第5話(後編)「銀を積んだ船団」 1781年9月1日~9月30日
9月初旬、エドワードの船団は本来の航路から大きく外れない位置で速力を落とした。
拿捕船から得た情報が正しければ、数日のうちに別のオランダ船団が近くを通る。輸送船はまとめて航行させ、その外側を武装船で守った。敵を狙うために、自分たちの輸送船を危険へさらすつもりはなかった。
3日待っても何も現れなかった。
4日目も昼を過ぎ、海上には自分たちの帆しか見えない。
夕方、カートライトが船尾甲板へ来た。
「明日いっぱいで5日です。帆が見えなければ、そのまま東へ向かいます」
「約束どおりだ。それ以上は待たない」
「その言葉を航海日誌へ書き込んでおきたいくらいですな」
「獲物を前にした時だけは、ずいぶん信用がないらしいな」
「予定外の獲物を見つけた時だけです」
日が沈み、その日は終わった。
翌朝、エドワードが朝食を取っていると、甲板から見張りの声が響いた。
「帆影! 北西!」
食事を中断して甲板へ上がる。
最初に確認できた帆は3つだったが、しばらくすると後方にさらに2つ現れた。合計5隻である。
カートライトが望遠鏡を差し出した。
「5日待った甲斐はありそうですな」
エドワードは遠くの船影を確かめた。
「大型が3隻、中型が2隻か。輸送船には武装船を2隻残そう。残りをこちらへ回し、相手が逃げる前から数で不利だと分からせる」
信号旗が上がり、戦闘に使える船がグレイミア号を中心に隊形を変えた。
オランダ側も英国船団に気付き、すぐに動き始めた。3隻の大型東インド船も2隻の中型船も武装している。
エドワードは望遠鏡を下ろした。
「どれも悪くない船だな。できれば沈めずに取りたい」
「こちらも同じです。ただし、向こうが撃つ以上、傷を付けずに済むとは限りません」
「まず勝とう。値段を考えるのはその後だ」
双方の距離が縮まると、先にオランダ側から砲声が響いた。砲弾がグレイミア号の周囲へ落ち、そのうち1発が船腹を叩いた。木片が飛び、甲板上で負傷者が出る。
カートライトは距離を見ながら砲手を待たせた。
「まだ遠い。この距離では弾を無駄にします」
「任せる。十分近づいてから撃てばいい」
グレイミア号は敵船団へ斜めに近づいた。
やがて片舷の砲が一斉に火を噴いた。白い煙が船腹を覆い、砲架が反動で後退する。
砲弾は先頭の大型船へ集中し、舷側だけでなく索具や帆にも損傷を与えた。別の英国武装船が側面へ回り込む。
オランダ側も砲撃を続け、グレイミア号の帆にはいくつも穴が開き、索具の一部も切れた。それでも船足は大きく落ちなかった。
先頭の大型船が損傷して速度を落とすと、後続船は衝突を避けるため左右へ分かれた。それまでまとまっていた隊形が崩れる。
エドワードはその様子を見てカートライトへ言った。
「先頭の大型船を押さえる。中型船には別の2隻を回してくれ。残り全部を追う必要はない。輸送船を守る方を優先しよう」
「承知しました」
英国側の船が役割を分けて動いた。
砲撃は1時間ほど続いた。
最初の大型船が旗を下ろし、続いて中型船1隻も降伏した。別の船はなお逃げ続けていたが、英国側も損傷船と拿捕船を抱えている。
カートライトは逃げる船の方向を確認した。
「ここからさらに追撃すれば、輸送船の護衛が薄くなります。2隻を確保したところで切り上げる方が安全でしょう」
「僕もそう思う。残りを欲張って本隊を危険にさらす必要はない」
「それを聞いて安心しました」
「そう言われると、逃げる船が少し惜しくなるな」
「では見ない方がよろしい」
ところが、別方向へ逃げていた中型船はすでに帆を傷めていた。英国側の武装船に進路を塞がれると、短い砲撃の後に旗を下ろした。
結果として3隻が英国側の手に残った。
◇ ◇ ◇
戦闘が終わると、すぐに拿捕後の処理へ移った。
負傷者を治療し、捕虜を武装解除し、各船の損傷を調べる。英国側にも負傷者は出たが、グレイミア号は航行を続けられる状態だった。
拿捕した大型船の1隻は、帆柱に大きな損傷を受けていた。
確認を終えたカートライトが戻ってきた。
「補強すれば航海は続けられます。ただし速力は落ちます。喜望峰を回る前に、もう一度まとまった修理をした方がよいでしょう」
「船団全体を止めるほどではないなら連れていこう。大型船1隻をここで捨てる方が惜しい」
「それでよいと思います」
夕方には積荷についても最初の報告が上がった。
「2隻の船倉から銀が見つかりました。まだ計量の途中ですが、かなりの量です。そのほかに銃器、鉄製品、軍需物資、酒、衣類、交易用の商品もあります」
エドワードは報告書を置いた。
