第10話(後編)「代表取締役社長」 1782年12月1日~12月31日
12月初旬、東インド会社の取締役会で定款改正案の採決が行われた。
新しい仕組みは単純だった。
株主総会が取締役を選び、重要な経営方針は取締役会の多数決で決める。取締役会は、自分たちが決めた方針を実行する責任者として、取締役の中から代表取締役社長を選任する。
社長は日常の経営を指揮し、大規模な投資、会社全体の方針変更、重要な人事は取締役会へ諮る。
誰が決め、誰が実行するのかを分けるだけだった。
採決の前に、古参の取締役が発言した。
「会社の規模を考えれば、経営の責任者を置くことには賛成できます。ただし、この改正をした直後にヘイル伯爵が代表取締役社長へ立候補するのであれば、最初から伯爵のために定款を変えたと思われても仕方がありませんな」
「そう思う方はいるでしょう。僕自身、社長になるつもりでこの案を出していますから、そこを隠す気もありません」
エドワードは続けた。
「だから定款改正と社長選任を分けて採決するんです。新しい仕組みには賛成でも、僕を社長にするのは反対だという方は、次の採決で別の候補へ票を入れてください」
「伯爵が社長になれば、御自身の商会と東インド会社の利益がぶつかることもあります。その場合はどうなさいます?」
「東インド会社の仕事として判断します。ヘイル商会から買うより他の商人から買った方が会社に得なら、そちらから買えばいい。インドでも自分の商売と会社の財産は分けて扱ってきました」
「将来も同じだと?」
「そこを信用できないと思った時には、取締役会で僕を社長から降ろしてください。そのために社長より上に取締役会を置くんです」
古参取締役は資料へ目を戻した。
採決が行われた。
賛成16、反対8。
定款改正は可決された。
東インド会社はその日から、株主総会、取締役会、代表取締役社長という分かりやすい経営体制へ移ることになった。
◇ ◇ ◇
続いて、代表取締役社長の選任が行われた。
立候補したのはエドワードだけではない。
長く会社経営に関わってきた年長の取締役も名乗りを上げていた。会社内部の経験だけを比べれば、エドワードより長い。
投票前、候補者には自分の経営方針を説明する時間が与えられた。
エドワードは立ち上がった。
「僕は、この会社で一番経験の長い取締役ではありません。インドについても、アシュコームさんの方が詳しい。財務ならベルさんに及ばないところがありますし、船のことならモーダントさんのような船主に聞いた方がいい」
取締役たちは黙って聞いていた。
「だから全部を僕1人でやるつもりはありません。詳しい人間に任せた方がよい仕事は任せます。その代わり、会社全体をどちらへ進めるかは社長として決め、その結果について責任を負います」
エドワードはインドから持ち帰った資料へ手を置いた。
「マドラスとカルカッタへ行って分かったのは、東インド会社には足りない物より、すでに持っている物の方が多いということです。金があります。船があります。港があり、倉庫があり、商人がおり、兵までいます。それでも判断が遅れれば商品は倉庫に積み上がり、支払いが止まれば商人は次の商品を用意できません」
何人かの取締役が資料へ目を落とした。
「船が足りなければ借りればいい。確認の終わった代金は払えばいい。敵から港を取ったなら、壊れていない倉庫まで焼かずに翌日から使えばいい。現地で判断できることまでロンドンへ問い合わせさせる必要もありません」
エドワードは一度席を見回した。
「僕がやりたいのは、東インド会社を別の会社へ作り替えることではありません。この会社が持っている金、人、船、港を、今より早く動かすことです。そして、今より儲かる会社にする。それができなければ、僕を社長に選ぶ必要はありません」
演説はそこで終わった。
投票が始まった。
集計の結果、エドワードは15票を獲得した。
24人中15人。
過半数である。
1782年12月、25歳のエドワード・ヘイルは東インド会社の代表取締役社長に選任された。
◇ ◇ ◇
会議を終えた夜、ロンドン邸にはウェッブ、アシュコーム、ベル、モーダントが集まった。
モーダントは取締役ではないため採決には参加していないが、結果を聞くと最初に酒杯を上げた。
