500ポンドにできたから、次も同じように増やせると思っているのか」
「いいえ。前回と同じ取引を何度もできるとは思っていません。だから船を買いました。今度は自分で商品を運び、商売のできる場所へ行きます」
リチャードはしばらく黙っていた。
息子が船を買ったことには納得していない。それでも、単なる思いつきで大西洋へ出ようとしているわけではないことは分かったようだった。
「アンには何と話した」
「まだ詳しくは書いていません」
「私に説明させるつもりか」
「父上から話した方が信用するでしょう」
「信用しても安心はせんぞ」
「それは分かっています」
その点については、エドワードも父と同じ考えだった。
◇ ◇ ◇
母アンから返事が届いたのは4月24日だった。
手紙は予想していたより短かった。
「船を買ったとお父様から聞きました。最初は止めようと思いました。でも、あなたはもう決めてしまったのでしょう」
続きには、さらに簡潔な言葉があった。
「お金を増やすことは好きにしなさい。ただし、生きて帰ってきなさい。守ってほしいのは2,500ポンドではなく、あなた自身です」
最後には、妹エリザベスからの伝言も添えられていた。
「ロンドンのお土産はもういらないので、新大陸のお土産が欲しいそうです」
エドワードは笑い、その日のうちに返事を書いた。
「母上。無事に帰るつもりで行きます。経験のある航海長も雇いました。2,500ポンドはほとんど船と積荷に使いましたが、何も考えずに使ったわけではありません。まず今回の航海を成功させて帰ります」
書き終えて読み返したが、母を安心させるには十分ではないだろう。
それでも、海に危険がないようなことを書く気にはならなかった。
◇ ◇ ◇
4月26日、出航を2日後に控えたエドワードは、レイヴンズクロフト邸で姉夫婦と夕食を取った。
食卓には牛肉と魚、野菜、焼いたパンが並び、暖炉の火も冬のころほど強くはない。
キャサリンは弟へ尋ねた。
「本当に行くのね」
「準備は終わりました」
「向こうでは何をするの?」
「まず積んでいく商品を売ります。現地の値段を見て、帰りに何を積むか決めます」
「それだけなら少し安心できるけれど」
「何をすると思っているのです?」
「あなたはロンドンへ来て2か月で25ポンドを2,500ポンドにして、その金で船まで買ったのよ。普通に商売をして帰ってくると言われても、私は少し疑うわ」
ヘンリーが笑った。
「それについては私も同じだ」
「義兄上まで」
キャサリンは少し迷った後、別のことを尋ねた。
「シャーロットとは、もう会わないの?」
「夫人は領地へ戻りました」
「それで終わり?」
「次に社交の場で会えば、普通に挨拶するでしょう」
「本当にそれだけ?」
「姉上。明後日には海へ出るのに、今その話ですか」
「海へ出るから聞いているのよ」
ヘンリーが口を挟んだ。
「キャサリン、その辺で勘弁してやれ」
「あなたは黙っていて」
「分かった」
エドワードは笑ったが、キャサリンはすぐに真顔へ戻った。
「もう女の話はいいわ。生きて帰ってきなさい」
「そのつもりです」
「必ず帰ってきて」
姉の顔を見て、エドワードも冗談で答えるのをやめた。
「分かりました。帰ってきます」
「約束よ」
「はい」
◇ ◇ ◇
4月28日、ヴェンチャー号はテムズを下った。
空には低い雲が広がり、西寄りの風が川面を波立たせている。理想的な風向きではなかったが、カートライトは出航に問題はないと判断した。
甲板では乗組員が帆と索具を扱い、船倉には布地、金物、工具などの商品と、航海に必要な食糧や水が積まれていた。砲門の内側には6門の4ポンド砲が据えられている。
エドワードは船尾近くに立ち、次第に遠ざかるロンドンの町並みを見ていた。
3か月前にはロンドンへ来ることさえ初めてだった。その町を、今は自分が買った船で離れようとしている。
カートライトが隣へ来た。
「まだ戻れますよ」
「戻りたいのですか」
「私は仕事ですから、船長が行くなら行きます。ただ、港を出た直後に帰りたくなる人は珍しくありません」
「カートライトさんも?」
「若いころは毎回でした。それでも陸に長くいると、また海へ出たくなる」
「変な仕事ですね」
「船乗りはだいたいそんなものです」
「僕は金を稼げれば十分ですよ」
「私も最初はそうでした」
「今は?」
「陸に長くいると退屈します」
エドワードは笑った。
「僕はそうならないと思います」
「では何年かしてから、もう一度聞きましょう」
ヴェンチャー号は潮に乗り、さらに下流へ進んだ。
◇ ◇ ◇
翌29日、ヴェンチャー号は英仏海峡へ出た。
川とは波の大きさがまるで違う。船首がうねりに持ち上げられた後、海面へ落ちるたびに船体が揺れ、波が船腹へぶつかる低い音が続いた。
エドワードは再び船酔いした。
今回は試験航海の時ほど水夫たちは笑わなかった。吐いても仕事へ戻ることを知っていたからである。
カートライトは海図を広げ、進路を説明した。
「まず西へ出ます。風によっては南西へ下げることもあります」
「ニューヨークまで、どのくらいかかります?」
「順調でも数週間です。風が悪ければ、もっと長くなります」
「その間に、できるだけ船のことを教えてください」
「どこまで?」
「覚えられるだけ全部です」
カートライトは笑った。
「全部なら何年もかかります」
「今回は数週間しかありません」
「では、その数週間で覚えられるだけ教えましょう」
「帰りには、今より役に立つ船長になります」
「それなら私も少し楽になりますな」
実際の航海では、まだカートライトの判断に頼らなければならない。エドワードは、それをごまかして船長らしく振る舞うより、なぜその指示を出すのかを聞き、一つずつ自分で判断できることを増やすつもりだった。
◇ ◇ ◇
4月30日の朝には、東に見えるイングランドの陸影もかなり薄くなっていた。
海上には冷たい風が吹き、帆布が張る音と索具の軋みが絶えず聞こえている。周囲を見渡しても、陸上の建物はもう見分けられない。
船内に残した現金は約40ポンドだった。
3月末に持っていた2,500ポンドの大半は、ヴェンチャー号の船体、修理、武器、航海の費用、乗組員への給金、積荷へ変わっている。船が沈めば、それらをまとめて失う。
それでも、2,500ポンドを銀行へ置いたままにしてくればよかったとは思わなかった。
船があれば、価格の安い土地から高い土地へ商品を運べる。ある港で得た情報を別の港へ持っていくこともでき、政治や戦争によって海運の条件が変われば、それ自体を商売に利用できる。
今のヴェンチャー号は武装商船であり、勝手に他国の船を襲うことはできない。将来イギリスが戦争に入り、正式な許可が出れば別の機会も生まれるだろうが、それはまだ先の話である。
まずは新大陸まで無事に渡り、積んできた商品を売り、帰りの荷を見つけなければならない。
エドワードは船長室で帳面を開いた。
2,500ポンドの先には、5万ポンドという数字が書いてある。目標まではまだ遠く、現金もほとんど残っていないが、今は自分の船と商品を持っている。
これからはロンドンの相場だけを相手にするのではなく、自分の船で商品や情報を運び、土地ごとの価格や需要の違いから利益を作ることができる。
帳面を閉じて甲板へ戻ると、ヴェンチャー号は帆に風を受け、新大陸を目指して西へ進んでいた。




