第7話(後編)「届かない知らせ」 1782年3月1日~3月31日
3月1日になっても、アメリアの熱は続いていた。
前日より明らかに弱っている。
意識がはっきりしている時もあれば、呼びかけてもすぐ反応しない時もある。
医師は何度も診察し、別の医師も呼ばれた。
アンは廊下で2人を呼び止めた。
「今の状態がどれほど危険なのか、はっきり教えてください」
「高い熱が長く続いております。今夜か明日が一番心配です。ただ、まだ持ち直す可能性はあります」
「できることは全部してください。必要な物も人も、いくらでも用意します」
「承知しております」
金でどうにかなるものではないことは、アンにも分かっていた。
それでも今は、そう言うしかなかった。
◇ ◇ ◇
3月2日の午後、アメリアの意識が戻った。
アンがそばへ座ると、アメリアは弱い声で日付を尋ねた。
「もう3月2日よ。あなたは何日も熱を出していたの」
「エドワードには、双子のことを知らせましたか」
「昨日、手紙を出しました。女の子が2人とも元気だと書いてあります。あなたが高い熱を出していることも書きました」
アメリアはしばらく黙っていた。
「今の状態も知らせてください」
「これ以上心配させなくてもいいでしょう」
「何も知らない方が嫌です。あの人には、ちゃんと知らせておいてください」
アンは娘の手を握った。
「分かったわ。ただし、あなたが死ぬような手紙にはしません。熱が続いていて医師がついていると書きます。それから、治ったらあなた自身が次の手紙を書くのよ」
アメリアは少し笑った。
「それなら約束します」
しばらくして、息子の話になった。
「明日は、あの子の誕生日ですね」
「ええ。2歳になります」
「今年は何もできませんね」
「菓子くらいは用意します。あなたが治ったら、改めて祝えばいいでしょう」
「エドワードがいたら、きっと大げさなくらい祝ったでしょうね」
「来年は家族5人で祝いなさい」
アメリアは目を閉じた。
「そうします」
◇ ◇ ◇
3月3日。
長男は2歳になった。
大きな祝いは行わなかったが、乳母が小さな菓子を用意し、アンや使用人たちが誕生日を祝った。
息子は母親が寝室から出てこないことを不思議がり、何度も扉の方へ行った。
午後になると、アメリアが目を覚ました。
アンは息子を少しだけ寝室へ入れた。
乳母に手を引かれて母親のそばまで来ると、息子は寝台へ手を伸ばした。
「お誕生日、おめでとう」
アメリアは弱った腕を伸ばし、息子の髪へ触れた。
「今日は何もしてあげられなくてごめんなさいね」
息子は母親の手を握った。
事情は分からなくても、いつもと違うことだけは感じているようだった。
数分後、乳母が息子を連れて部屋を出た。
アメリアはその後、長い時間眠った。
◇ ◇ ◇
3月5日の夜。
熱はさらに高くなった。
アメリアの呼吸は浅くなり、医師たちは寝室からほとんど出なくなった。
アンも一晩中そばにいた。
夜半を過ぎたころ、アメリアは何度か苦しそうに身を動かした。
やがて大量の汗をかき始めた。
使用人たちが何度も寝具を取り替えた。
夜が明けるころ、医師が額と手を確かめた。
「熱が下がり始めています」
アンは医師を見た。
「良くなっているのですか」
「まだ安心はできません。ただ、昨夜よりは明らかに良い状態です」
その日の昼、アメリアは自分で水を飲んだ。
夕方には薄いスープを少し口にした。
翌朝になっても、熱は再び上がらなかった。
医師はようやく表情を緩めた。
「峠は越えたと思います」
アンは椅子へ腰を下ろした。
ここ数日、まともに眠っていなかった。
「助かったのね」
「まだ体力はかなり落ちています。しばらくは絶対に無理をさせないでください」
「それくらいなら、何か月でも寝かせておきます」
◇ ◇ ◇
3月8日。
アメリアはまだ自分で起き上がることはできなかったが、双子を寝台のそばへ連れてくるよう頼んだ。
乳母が1人ずつ抱いてきた。
アメリアは最初の娘の頬へ触れ、もう1人にも同じように触れた。
「元気だったのね」
「あなたよりずっと元気でしたよ」
アンが答えた。
「それは少し悔しいですね」
「そんな冗談が言えるなら、もう大丈夫そうね」
アメリアは笑った。
「エドワードへ手紙を出してください」
「今度は私ではなく、あなたが書きなさい。何日か待てば、自分で書けるでしょう」
「それなら、そうします」
◇ ◇ ◇
3月中旬になると、アメリアは寝台の上で座れるようになった。
さらに数日後には、使用人に支えられながら椅子まで歩いた。
長男は母親が再び起きていることが嬉しいらしく、暇さえあれば寝室へ入りたがった。
双子も順調に育っていた。
3月20日、アメリアはようやく自分の手でエドワードへの手紙を書いた。
文字はいつもより少し乱れている。
「女の子が2人生まれました。あなたは1人分しか覚悟していなかったでしょうから、帰ってきたら驚いてください。
その後、私はかなり高い熱を出しました。母上たちには随分心配をかけましたが、今はもう寝台から起きられるところまで戻っています。
息子も双子も元気です。私も生きています。
ですから、慌てて無茶な船旅をして帰ってくる必要はありません。ただし、仕事を理由に帰国を延ばすのも認めません」
最後まで書くと、アメリアは紙を読み返した。
「これなら、あの人も安心するでしょう」
アンも隣から読んだ。
「その前に出した手紙が先に届けば、相当慌てるでしょうけれどね」
「それは仕方ありません。海が広すぎるんですもの」
アメリアは手紙を封じた。
◇ ◇ ◇
そのころ、何も知らないエドワードはマドラスで倉庫を歩いていた。
英国側へ新たに加わった商人から、米と織物が大量に届いている。
現地会社員が帳簿を見せた。
「今月分は予定を超えました。このままでは倉庫へ入り切らなくなります」
「余った分はベンガルへ回しましょう。カルカッタでも使える。先月借りた現地船を使えば、英国から船を待つ必要もない」
「すぐ手配します」
エドワードは次の倉庫へ向かった。
港は動き、商人は増え、現地船も英国側の荷を運ぶようになっていた。
午後、宿舎へ戻ると、アメリアへの手紙を書いた。
1月に届いた手紙への返事である。
港の仕事が順調であること。近いうちにカルカッタへ向かうつもりであること。息子の様子をもっと知らせてほしいことを書いた。
最後に一文を加えた。
「次の手紙では、生まれた子供の名前を教えてください。男でも女でも、君が決めた名前なら僕は文句を言いません」
エドワードは封を閉じ、翌朝出る船へ載せるよう使用人へ渡した。
彼はまだ知らなかった。
英国からはすでに、双子の誕生とアメリアの高熱を知らせる手紙が海を渡り始めている。
その後を追うように、アメリア自身が書いた回復の知らせも、まもなくインドへ向けて出されるところだった。