「アジアで商品の買付けに使うはずだった資金だろうな。これだけの銀を失えば、現地へ着いてからの商売にも影響するはずだ」
「可能性は高いでしょう」
エドワードは自分で船倉へ降りた。
封をされた箱が何列も並んでいる。係の者が1つを開けると、銀貨と銀塊が収められていた。
「船と荷だけでなく、向こうで商売を始めるための金までこちらへ来たわけか」
箱の中を確認すると、エドワードは蓋を戻させた。
◇ ◇ ◇
3隻から回収した書類にも、大きな価値があった。
帳簿、積荷目録、商人との契約、港ごとの取引記録を通訳と会社経験者に整理させると、ナーガパッティナム、セイロン、コロマンデル海岸などでオランダ側と取引している者の名前が次々に出てきた。
織物商だけではない。金融業者、船主、倉庫を管理する者、軍需品の調達に関わる者も含まれている。
エドワードは取引額の大きい相手から順番に抜き出させた。
「上位20人は別の帳簿へまとめてくれ。取扱商品、取引額、オランダ側との関係が分かる範囲で書き添える。マドラスへ着いたら所在も調べたい」
作業をしていた元会社員が顔を上げた。
「オランダ側と何年も取引している商人もおります。戦争になったからといって、すぐ英国側へ移るとは限りませんし、こちらとの取引そのものを断る者もいるでしょう」
「それでいい。昨日までの取引相手を簡単に裏切る商人なら、僕だって長くは信用しない。まず会って、こちらの条件を見せればいい。断られたら次へ行く。ただし最初から小さい相手を何十人も回るつもりはない。大きく商売している者から会おう」
「相手にもこちらを選ばない自由があるということですな」
「こちらにも相手を選ぶ自由がある。それで十分ですよ」
担当者は上位の名前へ印を付け始めた。
◇ ◇ ◇
数日後、拿捕した3隻について仮の評価がまとまった。
船体、銀、軍需品、その他の積荷を合わせれば、総額は100万ポンドを超える可能性が高かった。ただし港へ入り、荷を正式に確認しなければ正確な金額は出せない。
カートライトは資料を眺めた。
「インドへ着く前から、100万ポンドを超える獲物を連れていくことになりましたな」
「今回は僕の私掠航海ではない。東インド会社から委任された仕事の途中で取った船だから、会社分と僕の持分は最初から帳簿を分けておくよ」
「そのあたりは慎重ですな」
「金の持ち主を曖昧にすると、あとで海戦より面倒な争いになるからね」
「それについては私も賛成です」
エドワードは評価表をウェッブ宛ての書類へ回した。
◇ ◇ ◇
9月下旬、船団は再び東へ向かう航路へ戻った。
予定より多少遅れたものの、拿捕した3隻も航行を続けている。
夜、エドワードは自室でアメリアへの手紙を書いた。
オランダ船を拿捕したことは隠さなかったが、自分が最初の船へ直接乗り移ったことまでは書かなかった。
書類を届けに来たカートライトが、机の上の手紙へ目をやった。
「奥方への手紙ですか。接舷戦のことも詳しく書かれるのでしょうな」
「船を拿捕したとは書いたよ。僕がどこに立っていたかまで報告する必要はないだろう」
「それを奥方御自身が判断されたら、同じ結論になるかは分かりませんぞ」
「英国へ戻っても、君の方から余計な説明を加える必要はないからな」
「尋ねられれば、事実どおり答えます」
「やっぱり君を連れてくるんじゃなかった」
「今さら降ろされても困ります」
カートライトは書類を置いて部屋を出ていった。
エドワードは手紙へ向き直った。
アメリアの体調を尋ね、息子がどのくらい歩けるようになったのか知らせてほしいと書いた。自分は予定どおりマドラスへ向かっており、到着後は仕事をできるだけ早く進めるとも記した。
最後に日付を書き、封をした。
◇ ◇ ◇
9月30日。
夕方の甲板で、エドワードはインド洋の地図と、拿捕船から得た商人の名簿を見比べていた。
マドラスへ着けば、まず南インドの戦況と会社の船、軍需物資を確認する。その後は英国人の役人だけでなく、オランダ側と取引していた現地商人や金融業者とも会う予定だった。
カートライトが甲板へ上がってきた。
「喜望峰を回った後は、今度こそマドラスまで最短で向かう予定で航路を組みます」
「それで頼む。次は現地へ着くことを優先しよう」
「ただし、敵船の方から目の前へ現れた場合までは責任を持てませんぞ」
「向こうから来るものまで避ける必要はないだろう」
「その答えになると思っていました」
カートライトは笑って船尾へ戻っていった。
エドワードは海図を畳み、その上にオランダ商人の名簿を置いた。
船首の先には、夕暮れの海が広がっていた。




