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ベッタベタな異世界転生をしたあいつと同じパーティーにいるハズレ転生者の俺  作者: あさひ


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第62話 自覚

お読みいただきありがとうございます。

第62話 自覚


 王都に滞在してからしばらく経ったある日、フィーネが珍しく俺だけを資料室に呼び出した。


「相談、というほどでもないんですが」


 フィーネは計算板を広げながら言った。


「魔王討伐戦の記録式を整理していて、ずっと気になっていたことがあります」


「気になること」


「式の最後の変数に、名前をつける。前にそんな話をしたのを覚えていますか」


 その言葉に、俺は少し記憶を辿った。ずいぶん前、まだこの街に来て間もない頃の会話だった。


「未知数のまま置いておくのが不安なら名前をつければいい、とか言ってた気がするな」


「はい。あのときは、式の話でした」


 フィーネは計算板の一点を指でなぞった。


「でも、今の私はこう思っています。これは、式だけの話じゃなかったんじゃないか、と」


「どういう意味だ」


「イチさんの中にも、ずっと名前のついていない変数があるんじゃないか、ということです」


 その指摘に、俺は言葉に詰まった。


「フィーネにしては、随分と踏み込んでくるな」


「めったにないので、今のうちに言っておこうと思いました」


 フィーネは珍しく、僅かに口元を緩めた。


「式は変数に名前をつけた瞬間、驚くほど簡単に解けることがあります。人の心も同じかもしれません」


 その言葉を残して、フィーネは資料室を出ていった。俺は一人、計算板に描かれたままの式を見つめていた。


 その日の午後、ガルドに稽古の相手を頼まれ、城の演習場に出た。


「お前、最近どこか変だな」


 木剣を交わしながら、ガルドがふと言った。


「変って、どこがだ」


「分からんが、なんとなくだ。魔王戦の前と、何かが違う」


 ガルドの一撃を受け流しながら、俺は答えを探した。


「自分でも、よく分からない」


「珍しいな、お前がそう言うのは」


 ガルドは木剣を下ろし、額の汗を拭った。


「昔、俺の兄貴がよく言ってた。分からないことを分からないままにしておくのが一番怖いって」


「兄貴の話、聞いたことなかったな」


「話すほどのことでもない。ただ、あいつは戦場で死んだ。最期に何を思ってたのか、俺は今も分からないままだ」


 その重い言葉に、俺は木剣を握る手を止めた。


「だから俺は、分からないことをそのままにしておくのが嫌いだ。お前もそうしろとは言わないが」


 ガルドはそう言って、再び木剣を構えた。


「ただ、いつまでも保留にできるとは限らない。それだけは、覚えとけ」


 その言葉を胸に刻みながら、俺はガルドとの稽古を続けた。


 夕方、演習場からの帰り道、クレアと偶然すれ違った。


「イチさん、少し疲れた顔してます」


「そう見えるか」


「はい。何か、悩み事ですか」


 俺が黙っていると、クレアは静かに続けた。


「私、故郷の村が疫病で全滅したとき、ずっと自分の無力さから目を逸らしてました。見なければ傷つかずに済むと思ってたんです」


「クレアが、そんな昔の話をするのは珍しいな」


「はい。でも今なら分かります。目を逸らし続けても傷は消えないんです。むしろ見ないふりをしている間に、取り返しがつかなくなることもある」


 クレアはまっすぐに俺を見た。


「イチさんが何を悩んでいるのか、私には分かりません。でも、もし目を逸らしていることがあるなら、そろそろ見てあげてもいいんじゃないかと思います」


 その言葉を最後に、クレアは小さく礼をして去っていった。


 一人になった俺は、城の回廊で立ち止まり、夕焼けに染まる空を見上げた。フィーネの言葉、ガルドの言葉、クレアの言葉。それぞれ違う角度から、同じ一点を指しているように感じられた。


 ずっと避けてきた。自分の中にある感情に名前をつけることを。付けてしまえば何かが決定的に変わってしまう気がしていた。ヒカリを輝かせることだけを考えて生きてきたはずが、いつからか、その隣にいたいという気持ちが、自分でも制御できないほど大きくなっていた。


 鈍感なふりを続けてきたのは、臆病だったからだ。認めてしまえば、この関係の形が崩れてしまうかもしれない。そう思って、ずっと目を逸らし続けてきた。


 だが目を逸らし続けても答えは消えなかった。むしろ逸らせば逸らすほど、その輪郭ははっきりとしていった。


 ヒカリがいない明日を想像すると、胸の奥が静かに冷えた。彼女に選ばれたい。隣にいてほしい。俺もまた、彼女の隣を選びたい。


 俺は静かに、自分の中の変数に名前をつけた。


 好きだ。


 声に出すことは、まだできない。それでも、もう自分自身に嘘をつくのはやめようと、そう決めた。


 鈍感でいることは、いつまでも続けられる盾ではなかった。それは、いつか外すことを前提にした、一時的な猶予に過ぎなかったのだと、今なら分かる。


 回廊の窓から差し込む夕日が、廊下の床に長い影を落としていた。俺はその影を見つめながら、静かに歩き出した。答えを声にする日は、まだ先かもしれない。だが、もう迷うことはないという確信だけは、胸の中にしっかりと根を張っていた。


お読みいただきありがとうございます。続きも楽しんでいただければ嬉しいです。


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