第2話(中編)「ハロウデンの夜」 1780年11月1日~11月30日
11月上旬、ハロウデン・ハウスの完成祝いが始まった。
アメリアは、エドワードから招待客の人数を任された言葉を遠慮なく実行した。両親のリチャードとアン、姉キャサリン夫妻、妹エリザベス夫妻をはじめ、親しい貴族、所領周辺の地主、モーダント夫妻、ベル夫妻、東インド会社の株主とその家族が次々に到着した。アシュコームも訪れ、彼がインド時代に親しくしていた知人まで客に加わっている。
進入路には馬車が続き、厩舎では馬を預かる使用人が休む暇もなく動いていた。玄関では執事と従僕が客を迎え、上階では女中たちが荷物をそれぞれの客室へ運んでいる。それだけの人数が入っても、屋敷の中が窮屈になることはなかった。
エドワードは玄関ホールから外へ続く馬車の列を眺めた。
「任せるとは言ったが、ずいぶん呼んだな。まだ馬車が入ってくるぞ」
「まだ何組かいらっしゃいます。でも客室も食事も酒も足りますから、あなたは心配しなくて大丈夫です」
アメリアは宿泊する人数だけでなく、食事、酒、使用人の配置まで事前に決めていた。
「酒まで僕が心配すると思ったのか?」
「一番先に聞きそうでしたから」
「否定はしないよ」
「でしたら、あとは客を迎えてください」
エドワードは妻の段取りへ口を出すのをやめた。
◇ ◇ ◇
初日の昼は、客たちがそれぞれ屋敷や庭園を見て回った。
ベル夫人は壁に囲まれた菜園へ興味を持ち、アメリアと長く話している。キャサリンとエリザベスは新しい舞踏室を見た後、兄の書斎へ勝手に入ってきた。
エリザベスは部屋を一周してから兄を見た。
「それにしても大きな家ね。アメリアと赤ちゃんと3人で暮らすには広すぎない?」
「家族だけで使うわけじゃない。今日だって、これだけ客が来ているだろう」
窓の外を眺めていたキャサリンも振り返った。
「それでも不思議な感じがするわ。17歳のころのお兄様の部屋を覚えているからでしょうね」
「グレイミア館では、冬になると使わない部屋の暖炉まで止めていたものね」
エリザベスが思い出すと、エドワードは当然のように答えた。
「使わない部屋へ石炭を入れる必要はないだろう。ここでも同じだよ」
「100万ポンドの土地と屋敷を持っても、そこは変わらないのね」
「無駄遣いをしないことと、大きな家を持つことは別だ」
姉妹は顔を見合わせた。
「本人がそう言うなら、そういうことにしておきましょう」
キャサリンが先に書斎を出ると、エリザベスも笑いながら後へ続いた。
◇ ◇ ◇
午後、男性客の一部は新しく整えた射撃場へ向かった。
以前のように庭の端へ的を置くだけではなく、射線の先に人や家畜が入らない場所を選び、的の後方には弾を受け止める土を十分に盛ってある。
モーダントは設備を見るなり声を上げた。
「本当に造ったのですな。9月の話を聞き流したのかと思っていました」
「君たちがまた来るなら使うだろう。僕も練習できる」
「結局、ご自分のためではありませんか」
「半分はね。残りは客と遊ぶためだ」
この日は一定の距離に複数の的を置き、順番に撃つことになった。賭け金は1人5ギニーまでとし、大金を取り合うのではなく、夕食の席で笑って済ませられる程度に抑えた。
エドワードは最初の組で撃ち、ほとんど外さなかった。ベルも意外に上手かったが、最後の的を外した。
「競馬より射撃の方が向いているのではありませんか?」
「馬なら私自身が走る必要がありませんからな」
「拳銃だって走るのは弾でしょう」
「そういう屁理屈を言うから伯爵には敵わないのです」
モーダントは最初の2発を当てたものの、得意になって周囲へ話しかけた直後、3発目を外した。
「カードの時と同じですね。調子がよくなると喋り始めて失敗する」
「まだあの話を覚えているのですか」
「忘れる理由がありませんよ」
アシュコームは射撃に慣れておらず、3発続けて外すと、自分から拳銃を係の者へ返した。
「私は取締役を目指す方に専念します。少なくとも的に弾を当てる必要はないでしょう」
「その代わり、会社の中ではもっと面倒なものに当たるかもしれないぞ」
モーダントが言うと、アシュコームはエドワードへ目を向けた。
「この方の近くにいれば、そのうち本当にインドまで連れていかれそうですな」
「まだそんな話はしていませんよ」
「まだ、というところが気になります」
今度はエドワードが答えず、周囲の男たちが笑った。
◇ ◇ ◇
夕方には大食堂で正式な晩餐が始まった。
多数の蝋燭が室内を照らし、その光が銀器やガラスの杯に映っている。長い食卓には牛肉、仔羊、鳥、魚、野菜料理などが順に運ばれ、壁際に控える使用人が空いた皿や杯を交換していった。
食事が進んだところで、父リチャードが大食堂を見回した。
「本当に造ってしまったな」
「見れば分かるでしょう」
「そういう意味ではない。お前が17歳だったころ、私は肉屋への支払いにまで困っていた。それから6年もたたずに、息子がこんな家を建てるとは思わなかった」
「父上が借金というものを実地で教えてくれましたからね」
「私の手柄にするな」
「では僕の手柄ということで」
「そこまで素直に受け取るな」
母アンが2人を見比べた。
