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25ポンドから始めるジョージア朝成り上がり 男爵家の跡取りは金と情報で大英帝国を駆け上がる  作者: ひまえび
第二部・第五章――「自由には値段がある」

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第1話(中編)「1万ポンドの模型」 1799年3月5日~3月10日

 3月5日、グラントの工房の一角に、小さな試験装置ができあがった。


 木製の水槽に船の模型を浮かべ、歯車を介して左右の水車を動かす仕組みである。動力には手回しの装置を使い、回転数と船が進む距離を比較できるようにしていた。


 最初の試験では模型は前へ進んだものの、予想したほど速度が出なかった。イーサンは水車を取り外し、水を押す羽根の形を変えた。


 2回目は推進力が増したが、回転を速くすると船体が大きく揺れた。そこで3回目の試験では水車の位置を調整し、左右の動きが揃うように歯車を組み直した。


 すると、同じ回転数でも模型が進む距離は明らかに伸びた。


 グラントは何度も試験を繰り返し、結果が偶然ではないことを確かめた。


「こいつは面白い。羽根の形を変えただけで、こんなに違うものなのか」


「水を強くかけば速くなるわけではありません。羽根が水に入る時だけでなく、出る時の抵抗も考えないと、力を無駄に使ってしまいます」


「それにしても、お前は機械のことをどこで覚えたんだ。俺は40年近く鉄を扱ってきたが、最初の試験を見た時には失敗すると思っていたぞ」


「本で調べたり、実物を観察したりして覚えました。でも、まだ知らないこともあります。今回だって、試験して初めて分かったことがいくつもありましたから」


 イーサンは結果を記録し、模型をもう一度動かした。小さな水車が回転し、船体が水槽の端まで進んでいく。


 グラントはその様子を見ながら、青年が単なる思いつきで蒸気船の改良を口にしたわけではないことを理解した。


「これを持ってリヴィングストンに会いに行くつもりなんだな」


「ええ。まず、この仕組みに価値があることを認めてもらいます。そのうえで、実際の船と機関を調べさせてもらうつもりです」


「模型だけ見せて、相手にしてもらえるのか」


「模型は入口にすぎません。リヴィングストンが欲しいのは、期限までに条件を満たす蒸気船です。僕がその問題を解決できると分かれば、話を聞いてもらえるでしょう」


「それで、報酬はどのくらい要求するつもりだ」


「かなり高い金額を考えています。ただ、まだ交渉もしていませんから、具体的な条件は控えておきます」


 グラントは笑った。


「俺にも教えないのか。ずいぶん用心深い若造だな」


「大きな商談になるかもしれませんからね。正式に決まるまでは、余計な話を広めたくないんです」


「なるほど。だが、相手は大金持ちで政治家でもあるんだぞ。お前が模型を見せて、向こうが勝手に真似をしたらどうする」


「だから、契約する前に肝心な構造は渡しません。発明の権利を確保する準備も進めています」


 イーサンは模型の内部を隠すための覆いを取り付けた。外から水車の動きは見えるが、内部の歯車と動力を伝える仕組みは簡単には確認できない。


「これなら、性能を見せながら、重要な部分を隠しておけます」


「だが、俺は中身を見ているぞ」


「グラントさんには製作を手伝っていただきましたからね。ただ、詳しい図面や試験記録は僕が持っていきます。工房に残す必要はありません」


「心配するな。俺も職人だ。他人の仕事を勝手に持ち出したりはしない」


「ありがとうございます。正式に仕事が決まったら、またお願いすることもあると思います」


 グラントは試験装置を片付けながら、青年へ尋ねた。


「それほど大きな報酬を狙うなら、成功すればしばらく遊んで暮らせるんじゃないか」


「僕は働くのが嫌いではありませんから。むしろ、やりたい仕事がたくさんあります」


「変わった若者だな。普通なら、大金を手に入れたら遊んで暮らすことを考えるものだぞ」


「僕は自分の能力で、どこまで大きな仕事ができるのか試してみたいんです。ただ、その話は今回の仕事を成功させてからにしましょう」


「分かったよ。まずはリヴィングストンを納得させてこい」


 イーサンは模型を木箱へ収めた。


 リヴィングストンが抱えている問題を解決できれば、相当な報酬を要求できる。しかも、発明そのものを売る必要はない。使用する権利だけを認めれば、将来は別の相手からも収入を得られる。


