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25ポンドから始めるジョージア朝成り上がり 男爵家の跡取りは金と情報で大英帝国を駆け上がる  作者: ひまえび
第四章――「会社には値段がある」

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第6話(後編)「昨日までオランダの港」 1781年12月1日~12月31日

 12月初旬。


 マドラスの会議室に、新しい知らせが持ち込まれた。


 コロマンデル海岸のオランダ拠点をめぐる戦闘で英国側が優勢となり、港と商館を接収できる見込みが高まっている。


 地名を聞いたエドワードは、すぐ持参した帳簿を開いた。


「ここは取引額が大きい。港だけではなく倉庫が何棟もあり、織物と軍需品の集積にも使われています」


 現地幹部が頷いた。


「軍事上も重要です。ただ、実際に戦闘になれば、倉庫や港湾施設まで無傷で残せるとは限りません」


「砦を取るために必要なものは壊してください。ただし、戦闘に関係のない倉庫まで焼く必要はありません。できることなら、港を取った翌日から荷役を再開できる状態で残したい」


「軍へ商人の都合を優先させることはできません」


「そこは承知しています。戦闘に必要な破壊は構いません。ただ、勝った後に使える物まで一緒に燃やす必要はないと言っているんです」


 エドワードは地図を引き寄せた。


「港を確保できたら、僕も現地へ行きます。砲台を攻めるのは軍の仕事ですが、その後の商売はこちらで引き受けます」


「戦闘直後の港へ御自身で入られるのですか」


「戦闘が終わってからですよ。僕が砲台へ突撃するわけではありません」


「それなら少し安心できます」


「僕が欲しいのは要塞ではなく、そこを使っていた商売ですから」


 ◇ ◇ ◇


 数日後、港は英国側の手に入った。


 エドワードは武装船と輸送船を伴い、現地へ向かった。


 湾内へ入ると、戦闘の跡がまだ残っていた。


 砲撃を受けた建物から煙が上がり、岸では負傷兵が運ばれている。港の一部では帆柱を折られた船が傾いていた。


 それでも主要な桟橋は残り、倉庫の多くも無事だった。


 上陸したエドワードが最初に向かったのは要塞ではなく、港の倉庫街だった。


 英国兵と水夫が倉庫の扉を開け、内部を確認している。積まれていた織物や香辛料、酒、船用品の一部を運び出そうとする者もいた。


 エドワードは現地指揮官へ、倉庫街に衛兵を置くよう頼んだ。


「兵の正当な戦利品まで取り上げるつもりはありません。ただ、何がどれだけ残っているか確認する前に持ち出せば、あとで誰にも分からなくなります。戦利品として処分する物も、先に帳簿へ載せてください」


「兵の中には、戦利品を期待している者もおります」


「正式な取り分まで奪う必要はありません。だからこそ、最初に全体を記録してから分けた方が揉めずに済みます」


 指揮官は部下へ命令し、倉庫の入口へ衛兵を立たせた。


 エドワードはその足でオランダ商館へ入った。


 机は荒らされ、紙が床一面へ散らばっている。


 同行した会社員や通訳を呼び集める。


「商品より先に書類を集めてください。銀や織物は倉庫から勝手に逃げませんが、帳簿は燃やされたら終わりです。契約書、取引先名簿、貸付記録、手紙は捨てずに全部まとめてください」


 十数人が手分けして書類を拾い始めた。


 戸棚の奥からも帳簿が何冊も見つかり、その日の夕方までには商館の主要記録が別室へ集められた。


 ◇ ◇ ◇


 翌朝、港の有力商人たちが呼ばれた。


 進んで来た者ばかりではない。英国軍に占領された以上、呼び出しを無視すれば財産を奪われるのではないかと警戒している者もいた。


 エドワードは、その不安から先に片付けた。


「皆さんの財産を取り上げるために呼んだのではありません。昨日までオランダ側へ商品を売っていた方には、これから英国側とも取引していただきたい。その相談をするためです」


 年配の商人が通訳を介して口を開いた。


「英国側との取引を望まない者も、これまでどおり商売を続けられると考えてよろしいのですか」


「構いません。戦争をしている相手はオランダ政府とオランダ東インド会社です。ここで商売をしている皆さんまで敵にする理由はありません」


 室内の空気が少し変わった。


 エドワードは回収した帳簿を開いた。


「そのうえで、こちらから条件を出します。オランダ側が買っていた織物、米、船用品について、同程度の品質なら契約を引き継ぎます。納品を確認すれば支払いを遅らせません。最初の取引については、必要なら僕自身が支払いを保証します」


