第63話 返答
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第63話 返答
王都滞在三日目。
城の図書室で古い戦記を眺めていると、ヒカリがふらりと姿を見せた。
「勉強熱心ですね」
「暇つぶしだ。他にやることもない」
ヒカリは俺の隣に腰を下ろし、開かれたページを覗き込んだ。
「魔王討伐の記録、もう歴史書に載り始めてるんですね」
「早いもんだな」
「イチさんの名前は、載ってません」
その一言に、俺は本から顔を上げた。ヒカリはまっすぐこちらを見ていた。
「いいんだ、それで」
「本当に、いいんですか」
俺は少し考えてから答えた。
「事実は変わらない。ただそれをどう受け止めるかは、俺の中でずいぶん変わった」
その答えに、ヒカリは何かを察したように小さく頷いた。それ以上は、何も聞いてこなかった。
王都四日目。
中庭でガルドとフィーネが討伐戦の反省会をしているところに出くわした。
「あの局面、イチの指示がなければ全滅だった」
「同感です。式だけでは、あの判断は導けませんでした」
二人の会話に、俺は苦笑した。
「持ち上げすぎだ」
「持ち上げてない。事実だ」
ガルドが真顔で言い返す。俺はそれ以上、何も言えなかった。誰かに認められることに、まだ慣れていなかった。
王都五日目。
クレアと市場を歩いていると、道端で吟遊詩人の弟子らしき少年が、あの歌を口ずさんでいるのを見かけた。
『名もなき影は、いつも輪の外に立っていた』
少年は俺たちに気づかず、歌い続けている。クレアが小さく笑った。
「もう、街中で歌われてるんですね」
「参ったな」
「でも、いい歌だと思います。誰の名前も出さずに、ちゃんとそこにいたことを伝えてる」
クレアの言葉に、俺は少しだけ胸が軽くなるのを感じた。
王都六日目の夜。
城の露台で、俺はヒカリと二人きりになった。数日前と同じ場所、同じ星空だった。
「今日、話したいことがあります」
ヒカリが静かに切り出した。
「聞かせてくれ」
「イチさんは、今の私に対して、どういう気持ちですか」
その問いに、俺はしばらく黙った。フィーネの言葉、ガルドの言葉、クレアの言葉。それぞれが胸の中で積み重なり、一つの答えへと収束していくのを感じていた。
「お前を輝かせたい、という気持ちは、今も変わらない」
「はい」
「だが、それだけじゃない。お前の隣に立ち続けたい、という気持ちが、いつの間にか同じくらい大きくなってた」
「お前が笑ってる明日を、俺もその隣で見ていたい。守るとか支えるとか、そういう言葉だけじゃ足りない。俺は、お前と一緒に生きていきたい」
その言葉に、ヒカリの目が大きく見開かれた。
「事実は何も変わってない。俺はC級のままだし、これから先も表舞台に立つことはたぶんない。だが、その事実の意味を俺自身がやっと少しだけ、まともに受け止められるようになった」
俺は懐からお守りを取り出し、手首の細い組紐に触れた。
「これを渡したときから、たぶん、答えはもう決まってたんだと思う。認めるまでに、随分時間がかかった」
「イチさん」
ヒカリの声が震えていた。
「私も、この半年、ずっと同じ場所に立ってたつもりです。イチさんが認めてくれるまで、待つつもりでした」
「待たせて、悪かったな」
「いいんです。イチさんらしいペースだって、分かってましたから」
ヒカリは小さく笑うと、俺の手を取り、自分の手首のお守りにそっと重ねた。二つの組紐が、月明かりの下で静かに触れ合った。
「これからも、隣にいてくれますか」
「ああ」
俺は短く、だがはっきりと答えた。
「これから先も、お前の隣で、俺にできることをやっていく。……いや、違うな」
俺は重なった手を、今度は自分から握り直した。
「お前と一緒に、これからのことを決めていきたい」
その言葉に、ヒカリは静かに微笑んだ。星空の下、二つの影がこれまでよりも少しだけ近くに並んでいた。
事実は何も変わらない。C級のまま、表舞台には立たない、名前も歴史には残らない。だが、その事実をどう受け止めるかという一点だけが、確かに変わった。それだけで、十分だった。
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