第6話 なんでだよ、と俺は言った
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第6話 なんでだよ、と俺は言った
依頼のない日は、それはそれで暇を持て余す。討伐の報酬が入った翌日、ヒカリに市場までの買い出しに付き合わされたのは、断る理由が特に見つからなかったからだ。
「イチさん、これ見てください。すごく安いです」
露店に並んだ干し肉の束を指さして、ヒカリが目を輝かせている。SSランクの勇者が小銭の安さに本気で喜んでいる図というのは、傍から見るとなかなか奇妙な光景だと思う。
「安いって言っても、傷んでるやつ混じってるかもしれないぞ」
「大丈夫です、ちゃんと見て選びますから」
そう言いながら、ヒカリは束の中から一本だけ選び抜いて俺の荷袋に無造作に放り込んだ。
「はい、イチさんの分」
「俺の分、って言われても」
「お礼です。いつも荷物持ってもらってるので」
当然のことのように言われて、俺は返す言葉に詰まった。荷物持ちは俺が勝手に買って出ている役目で、礼を求めたことなんて一度もない。それでもヒカリは、こういうさりげない形で何かを返してくる。今日の干し肉もそうだし、先週は宿の食堂で俺の好物を先に頼んでおいてくれたし、その前は雨の日に傘代わりの布を分けてくれた。極めつけは、俺が右足を軽く挫いた日に誰にも気づかれない速さで荷物を全部持ち上げていったことだ。本人は「たまたま手が空いてただけです」と言い張っていたが、あの日の彼女の視線は明らかに俺の足を見ていた。
数えていけばきりがないほど小さな気遣いが積み重なっている。それに気づかないほど鈍くはないつもりだった。ただその気遣いの意味を、まっすぐ受け取る度胸がなかった。
人混みの中を歩いていると露店の隙間から誰かが飛び出してきて、ヒカリの体が俺のほうへ押し出された。とっさに肩で受け止める形になり、彼女の顔が思っていたより近くにあった。
「す、すみません」
ヒカリが慌てて体を離す。その拍子に彼女の髪が俺の頬をかすめて、干し草みたいな匂いがふわりと流れた。
「別に、いい……」
そう言いかけて、俺は続きを飲み込んだ。何かが胸の奥でひっかかって、うまく言葉にならなかった。理由もなく、無性に居心地が悪い。理由もなく、無性に、その場から動きたくない。
「イチさん?」
顔を覗き込まれて、俺はようやく口を開いた。
「なんでだよ」
自分でも、何に対して言った言葉なのか分からなかった。ヒカリの気遣いに対してなのか、この胸のざわつきに対してなのか、それとも、それをずっと素通りしてきた自分自身に対してなのか。ただ言葉だけが堰を切ったように口からこぼれ落ちた。
「なんで、いつもそうやって、俺にまで気を回すんだよ。お前はもっと自分のことだけ考えてればいいのに」
言ってしまってから、頭の芯が冷えた。柄にもないことを言った、という自覚だけが遅れてやってくる。
ヒカリは目を丸くして、それから何かを言いかけて、口を閉じた。頬がほんのり赤くなっているのが見えたが、それが動揺のせいなのか市場の暑さのせいなのか、俺には判断がつかなかった。
「イチさん、それは……」
「――おーい、二人とも!」
ちょうどそこへ、遠くからガルドの声が飛んできた。露店の並びの向こうから、大きな手を振って近づいてくる。近づくにつれて、彼の顔がにやりと歪んでいくのが見えた。
「見つけた。なんだ、なんか変な空気だな。まあいい、フィーネとクレアも呼んでこよう、四人で飯でも食いに行くか」
変な空気、という一言だけ余計だったが、それ以上の追及はなかった。場の空気は一瞬でかき消された。ヒカリは何か言いたそうな顔のまま、それでも「行きましょう」と俺の袖を軽く引いた。俺はほっとしたような、それでいて何かをやり過ごしてしまったような、割り切れない気分のまま歩き出した。
さっきの一言は、もう取り消せない。だが、あれが何だったのか、俺自身にもまだ説明がつかない。前世で読んだ物語なら、この手の台詞にはきっと分かりやすい名前がついていたはずだ。名前をつけてしまえば楽になるのかもしれないと思いながら、市場の喧騒に紛れて、俺はその答えを考えないことにした。
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