「東インド会社だけではなく、伯爵御自身が保証されるのですか」


「会社が期日どおり払えば、僕の金は1ポンドも動きません。それでも、万一の時に誰が払うか契約書へ書いてあれば、皆さんも安心して品を出せるでしょう」


 同席していた現地会社員が苦笑した。


「御自身の財産を保証に使うこと自体が、普通ではありませんが」


「会社が約束どおり払えば済む話です。それで契約が早くまとまるなら安いものですよ」


 そこから先は、値段、品質、納期、支払方法をめぐる商談になった。


 ◇ ◇ ◇


 昼を過ぎるころには最初の契約が決まり、夕方までにさらに3件がまとまった。


 翌日になると、戦闘を避けて家へ戻っていた荷役人夫も港へ戻り始めた。以前と同じ仕事を用意し、賃金は銀で支払うと知らせたためである。


 3日目には倉庫から商品が動き始め、5日目には英国船へ織物と食糧が積み込まれていた。


 前週までオランダ商館のために働いていた人々が、同じ港、同じ倉庫、同じ荷車を使い、今度は英国東インド会社向けの商品を運んでいる。


 エドワードは桟橋から、その光景を眺めた。


 隣にいた現地幹部が口を開いた。


「戦闘が終わって、まだ1週間もたっていません。ここまで早く港が動き出すとは思いませんでした」


「倉庫も桟橋も残っていたからですよ。全部燃やしていたら、今ごろ商人ではなく大工を集めていたでしょう」


「伯爵が以前から『港は壊すな』と主張していた理由が、よく分かりました」


「港は商品を動かすためにあるんです。取ったのなら、すぐ使った方がいい」


 沖には英国旗を掲げた船が並んでいた。


 そのうちの1隻は、9月までオランダ船だった。


 ◇ ◇ ◇


 港の再開を快く思わない者は、敗れたオランダ側だけではなかった。


 英国東インド会社の現地役人の中にも、エドワードがあまりに早く契約を増やしていることを危険視する者がいた。


 マドラスへ戻った後の会議で、年配の会社員がその懸念を口にした。


「伯爵は、会社の通常の調達手続を経ずに契約を増やしすぎています。個人保証まで付けておられる。ロンドンの取締役会から異論が出る可能性もありますぞ」


 エドワードは契約書を机へ置いた。


「僕に与えられた委任状では、戦時の輸送、補給、船舶調達、商取引について一定の範囲を現地で判断できることになっています。今回の契約は、その範囲を超えていません」


「それでも、これほど急いでオランダ側の商人を英国側へ取り込む必要があったのでしょうか」


「待っている間に、商人がフランス側や別の港へ移れば戻す方が難しくなります。倉庫の商品は傷み、荷役人夫も仕事のある場所へ移る。無傷で取った港を何か月も空にしておく方が、僕にはよほど危険に見えます」


「ロンドンから正式に問題を指摘された場合には、どのように説明されるおつもりです」


「帳簿を見せます。会社が損をしているなら、僕も理由を説明します。しかし利益が出ているなら、まず数字を見たうえで問題点を指摘してもらいます」


 年配の会社員は契約書と帳簿を見比べ、それ以上は反論しなかった。


 ◇ ◇ ◇


 12月末。


 マドラスのエドワードの机には、英国から持ってきた東インド会社の帳簿、海上で奪ったオランダ側の帳簿、そして現地で新たに契約した商人をまとめた帳簿が並んでいた。


 最初は20人だった名簿には、新たな商人や船主の名前まで書き加えられている。


 カートライトが帳簿を覗き込んだ。


「ここまで商人が動けば、今度は現地の船主まで英国側へ寄ってきそうですな」


「もう話を始めているよ。英国から何もかも運ぶより、こちらで用意できる物は現地の船で動かした方が安い」


「海の反対側へ来ても、やはり最後には金の話ですな」


「船を動かすにも金は要るだろう」


「それについては否定できません」


 エドワードは帳簿を閉じた。


 窓の外では、マドラスの港へ新しい船が入ってきていた。


 ◇ ◇ ◇


 同じころ、遠く離れた北米では、レベッカが幼い息子を抱いていた。


 アンとダニエルの家では冬支度が進み、床ではサミュエルが木片を使って幼い弟と遊んでいた。


 サミュエルは3つの木片を箱の陰へ隠すところを見せた後、別の玩具を渡して弟の気をそらした。しばらく遊ばせてから床へ下ろすと、幼児は辺りを見回し、迷わず箱へ向かった。


 小さな手が箱の裏へ入り、木片を1つずつ取り出していく。


 3つすべてを見つけると、今度は自分で反対側へ隠した。


「やっぱり覚えていたよ」


 サミュエルの声を聞いて、アンが近くへ来た。


「昨日も同じことをしたの。1度見たことをよく覚えているわね」


 レベッカは息子を抱き上げた。


 幼い手は母親の服へ向かわず、机の上に開かれていた帳面へ伸びた。


「これは、もう少し大きくなってからね」


 レベッカが帳面を閉じて遠ざけても、息子の目はその手元をいつまでも追っていた。

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