「あなたたちは、普通に褒めたり礼を言ったりできないの?」
「今のは僕を褒めていたんですか?」
「半分くらいはな」
リチャードが答えると、エドワードは満足した。
「半分あれば十分ですよ」
食卓の反対側では、アメリアが夫人たちと話している。息子も食事の前に乳母に連れられて家族へ顔を見せ、祖母のアンに抱かれると機嫌よく声を上げていた。
リチャードは孫と大食堂を交互に眺めた。
「こいつが、いつかこの家も所領も継ぐのか」
「順当にいけばそうなります。グレイミア館も残しますよ」
「まだ23歳のくせに、自分が死んだ後の話ばかりするな」
「継ぐ話を始めたのは父上でしょう」
アンが呆れた。
「今夜くらい、もっと縁起のいい話をしてください」
それで話題は狩猟と競馬へ移った。
晩餐が終わると、舞踏室では楽団の演奏が始まった。
若い男女だけでなく、夫婦で踊る客も多い。エドワードが壁際に残ろうとすると、アメリアが手を差し出した。
「この家の主人が、自分の完成祝いで見物しているつもりですか?」
「舞踏室を造ったからといって、主人まで踊る決まりはないだろう」
「今夜はあります。私が決めました」
「それなら逆らえないな」
エドワードはアメリアと踊った。
周囲では姉と妹もそれぞれ夫と話しながら踊り、モーダント夫妻まで舞踏室へ出ている。客の間を動いているうちに、エドワード自身もいつの間にか仕事相手を探す癖を忘れていた。
アメリアが夫の顔を見た。
「今日はよく笑っていますね」
「自分の家で、知っている人間ばかりだからかな」
「最近は仕事以外でも笑うようになりました」
「それは君のせいだと思うよ」
「良い意味なら受け取っておきます」
「もちろん良い意味だ」
次の曲が始まり、2人はそのまま舞踏室に残った。
◇ ◇ ◇
夜が深くなると、男性客の一部は遊戯室へ移った。
新しいビリヤード台は、この夜初めて大勢の客に使われる。
「今度は勝ちますよ」
エドワードがモーダントへ声をかけると、相手は嫌な予感がしたらしい。
「まさか、この1か月ずっと練習していたのではないでしょうな」
「毎日ではありません。週に何度かです」
「遊びまで練習する人を初めて見ました」
「負けたままよりいいでしょう」
勝負は前回より接戦になり、最後にはエドワードが勝った。
「やった」
本気で喜んだエドワードを見て、ベルが酒杯を片手に笑った。
「東インド会社の取締役を2人送り込むより嬉しそうですな」
「そっちはまだ1人も送り込んでいないでしょう。今日はこっちの勝ちだけです」
その後はカードになった。
しばらく遊んだところで、エドワードはベルと酒を飲む時間を作った。
「そろそろ会社の話でしょう」
ベルから先に言われ、エドワードは意外そうに相手を見た。
「よく分かりましたね」
「アシュコームへ声をかけた時と似た顔をしています」
「そんな顔があるのか。それなら単刀直入に言います。来年の取締役選挙へ出ませんか?」
ベルは酒杯を置いた。
「アシュコームと私を2人とも?」
「彼はインドを知っている。ベルさんには金と商売を見てほしい。モーダントさんは、船主の立場から外で好きなだけ文句を言ってもらいます」
少し離れた卓からモーダントの声が飛んできた。
「聞こえていますぞ」
「ちょうどよかった。そのつもりでいてください」
「勝手な伯爵ですな」
ベルは2人のやり取りを見てから、改めてエドワードへ向き直った。
「つまり、取締役会へ伯爵の味方を2人入れたいのですね」
「僕の言うことを何でも聞く人が欲しいわけではありません。会社を強くして儲けたいという考えが同じなら十分です。意見が違えば話し合えばいい」
「それでも決着しなければ?」
「最後は株主が決めるでしょう。そのための会社ですから」
ベルはしばらく考えた。
「今夜ここで返事をしなくてもよいですかな」
「もちろんです。遊びの途中に頼んだのは僕ですから」
エドワードはカード卓へ目をやった。
「せっかく新しく造った部屋なのに、使わない方が損でしょう」
「結局そこへ戻りますか」
「癖ですからね」
2人は卓へ戻った。
完成祝いは数日にわたって続いた。天気のよい日は馬に乗り、射撃や釣りを楽しみ、夜になれば音楽、ビリヤード、カードで遊んだ。夫人たちは庭園や屋敷を見て回り、子供を連れた家族は昼間の芝地で過ごした。
エドワードも、すべての客へ東インド会社の話を持ちかけたわけではない。会社とは関係のない友人もおり、仕事の話を一度もしないまま帰る客もいた。
11月末、最後まで残っていた客を見送った夜、エドワードはアメリアと2人で大食堂へ入った。
数日前まで何十人もの客が使っていた長い食卓には、今夜は2人分の食器しか並んでいない。
「同じ部屋なのに、急に広くなったな」
エドワードが椅子へ座ると、アメリアも向かいへ腰を下ろした。
「それだけ大勢いたのですよ。疲れましたか?」
「少し。でも面白かった。またやってもいいな」
「それなら次は春にしましょう」
「もう次を考えていたのか?」
「あなたが今、またやると言ったでしょう」
エドワードは自分の言葉を思い返した。
「確かに言ったな」
「では決まりです」
広い大食堂には、久しぶりに夫妻2人の声だけが響いていた。