「代表取締役社長就任、おめでとうございます。最初に会社を買いたいと言っていたころから考えれば、ずいぶん違う買い方になりましたな」
「結局、会社は買っていませんよ」
「ですが、東インド会社を動かす人間にはなった」
ウェッブが横から言った。
「最初は株をいくら買えば会社を手に入れられるか、そればかり聞いておられましたからな」
「そのころは会社の中身を知らなかったんだ。今なら、全部の株を買う必要がないことくらい分かるよ」
ベルが酒杯を置いた。
「取締役会が残っていることだけは、忘れないでください。今日15票を得たからといって、今後すべての議案へ15票が付くわけではありません」
「その方がいい。僕が間違っている時まで賛成されたら困る」
アシュコームも笑った。
「必要なら私も反対しますよ」
「それで構いません。自分の考えが正しいと思うなら反対してください。その代わり、僕も説得できると思えば遠慮なく説得します」
モーダントは酒を注ぎ足した。
「それでは船主として1つ確認しておきたい。社長になった最初の仕事で、また船を増やすおつもりですか?」
「増やしますよ」
「やはり」
「ただし、値段が安いというだけで船を選ぶつもりはありません。荷を無事に運べる船には、その分の金を払います」
「その方針なら、今までどおり付き合えます」
ウェッブは古い帳面を持ってきた。
エドワードが最初に東インド会社を調べ始めた時から使ってきたもので、株主や取締役について調べた記録が残っている。
「これはどうなさいます?」
「残しておいてくれ。最初は会社の仕組みを理解するだけでも大仕事だったんだから」
「その仕組みを最後には定款ごと変えてしまわれましたな」
「使いにくいなら直せばいいだろう」
「社長になった初日から、その調子ですか」
「今さら変える必要もないでしょう」
酒杯が上がった。
◇ ◇ ◇
クリスマスはハロウデンで迎えた。
両親、姉妹夫婦も集まり、大食堂には家族のための料理が並んでいた。
長男は2歳になり、食事の途中でも椅子から降りたがる。双子も成長し、エドワードは帰国したころのように2人を何度も見比べなくても見分けられるようになっていた。
夕食前、アメリアが夫へ近づいた。
「東インド会社の代表取締役社長になったそうですね」
「もう聞いたのか」
「ウェッブさんからではありませんよ。今日は父上も母上も、その話をしていました。この家で知らないのは子供たちくらいです」
「子供たちには、まだ必要ないだろう」
「それで、最初に言っていた東インド会社を買うという話は、結局どうなったのです?」
「全部買う必要はなくなったよ。取締役会が方針を決めて、僕が代表取締役社長として会社を動かす。株を全部買い集めるより、その方がずっと安く済んだ」
アメリアは笑った。
「会社には値段があると言っていたのに、最後は全部買わなかったのですね」
「必要なところまで手に入れば十分だよ」
「でも、これから東インド会社を動かすのはあなたなのでしょう?」
「取締役会で決めた範囲ではね」
「でしたら、あなたとしては十分なのでしょうね」
「ああ。十分だ」
そこへ長男が走ってきて、父親の手を引いた。
居間ではリチャードがビリヤード台のそばに立ち、母アンと姉妹たちは双子を囲んでいた。
「父上が待っているようですよ」
「たぶん、5ギニー取り返すつもりなんだろう」
「仕事より先に相手をしてあげてください」
「今日はそうするよ」
エドワードは息子に手を引かれて居間へ向かった。
書斎には、代表取締役社長として確認する東インド会社の書類が届いていたが、今夜開く必要はなかった。
その夜は家族と食事をし、父とビリヤードをして、双子を順番に抱いた。
東インド会社の仕事は、翌朝から始めればよかった。
◇ ◇ ◇
17歳の誕生日に25ポンドを元手として商売を始めたエドワード・ヘイルは、船と土地を手に入れ、伯爵となり、25歳で東インド会社の代表取締役社長に就任した。彼を主人公とする第一部の物語は、ここでいったん幕を閉じる。
続く第二部の舞台は、17年後の1799年、アメリカへ移る。新たな主人公は、エドワードとレベッカ・マーサーの間に生まれた息子、イーサン・マーサーである。父とは離れて育った青年が、今度は自分自身の力で人生を切り開いていく。




