第7話 四人分の視線と、俺の分だけない皿
お読みいただきありがとうございます。
第7話 四人分の視線と、俺の分だけない皿
ガルドに連れられて入った食堂は、いつもより一段階うるさかった。討伐報酬が入った日特有の浮かれた空気が、木のテーブルの隙間からまで漏れ出している。
「ほら、遠慮なく頼め。今日は俺の奢りだ」
ガルドが胸を張って言うと、フードの陰でフィーネの気配がわずかに動いた。豪快な男の宣言に対して、それは静かすぎる反応だった。
「先週も同じことを言って、結局割り勘になりました」
「うっ……あれは、その、忘れてくれ」
豪快な男の情けない切り返しに、クレアが小さく吹き出した。テーブルの空気が、さっきの市場での妙な余韻を上書きするように和んでいく。俺はその流れに乗って、あえて何も言わずに料理を待った。
運ばれてきた皿を四人で分け合っていると、ふとフィーネの視線が俺のほうに向いているのに気づいた。
「イチさん、さっきから何か考え事ですか」
「別に。ただの腹の減りだよ」
「そうですか」
それだけ言って、フィーネはまたスープに視線を戻した。深追いしない代わりに、納得もしていない。そういう距離の取り方をする女だった。
「そういえば、イチさん」
クレアが両手を膝の上で組んで、こちらを見た。
「さっき市場で、ヒカリさんと何かあったんですか。すごく赤い顔してましたよ」
「な、なんでもないですよ!」
答えたのは俺ではなく、ヒカリのほうだった。声が裏返っている。テーブルの下で彼女の足が忙しなく動いているのが伝わってきた。
「へえ。なんでもない、にしては反応が早いですね」
クレアの目が、優しく細められる。優しいのに、逃げ場を塞ぐような細め方だった。この聖職者は表向きの柔らかさとは裏腹に、こういう場面での勘だけは異様に鋭い。
「クレア、その辺にしとけ。二人とも困ってるだろ」
助け舟を出したのは意外にもガルドだった。
「俺は困ってなんかいねえよ」
「顔に出てるぞ」
言われて、俺は思わず自分の頬に触れた。今朝の一件からずっと変な熱がまだくすぶっている気がする。市場の暑さのせいだと自分に言い聞かせてきたが、もう夕方だった。
「まあいい。それより、明日の話をしようぜ」
ガルドが話を切り替えると、テーブルの空気が少しだけ実務的なものに戻った。俺はその変化にほっとしながら、懐から掲示板で見かけた新しい依頼書の写しを取り出した。
「東の街道の警備隊から、格上の魔物が出たって報告が来てる。オーガらしい」
「オーガ、ですか」
フィーネの声のトーンが、ほんの少し低くなった。
「ゴブリンの群れとは格が違います。単体でもパーティー壊滅の記録がある魔物です」
「だからこそ、報酬もでかい」
ガルドが大剣の柄を軽く叩きながら笑った。豪快な笑い方の下に、少しだけ緊張の色が滲んでいるのを俺は見逃さなかった。
「ヒカリ、お前ならやれるか」
「はい。皆さんとなら」
迷いのない即答だった。それでいて、返事の途中で一瞬だけ俺のほうを見た。確認するような、あるいは何かを求めるような目だった。
「俺の勘じゃ、今回のはそう簡単には終わらないぞ」
軽口のつもりで言ったが、口にした瞬間、自分の言葉の重みに気づいた。簡単な依頼ほど危ない、という前世からのお約束を、俺はもう何度も嫌というほど体験してきている。今度もきっと、その例に漏れない。
四人分の皿が並んだテーブルの端、俺の前にだけ皿がなかった。頼み忘れていたことに、今さら気づく。誰も気にしていない、ただの俺の失敗だった。四人が笑い合う輪の中に、俺の分の皿だけがぽっかり空いている。手柄の欄が空白のままなのと、どこか同じ形をしていた。それでもなぜか、その空いた場所が、いつもより少しだけ広く感じられた。
お読みいただきありがとうございます。続きも楽しんでいただければ嬉しいです。
ブックマーク・評価・感想をいただけると、今後の励みになります。