 そのためにも、最初の契約が重要だった。


 イーサンはグラントに借りた材料代と工房の使用料を記録し、成功した場合には約束どおり精算することを確認した。


 さらに、旅費を用意するため、工房に残っていた修理仕事を引き受けた。ダニエルから紹介された商人の帳簿整理も終えており、ニューヨークへ行くための金はどうにか揃った。


 残る問題は、リヴィングストン本人に会えるかどうかだった。


 ◇ ◇ ◇


 3月7日、イーサンはニューヨーク市へ向けてアルバニーを出発した。


 出発前、アンは弟へ厚手の外套を渡した。


「ニューヨークまでは長い道のりでしょう。まだ寒い日もあるから、これを持っていきなさい」


「ありがとう、姉さん。大事に使わせてもらうよ」


「仕事がうまくいかなかったら、すぐに帰ってきなさい。無理をして借金まで作らないでちょうだい」


「分かっているよ。今回は模型を見せて交渉するだけだから、大きな金を使うつもりはないんだ」


「あなたは昔から、何か思いつくと周りが見えなくなるところがあるでしょう。相手は大変な資産家だそうだし、簡単に話がまとまるとは思えないわ」


「だから、最初から全部教えるつもりはないよ。相手が本当に興味を持って、条件に納得してくれたら、詳しい話をするつもりなんだ」


 アンは弟の顔を見た。


「あなたが十分に考えていることは分かっているわ。でも、心配くらいはさせてちょうだい」


「もちろん。向こうへ着いたら手紙を出すよ」


 イーサンは姉を抱きしめ、玄関で見送っていたダニエルにも礼を述べた。


「義兄さん、グラントさんを紹介してくれてありがとう。おかげで模型が完成したよ」


「礼なら成功してからにしろ。リヴィングストンに会えるかどうかも、まだ分からないんだろう」


「会えるように手を尽くすよ。模型を見てもらえれば、少なくとも話を聞く価値があることは分かってもらえると思う」


「そうか。では、気をつけて行ってこい」


 イーサンは荷物を馬車へ積み込み、カーター家を後にした。


 ニューヨーク市に着いたのは9日だった。


 アルバニーよりはるかに大きな港には、多くの帆船が停泊していた。波止場には商人や船員が行き交い、荷車が石畳を走る音と、積荷を運ぶ人夫たちの声が絶えない。


 港には英国をはじめ、さまざまな国の船が入っていた。倉庫には砂糖、綿花、木材、小麦粉などの商品が積まれ、商人たちは船の出入りに合わせて忙しく働いている。


 イーサンは波止場を歩きながら、船の大きさや積荷の種類を観察した。


 これほど多くの船が集まる港なら、運送に関する新しい技術には大きな需要があるはずだった。蒸気船が実用化されれば、風向きに左右されずに川を上ることができる。商人たちにとって、商品の到着日を予測できることにも大きな価値がある。


 もっとも、今は港を見物している場合ではない。


 イーサンは宿に荷物を預けると、リヴィングストンの事業に関係する技師へ面会を申し込んだ。


 最初は相手にされなかったが、蒸気船の推進装置について具体的な改良案があり、動く模型も持参していると伝えると、翌日に短い時間だけ会ってもらえることになった。


 ◇ ◇ ◇


 3月10日、イーサンは約束の場所へ模型を運び込んだ。


 面会した技師は、18歳の青年を見ると、あまり期待していない様子だった。


「蒸気船を改良できるという話だが、君は本当に機械を扱ったことがあるのか」


「ええ。実物の蒸気機関を調べたこともあります。ただ、今回お見せしたいのは機関そのものではなく、その力を効率よく推進装置へ伝える仕組みです」


「そんなことなら、こちらでも何度も試している。君の模型に、それほどの違いがあるというのか」


「まず動きをご覧ください。同じ力でも、水車の形と位置によって船の速度が変わります」


 イーサンは小さな水槽を用意し、模型を浮かべた。


 動力を与えると左右の水車が回り、船体が水面を進んだ。さらに水車の羽根を交換して試験すると、進む距離が変化した。


 技師は最初、模型を眺めているだけだった。しかし、イーサンが回転数を揃えて何度か試験し、その結果を記録した紙を示すと、態度を変えた。


「なるほど。だが、模型なら抵抗が小さい。実際の船は何十トンもの重さがあるんだぞ」


「承知しています。模型の結果をそのまま実物に当てはめるつもりはありません。船体の大きさや機関の性能を調べて、必要な部分を改良するつもりです」


「君は、この仕組みを実物の船にも使えると思っているのか」


「使える見込みは十分にあります。ただし、今の船と機関を確認しなければ、具体的な改造方法は決められません」


 技師は模型を手に取り、内部を調べようとした。


 イーサンはそれを止めた。


「申し訳ありません。内部の詳しい構造は、正式に話がまとまるまでお見せできません。発明の権利を守る必要がありますので」


「君は我々を信用していないのか」


「信用していないわけではありません。ただ、まだ契約もしていませんから、技術を全部お渡しするわけにはいかないんです」


 技師はしばらく青年を見ていたが、やがて模型を机へ戻した。


「なるほど。性能を見せることと、技術を渡すことは別というわけか」


「そのとおりです。まずは、この仕組みを使う価値があるかどうか判断していただきたいんです」


 技師は再び試験結果を調べた。


 そして、イーサンが単に思いつきを話しているのではなく、実際に測定を繰り返して改良を進めていることを認めた。


「分かった。リヴィングストン様に紹介しよう。ただし、あの方は忙しい。時間を無駄にすれば、二度と会ってもらえないかもしれないぞ」


「承知しています。僕も、必要なことだけをお話しするつもりです」


 技師は紹介の手紙を書き、翌日の面会を取り次いでくれた。


 イーサンは礼を述べ、模型を木箱へ戻した。


 宿へ帰ると、試験結果と契約条件の草案を改めて確認した。


 提示する使用料は1万ポンド。


 ただし、その金額で発明を売るつもりはない。リヴィングストンには、決められた地域と期間で使用する権利だけを認める。発明そのものの権利は、自分の手元に残す考えだった。


 もちろん、相手が簡単に承諾するとは思っていない。それでも、独占権を失う期限が迫っていることは、イーサンにとって有利な条件だった。


 リヴィングストンは蒸気船を完成させなければならない。一方、イーサンはその問題を解決できる技術を持っている。


 あとは相手に価値を認めさせ、十分な報酬を払わせるだけだった。

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